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2006年6月27日

(書評)ご臨終メディア

集英社新書 0314-B
ご臨終メディア
質問しないマスコミと一人で考えない日本人
森達也・森巣博著
ISBN4-08-720314-X
集英社 2005.10


 オウム真理教を扱った映画『A』の監督森達也と、オーストラリア在住の作家森巣博による対談形式をとるマスコミ・メディア論。対談形式の本ってほとんど読んだことがないのだが、言いたい放題になるのは仕方が無いのかなと思う。ただ、番組制作の現場出身である森氏には、一方的に批判するわけではなく言葉を選んで問題点を明らかにしようという意図がみえる。それでも前半はテレビ制作の現場といった自分から遠い世界であって、話の内容に対して裏を取れるわけでもなく、ふーーーん、と思って読み流すしかない。

 第4章の「懲罰機関化するメディア」あたりからは、森氏のオウム取材体験を踏まえるなど、聞き知った話が増えて具体的に考察ができる部分が多くなる。自分が前から考えていたことの一つとして、無実で有罪になる可能性という問題があるが、ここを読むと無実で無罪なのに社会的に抹殺されるということに恐さを覚える。

 そしてもう一つの点、報道・情報というものを武器とした加害者に加担してしまう、もしくは加害者そのものになってしまう可能性という問題。対談の中で、最近の報道における内容の偏向について、報道側の視聴率に対する意識と見る側の問題意識の相互作用という論を展開している。自分は、報道側の過剰反応ということが状況を悪化させていると考えている。ただ、それに加担している可能性は否定できず、加えてネットという道具を持ち合わせていることを考えると、加害者になる可能性は留めておかなければならないと思う。

 細かい話を少々。「思考停止」という言葉が出て来る。本の副題にもあるように、日本人は考えが足りない、思考停止しているということ。結果論としてはそういう部分もあるかなとは思うのだが、日常的な実感としてはあまりない。考えてないではなく興味がないということならままあるか。

 善意と悪意という話がでてくる。単純に二項対立させているわけではない。性善説性悪説ということばも最後に出てくるのだが、自分はどちらにも組みしないということ。判断として善し悪しという時の判断基準を問題にしたいので、絶対善も絶対悪も想定しない。


 本のタイトルからしてわかるように、読後感は軽くも爽やかでもない。対談という形から単なる言いたい放題に見えてしまうし、話の裏も見えてこない。他に代わりになる本はいくらでもあるかなと思うが、比較的読み流し易いので簡単に何か読んでみたいむきには、薦めてもよいと思う。

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2006年6月26日

6月26日購入書籍

地球研叢書
シルクロードの水と緑はどこへ消えたか?
日高敏隆・中尾正義編
ISBN4-8122-0625-1
昭和堂 2006.5

 タイトルに惹かれて購入、エリア的に近隣だし。

 やや過剰に期待しているが、応えてくれるものと期待しとこう。それにしても、なんぼ給料日後とはいえ、本買い過ぎかな。読むのが追い付くことは永久になさそう。

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2006年6月24日

6月24日購入書籍

歴史群像シリーズ・デラックス
よみがえる真説安土城
三浦正幸監修
ISBN4-05-604084-2
学習研究社 2006.3

 このシリーズの第一弾「よみがえる 江戸城」が出た時に、「ここまでやるとビジュアル的にはかなり面白い、次ぎは是非安土城で」と思っていたのだが、ついに出た出たと思って買ったら、2月には書店に並んでたみたいだ。おかしいな・・・

 想像を交えて構わないので、安土城全体をおもいっきりCGで表現してくれないかなと思っていたのだが、これはそういう本でもある。天主についていうと、いままで比較的主流だった内藤昌案(セビリア万博実物大復元模型や安土城天主信長の館収蔵模型、図説 安土城を掘るなど)や学研の今までの本でよく登場した宮上茂隆案とも違う案を採用している。上記二案に比べると、わりと相対オーソドックスな外観という印象をうけるが、大坂城復元案との比較や系譜関係の説明など説得力は感じる。

