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2006年8月29日

(書評)アレクサンドロス大王東征を掘る


NHKブックス1059
アレクサンドロス大王東征を掘る
誰も知らなかった足跡と真実
エドヴァルド・ルトヴェラゼ 著/帯谷知可訳
ISBN4-14-091059-3
日本放送出版協会2006.5


 内容としては、アレクサンドロスの遠征全般を扱ってはいるものの、中心はバクトリア征服後に、アム川を渡ってソグディアナに遠征する部分だ。タイトルに「掘る」とあることから、もう少し考古学色が強いものと予想していた。実際には文献に現れるアレクサンドロスに関わる地名、即ちその遠征の行路の比定に考古学の成果を用いて考察するというものである。

 アム川流域にあるヘレニズム期の遺跡で自分にとっては一番馴染みのある、アフガニスタンにあるアイハヌムはさわりていどに紹介されているだけ。アム川以北でアレクサンドロスの遠征に直接関係がありそうな遺跡、つまりはウズベキスタンとタジキスタンの遺跡の比較検討が中心である。

 中央アジアという興味の範囲ではあるものの、古代もここまで遡ると馴染みが薄く、自分にとっては新しい情報を黙って聞いている部分が割と多い。ただし、比較的狭い地域ながらソグディアナとバクトリアを結ぶ歴史的に重要な地域の遺跡が、写真、略図つきで紹介されていている点は興味深い。

 また、ソグディアナ遠征について扱っているとはいえ、サマルカンド前後のスキタイなどとの戦いについてはさわりしか触れていない。そのくらいに内容がサマルカンド以南、アム川以北地域の遺跡紹介と地名比定に限定されている。その意味では、アレクサンドロスと中央アジア関係モノとしても、極めて狭域の内容である。アレクサンドロスフリークとまではいかない古代史好き程度では、やや退屈な内容かもしれない。

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2006年8月27日

HP更新

 ひと月ぶりにHPを更新。今回は2月にアップした宝元戦争付録地図です。

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2006年8月26日

8月26日収集資料

 内陸アジア言語の研究 XXI
 中央ユーラシア学研究会 2006

 先日見せて頂いた現物に興味を持ち東方書店より取り寄せ。
掲載論文は以下のとおり

D.Durkin-Meisterernst
  The Pahlevi Psalter Fragment in Relation to Its Source

笠井 幸代
 トカラ語より翻訳された未比定のウイグル語仏典註釈書

中村 健太郎
 ウイグル文「成宗テムル即位記念仏典」出版の歴史的背景
 ---U 4688[T II S 63]・*U 9192[T III M 182]の分析を通じて---

佐藤 貴保
 西夏の用語集に現れる華南産の果物
 ---12世紀後半における西夏貿易史の解明の手がかりとして---

沖田 道成
 『烏臺筆補』訳註稿(4)

J. P.Laut
 Noch einmal zum 26. Kapitel der Maitrisimit

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2006年8月25日

冥王星

 無類のというほどではないので時々夜空を見上げる程度なのだが、星の話はわりと好きだ。天文学への興味は、パイオニア11号の土星接近、ボイジャー1号、2号の木星、土星接近と、外惑星探査が続いた1980年頃、故カール・セーガン博士の解説を聞きながらテレビに見入っていた頃からのことと思う。 

 以来25年、ガリレオやカッシーニが木星・土星を周回し、ハッブルが常時宇宙に目を光らせるという、夢のような時代になった。SFマンガ、小説かとんでも本のネタでしかなかった冥王星以遠の星が、予想を越えて沢山見つかるようになった。冥王星の再評価が言われるようになってもう何年にもなる。その意味では、今回の国際天文学連合の決定については驚いたというよりは、ようやくケリがついたというように思う。

 自分としては、今回の決定について惑星をどう定義するかということよりも、「矮(小)惑星というグループを設定して、冥王星がそのグループを代表する」という点が、人に対して一番説明し易いので賛成だ。


 少し今日のニュースの話。

 冥王星格下げ 文科相、教科書の変更『必要』(東京新聞)

 まあ慌てなくていいじゃないかと思う。誤字脱字とか、錯誤とか捏造とかでなく、科学的な進歩の中で学説が切り替るというごく健全な前進なのだ。何故変わるのかとか、教科書は別に絶対ではないとか、有意義なことがいろいろあるし。

もう1本ニュースを並べておく。

 「惑星」除外された冥王星 降格決まり脚光 教諭ら「興味持ついい機会」(西日本新聞)

 テストの答案に「冥王星」と書けるかどうかは小さな問題で、興味を持つことが一番だと思う。自分の人生を振り返ってみても、冥王星を知っているか知らないかで岐路に立たされた記憶は無いが、惑星の話に心が踊った記憶は今でも鮮明に残っている。

 自分にとって80年代は輝いて見える。あの頃はボイジャーが惑星に接近する度にテレビでは特番が組まれ、本屋や図書館には解説本が並んだ。今この時点でもカッシーニが次々と鮮明な映像を遥か彼方から送り続けているというのに、昨今特番を見た記憶が無く寂しいかぎり。まあ、ネットを使えばいつでも新しい情報が手に入るし、美しい写真も見られるといえばそうなのだが。(例えばNASA Cassini mission