 ここ10年の安土城の考古学的成果の一つである、伝本丸の清涼殿様建物について地勢が悪いことを理由にあっさりと否定している点も特徴。かわりに伝二の丸こそ表御殿があった場所としている。伝二の丸こそ信長にとってより重要な場所だったという説は以前からあったが、御幸の間も伝二の丸と言い切ってよいかは疑問がのこる。伝二の丸の発掘が行えると良いのだが。

 また、南側の登城道は大手道ではないとも説いている。判断材料にとぼしいので、そういう考え方もあるのかと聞いておく。

 しばらく安土には出掛けてない。ひさしぶりに、秋口くらいまでには行ってみたいと思う。

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2006年6月23日

ワールドカップサッカー

 残念ながら一次リーグ敗退となった。残念ではあるが、緊張感のある国際試合はサッカー素人でも面白く、楽しませてもらった。再三の好セーブを見せた川口と、クロアチア戦での中田のシュートが記憶に残った。

 4年後にはもっと楽しめるように、強くなって欲しい。個人的にはジーコが好きなので、続投を望みたいのだが。

 さて、決勝トーナメントはどこを応援しようか。

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2006年6月22日

洪水用語を簡単に

 テレビのニュースを見ていたらちょっと気になったのでネットで調べてみた。

 洪水用語を簡単に(中日新聞)

 ニュースそのものは、大雨などで川が増水したときにその危険度を何と呼ぶか、という言い回しをより分りやすく改めるというもの。この提言そのものはとりあえず放っておく。テレビで気になったのは、その新しく提言された言葉のひとつが「はんらん注意水位」と表記されていたこと。

 「はんらん」と全部平仮名だったのに驚いた。「氾濫」「叛乱」「反乱」と同音異義語があるので、平仮名ではピンとこないのだが。goole newsで検索してみた。「はんらん」と平仮名表記が93件、「氾濫」と漢字表記が63件。平仮名のが多いのね。同音異義語があるときは平仮名はしんどいんだけど。

 ところで国土交通省のHPを調べてみたら「はん濫」と氾だけ平仮名だった。goole newsで「はん濫」は1件しかヒットしなかった。これのほうがまだましだと思うが、なんでわざわざ全部平仮名にするのよ。

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2006年6月21日

6月21日購入書籍

 夏至だからというわでもないが、明るい内に繁華街にでたので何となく書店を梯子。その割に買ったのは結局二冊。官職要解は明治35年に遡る本。古代以来の国内の官職の解説書。450ページもある。資料ではあるのだがなんとなく面白い。

講談社学術文庫621
新訂 官職要解
和田英松著
ISBN4-06-158621-1
講談社 1983.11


NHKブックス1059
アレクサンドロス大王東征を掘る
誰も知らなかった足跡と真実
エドヴァルド・ルトヴェラゼ 著/帯谷知可訳
ISBN4-14-091059-3
日本放送出版協会2006.5

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2006年6月20日

6月19日購入書籍

中公新書ラクレ119
ドキュメント
平成革新官僚
 「公僕」たちの構造改革
宮崎哲弥/小野展克著
ISBN4-12-150119-5
中央公論新社 2004.2

 テレビで見かける人物で最近気にしている宮崎哲弥。久しく歴史系以外あまり読んでこなかったのだが、時事モノに手を出すようになったのは、ブログを書くようになった影響。彼の文章は雑誌、単行本に限らず読んだことがない。急に買ってみようと思ったのは、またもたかじんの そこまで言って委員会の影響。最近露出度が高いといえど、それだけでは興味は湧かない。たぶん自分とはモノの見方はかなり違うと思うし、考え方の方向もある程度は違っていると思う。

 ただ先日の放送で、一つの意見を言うのにあたって、その前提条件をきちっと提示する姿勢を強くみせた。自分にとっては、その意見の内容以前として、共感できるものだった。とりあえず勉強ということで、一冊買って来た。彼の立ち位置がどの程度自分と違うか興味があるが、正直このタイトルで書評が書けるか自信がない。まあ、だめもとで書いてみようとは思う。

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2006年6月19日

(書評)真説・智謀の一族 真田三代

新書y155
真説・智謀の一族 真田三代
三池純正著
ISBN4-86248-039-X
洋泉社 2006.6

 タイトルのとおり、真田幸隆、昌幸、信之・幸村の三代に加えて第一部でその前史を扱うなど、戦国真田氏の通史を目指したもの。中心となる昌幸に全体の5分の2を割いているほか、前史、幸隆、信之・幸村それぞれに5分の1づつを充てている配分は、とかく昌幸・幸村に話が偏りがちな真田モノの中ではバランスが取れている。前史で海野氏との関係を述べ、真田郷、小県郡、吾妻郡と真田氏との関わりを触れている点、出典の明示、取り扱いに意を用いている点、入門書としては評価してよいと思う。

 ただし、文章として無駄な言い回しが多く、ページ数のわりに内容が少なく感じられる。また、まえがきで以下のように記している。

   真田氏を論じるにあたっては、できるだけ確かな
  資料を使うようにしたが、細かな実績については確
  かな資料には限界があり、江戸時代に著された伝説
  ・伝承を中心とした文献資料なども使用した(以下略)

たしかにそういう事情があると思うが、昨今は江戸期の軍記モノが否定的に扱われることが多いこと。本文中で確かとされる文献をもとにした部分と、伝説・伝承をもとにした部分について、出典を明らかにはしているものの、文章的には混然としていてその違いがわかりづらいことなどの点で、入門書以上の評価はできない。ただ、幸隆と海野棟綱とはどういう関係にあったのかという点について、出典をひととおり紹介している所はよく書かれていが、もう一歩踏み込んでそれぞれの説の優劣を論じてほしかった。

 また、上記真田三代4人のほか、昌幸の兄信綱、昌輝については最小限触れているものの、それ以外の人物については名前が散見されるものの解説はほとんどない。水増し気味の文章を削って、真田氏をとりまく人々の話がもう少しあっても良かったと思う。

 この手の本としては、忍者、修験者という言葉の使用が多い。真田氏との繋がりは想定し得るのはわかるが多用は不要と思う。

 自分にとっては、ときどきかじり読みする程度の範囲なので、真田氏前史の部分など、知らなかった話がいくつかあるものの、期待していた上州進出の部分では、具体的な話に乏しかった。270ページという分量のわりには内容が軽く、箸休めにさっと読むことができた。読み易い入門書、それ以上でも以下でもないと思う。

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2006年6月18日

旅の備忘録

 今年のGWは北海道へ行ってきた。北海道に行った理由は、前回が5年前で少し御無沙汰になっていたから。次ぎはどうこへ行こうかとちょっと考えている。それがまた楽しい。今までの旅についてちょっと備忘録を。

 はじめて独り旅をしたのが85年の北海道。
 はじめての海外旅行が90年の中国。
 47都道府県最後の沖縄に行ったのが99年。

 沖縄行ったのって随分遅かったなと思うのだが、旅をするのに飛行機を使うという前提がないからだと思う。初めて飛行機に乗ったのは社会人になってからだから、随分遅かったんだな・・・

 47都道府県というので、なにかないかと考える。なんでもいいから泊まったことがないところ。学生時代のように、無人駅に寝袋も一泊と数えて・・・とすると、山梨、石川、滋賀、宮崎の4県。東京と信州の間で立ち寄ったことのほとんどない山梨。金沢に行った時はなぜかいつも福井に宿泊してる。日帰りでは良く行ったことがある滋賀。高千穂、えびの高原、椎葉と行ったのにまだ泊まったことのない宮崎。

 もう少し変わったところで、日本国六十余州の中で行ったことがない所・・・とするとだいぶありそう。北から佐渡、能登、若狭、隠岐、壱岐、対馬。加えて通り過ぎただけのとこが備中、備後、淡路。島が多いのはしょうがないとして、備中、備後は自分でもかなり意外だったりする。鞆の津と備中松山、備中高松あたりは歩かねばなるまい。

 次ぎは沖縄、それも先島に行ってみたと思うのだが、奥能登一周、遠祖の地という伝説のある山梨、青島や飫肥を回る宮崎も棄て難い。中国とかインドとか広い国なのだが、日本もまた広い。


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2006年6月17日

今日のイラン

 ポルトガル戦でしたが、0-2で敗戦。
残念ながら予選リーグでの敗退が決まりました。
ゴールって遠いもんですねえ・・・

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2006年6月13日

(書評)空間の謎・時間の謎

中公新書 1829
空間の謎・時間の謎
宇宙の始まりに迫る物理学と哲学
内井惣七著
ISBN4-12-101829-X
中央公論新社 2006.1

 この本は、ニュートンあるいはアインシュタイン、最近ではホーキングといったような名前をあげて、宇宙物理学、理論物理学といったものを解説する本ではない。副題に哲学とあるように、そういった理論の思想的背景を説いている。そのため、ニュートン力学やら相対性理論といった世界をある程度理解している前提で書かれていて、理論の説明は簡略であるうえに概念的と思えるもので、理論の説明自体はむしろ本旨ではないということのようだ。私のように興味半ばで、しかも久しぶりに読みかじってみようと思って買った者にはかなり酷で難解な内容だった。

 本書の筋道は、理論物理学の帰結として時間とは、空間とは何かという問いが中心である。その中心として取り上げられているのが、ニュートンと対立?したライプニッツであり、彼の「時空の関係説」だ。理論物理系の入門書でよくある筋道として、ニュートンの万有引力に始まって、アインシュタインがエーテルに挑んで、相対論に至ったという話はこの本では副次的なものでしかない。そういったものの背景が、「科学哲学」としてどう解釈されるのかという話だ。

 相対論について「等価原理」までならなんとか把握できていても、一般相対性の本質に踏み込めていない(そう思い知らされた)自分のレベルでは、そうなんだぁ・・・と思って読むしかなく、ほとんど理解不能といっていい。ただ、アインシュタインに至る過程として、エーテル論の問題ではなくて、絶対空間、絶対時間という考えにどう対処するかという中で一般相対性が出て来る、というところは漠然としてはいるものの面白い。その点、一般相対性についての本をもう一度読み直してみたいと思う。

 最近の進展という点ではホーキングばかりでなく、アラン・グースといった名をあげ、新しい話のさわりが紹介されている。今も現在進行中ということなわけで、まだまだこれから面白い話が出て来そうだという気はする。

 内容がほとんど理解できなかったという悔しさが大きく残り、もう少し理解できるように勉強してみたとも思うのだが、中程ででてきた「マッハ流力学」あたりは全く理解不能で、ちょっとお手上げ状態。ちょっと新書レベルとしては高くない? それとも理論物理に対して自分が相当に無知ということか。自分にとって興味半ばの寄り道でもあるので、当分棚上げとしておく。

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2006年6月12日

イラン

 いよいよワールドカップサッカーが始まった。24時間後には日本の初戦の結果が出ている。是非歓喜したい。

 今テレビでは、イランvsメキシコ戦が始まったところ。自分にとってイランは、10年前のアジア放浪の中で文字どおり世話になった国だ。当時、アジアを歩く旅人の中では中国やインドでの不満を聞くことはあっても、イランの悪口を言う人はいなかった。イランはこの時の旅先の中では最も言葉に不自由した国だった。インドや中国に比べて情報も少ない。それでもわずか2週間の間ながら、深い思い出がいくつも残った。だからイランは、また機会があったら是非行ってみたい国のひとつだ。お世話になった人達に、もう一度会って話しをしてみたい。

 とりあえず今夜はイランを応援。
 あ、あ・・・惜しいなあ、
 負けるなぁ!
 行け行けっ!!

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2006年6月11日

6月11日購入書籍

新書y133
こころをさなき世界のために
親鸞から学ぶ「地球幼年期」のメソッド
森達也著
ISBN4-89691-909-2
洋泉社 2005.4

集英社新書 0314-B
ご臨終メディア
質問しないマスコミと一人で考えない日本人
森達也・森巣博著
ISBN4-08-720314-X
集英社 2005.10

 今日放映されていたたかじんの そこまで言って委員会にパネラーとして出ていた森達也。オウム真理教についてのドキュメンタリーを作成したという氏の著書に興味が出たので購入。そいえばこの番組、今日は30分長かったのだがいつもと雰囲気がちがって見えた。方針が少し変わったのかな?


新書y155
真説・智謀の一族 真田三代

三池純正著
ISBN4-86248-039-X
洋泉社 2006.6

 真田ものというと、幸村を中心とした大坂の陣関係や、それに昌幸を加えた2度の上田合戦ものが多いと思う。そこらへんはあまり興味が無いのだが、この本には前史や幸隆時代、とくに上州との関わりについて触れた章があったので購入。

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2006年6月10日

塩谷哲ライブ at 大阪ブルーノート

 先日のミニライブが楽しかったので、まだ行ったことがなかった大阪梅田のブルーノートまで出掛けて来た。

 開演直前に行ったので相席となったが、ステージに向かって右寄りのホール席は、思った程後ろでもなく聴くにはちょうどよかったかも。1日に2回あるステージの2回目なので、開演は9時とちょっと遅めなのだが、2回目になったおかげで楽しいハプニングもあった。アンコールまで入れて正味2時間のステージはあっという間。もう少し聴いていたかったというのが正直なところ。9月に西宮であるピアノソロコンサートにも行こうかと真剣に検討中。

 ところでハプニングというのは、ステージの途中から客席にSLTの佐藤竹善が来ていたというもの。しかもアンコールに飛び入りして、クラプトンのChange the worldを唱った。なんか、一本で2度美味しい状態だった。

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2006年6月 9日

6月9日収集資料

 内陸アジア史学会の最新の会報『内陸アジア史研究』第21号が届いた。詳細は以下のとおり。

論文
チョクト
 モンゴル帝国期におけるジャルリグについて
  ---『モンゴル秘史』に見えるジャルリグとジャサグの関係を中心に---

伴 真一朗
 清朝の青海支配確立期におけるチョネ(Co ne)領主の役割とその意義
  ---清朝とテボ(The bo)のチベット人との紛争をてがかりにして---

野田 仁
 清朝によるカザフへの爵位授与
  ---グバイドゥッラの汗爵辞退の事例(1824年)を中心に---

木村 理子
 現代モンゴル演劇史におけるオペラの誕生
  ---なぜ『悲しみの三座山』が国民的オペラとなったのか---

研究ノート
ジョーナスト/舩田 善之 訳・解題
 『老乞大』中のモンゴル語と関連する語句に対する解釈について

橘 誠
 モンゴル語訳『万国公法』について

紀行
岡本 和也
 ジョチ・ウルスの外交関係にかかわる地域を訪ねて
  ---黒海周辺5ヶ国紀行---

動向
中見 立夫
 最近、海外で開催された注目すべき中央ユーラシア史関係展覧会について

梅村 坦
 中国新疆維吾爾自治区档案館所蔵資料の閲覧について

学会情報
 内陸アジア関係学会・研究会等の活動状況

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2006年6月 6日

ニュースソース

 昨日のブログに書いたことだけど、日常的にニュースソースの多くをネットに依存するようになっている。それと同時にその限界も感じている。違う手段としてテレビやラジオがあるのだが、自分にはラジオを聞くという習慣がまったくない。テレビは最近はむしろ見ているほうだ。テレビにはなにかをしながら情報を拾えるメリットがある。なのに、そのように機能しているという実感がない。

 私が帰宅してから見られる時間帯のニュース番組では、まずトップのひとつのニュースの解説が続く。最近では15分くらいあたりまえで、20分を越えることすらある。その間、中継やインタビュー、解説が延々と続いているのに、自分にとって有効な情報がほとんど無い。(2日続けて同じ記者会見を見せられるとは思って無かった)こういうのが今のニュース番組の一般的なスタイル? 流行り? ・・・なのかな?

 自分が寝る前に見たいのは、必要な情報を喋りの上手なアナウンサーが簡潔にまとめ、次々と読み上げるダイジェストニュース。なんのことはない、ネットでニュースを拾い読むのを受動的にテレビで代用したいということだな。それってひょっとしてラジオの役割?

 明日から、ラジオを聞く生活に変えてみようか・・・

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2006年6月 5日

新聞の宅配制度に対する特殊指定

 私は新聞を取らなくなってもう随分と経つ。ニュースはネットが中心だが、たぶんそのソースの出所の半分は新聞社系のサイトだと思う。その意味で新聞がなくてもよいとは思っていない。

 様々な情報に主体的にアプローチができるようになった昨今、一日に読む文章の量はかなり多い。ニュースサイトや一般サイト、ブログ、メールニュース、そして鞄に入れてある本や雑誌。この頃、一日に読める文章量の限度というものを感じている。


 新聞の特殊指定 廃止見送りは当然だ(徳島新聞)
 この記事の中に次ぎの一文がある。

  新聞を通じた国民の「知る権利」の基盤は守られなくてはならない。指定が維持されるのは、当然であろう。

 既にいくつものブログで言及されていてその上塗りになるのだが(例えば微妙に日刊?田中大介)、新聞が知る権利の一翼を担うことと、特殊指定とは別次元の話と私も思う。だからこの文末に「当然であろう」という一文が添えられていることは、新聞社と自分との認識の違いであって、大きな違和感を覚える。少し短絡的に感想を加えれば、「そんな新聞の解説は読めないんじゃないかな」「見出しには眉唾がいるんじゃない?」といったところ。

 私が読者の代表というわけではもちろんないのだが、読む側の認識と書く側の認識に大きな隔たりが有るなら、それは「知る権利」にとって大きな弊害となるんじゃないのかな。

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2006年6月 4日

サッカーのCM

 ワールドカップを前に俄サッカーファンの今日この頃、テレビはマルタとの試合中。
 このところテレビで良く見られるのが、ワールドカップに絡めたサッカーイメージのCM。質の高い映像を流しているNIKEだが、ロナウジーニョがフットサルをするCMは結構好きだ。でもそれよりもadidasのCMの方が気に入っている。笑える子どもの台詞がとくによい。

 テレビでは後半に入って小野が交代出場。小野と中村には特に期待してるぞ(笑)

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2006年6月 3日

(書評)トルコ民族の世界史

トルコ民族の世界史
坂本勉 著
ISBN4-7664-1278-8
慶應義塾大学出版会 2006.5

 現代のトルコ系の人々のうち、トルコ共和国、アゼルバイジャン、旧ソ連領中央アジアの人々について、近・現代史を中心に鉄勒、突厥やブルガールまで語りながら、トルコ系としての歴史変遷を解説したもの。彼らの拡散、移動、同化から多様性にまで言及し、その過程でトルコ系の人々がどう変わって来たのか、民族ということばを慎重に取り扱いつつ説明している。トルコ系の人々の歴史解説書として穏当な良書と思う。

 昔読んだ本と似た内容の入門書だなと思ったら、同じ本だった。

現代新書 1327
トルコ民族主義
ISBN4-06-149327-2
坂本勉 著
講談社1996.10

基本的に本文は前著とほぼ同じ。挿し絵や写真はかなりの変更があり、巻末の参考書には解説が添えられ、新しい本が追加されている。また人名索引も追加されている。あとがきによると、絶版となった旧著を通信教育のテキスト、一般向け歴史教科書として再刊したとのこと。前著を読んだのはもう10年も前のことなので、忘れていてもしょうがない・・・かな、まあ、自分の記憶力はこんなもの。

 わかってから二冊を比べてみると新書版としては穏当な内容で読み易く文句はないのだが、新著は値段が2300円もするのでちょっと高いと思ってしまう。前著以降に中央アジアやザカフカスで起きた事件を加筆するとかしれあると、もうちょっと納得がいったのだが。なお、タイトルの変更は前著の方が出版社の意向によるもので、再刊では内容によりそったものに改めたとのこと。

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