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2006年8月20日

8月20日収集資料

 昼前より西夏語の勉強会に参加。チベット・ビルマ系という未知の言葉であり、難解至極でただ聞いていただけなのだが、それでもたいへん興味深くて面白い。

 荒川さんより論文抜き刷りを頂戴しました。今日は一日どうもありがとうございました。

荒川 慎太郎
ロシア所蔵西夏語訳『般若心経註』の研究

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2006年8月18日

8月18日購入書籍

北方世界の交流と変容
中世の北東アジアと日本列島
天野哲也・臼杵勲・菊池俊彦編
ISBN4-634-59061-1
山川出版社 2006.8

 懲りずに北方もの。山川出版社のHPによると、2005年8月開催の公開シンポジウム「中世総合資料学と歴史教育−北方世界の交流と変容」の記録集とのこと。11人の著者による論文集といったところ。靺鞨、女真といった言葉が出て来るあたりに特に興味あり。


集英社新書 0330A
姜尚中の政治学入門
姜尚中著
ISBN4-08-720330-1
集英社 2006.2

 最近TVでわりと見かけることのある著者に少し興味があって購入。自分に消化できる本かどうかは全く未知数。

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2006年8月16日

フローズンドリンク

 ネタフルで見かけたネタ。創建商事が販売しているマジコールという商品の話。

 各種ドリンクを冷やして保管する一種の冷蔵ケースなのだが、マイナス6度でも凍らないという過冷却状態で冷蔵することができる「過冷庫」だそうだ。

 これは!!

 今年一番のヒット商品ではないかと思う。HPで実演されているように、冷やされたペットボトルの液体を振ったり、グラスに移した途端にシャーベット状に固まり出すという。

 これは是非実物にお目にかかりたい。大阪府堺市東区にある千寿の湯にあるらしい。南海高野線の初芝駅から徒歩3分。残暑が残っているうちにちょっと遠征してみようと思う。

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2006年8月15日

敗戦の日に考えた

 責任とはなにか、何の役に立つのかということを考えた。責任とは、任務を果たさなければならないということと、失敗したらとらなければならないものということ。

 とある目的を持った集団がある。その集団がその目的を果たせなかった場合、問われるものが二つある。ひとつは失敗の責任を誰がとるかということ、もうひとつは何故失敗したかということ。集団には決断することを責務とする「長」の肩書きを持つ人(達)がいる。ひとつのパターンとしては、最終的に「長」の決断に誤りがあったとして「長」が責任をとることになる。

 歴史というものの見方をした時、「長」がどういう責任のとりかたをしたのかはあまり問題とは思わない。「長」が何故その決断をしたのか、というような原因をはっきりさせることが先を生かすことに繋がるから。失敗が重大であればあるほど、責任ではなく原因こそが繰り返し問われなければならないと考える。

 ある集団の「長」だった人が、失敗に対して責任はないという話があった。その人は「長」ではあったが、その決断が実行されるような状況ではなかったということだろうか。もしそうなら、その集団は誰も止めることのできない暴走集団だったということになる。それって怪しい新興宗教そのものだな。そんな集団とのおつき合いは御免こうむりたいと言いたいが、隣に住んでいたらそうも言っていられないか。

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2006年8月14日

(書評)人体 失敗の進化史

光文社新書 258
人体 失敗の進化史
遠藤秀紀著
ISBN4-334-03358-X
光文社 2006.6

 期待通りに面白い本だった。この本はタイトルに進化を謳いながら、系統樹といった進化論にお馴染みのアイテムが登場しない。動物遺体の解剖分析を専門とする筆者の、実践に基づいた解剖学の見地に立った、ヒトの進化史論となっている。内容は極めて具体的で、単に人が立ったとか脳が大きくなったというのではなく、実際の解剖成果を基に詳細な所見を交えてヒトのどの部分がどのように変化したのかを解いている。その結果として、トータルとしてヒトがどう進化したかではなく、個々の部分がどう変わったのかをおもに説明している。

 一般入門書を意識した書き方で、食卓の秋刀魚の話を交えた心臓の話や、フィギアスケートを話題にしながらの腰の骨の劇的な変化の話など、分かり易くて面白い。古生物の解剖学的な話も出て来るのだが、今実際に存在する動物の具体的な構造を比較しながら、ヒトの身体のつくりがどう変化してきたのかを説明する部分が中心だ。

 また、著者が解剖学を専攻しているとおりに、解剖学を通しての進化論の本でありながら、進化論を通してみる解剖学の面白さという含みを持っている。先に揚げた腰骨の話のほか、肩の骨の話、亀の臍の話、女性の月経の話などは自分にとって新しい内容でとても面白かった。


 惜しむらくは終章の直前、第四章の最後で

 「引き続き、描き換えに描き換えを続けながら、私たちは進化を続けていくのだろうか。」(同書 P.217より)
 
という問いを発して脱線してしまう。この問いに対して本旨から逸れた上で、

 「しかし、ヒトの未来はどうなるかという問いに対して、遺体解剖で得られた知をもって答えるなら、やはり自分自身を行き詰まった失敗作ととらえなくてはならない。」(同書 P.218より)

と結論付けている。投げ遺りとも取られかねない前提から失敗作という結論を導くことは、解剖学の面白さという私が受けたこの本の主旨にとって不必要だ。この流れをそのまま終章に持ち込んでしまっていて、なんとも後味の悪い本になっている。気持ちは分かるのだが、この本は解剖学の啓蒙に徹して、社会問題は別の機会にすべきだったと思う。

 ひとつ付け加えいると、進化に必要な遺伝子の取捨選択を非人道的なものとして排除する、というのが結果論として今のヒト社会であるという前提で、その範囲内では結果として種としてのヒトには進化も退化も起らない、というのが今の私の考えだ。

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2006年8月13日

コンサート

 友達に誘われるまま、名古屋まで知り合いの合唱団のコンサートを聴きに行ってきた。お盆まっただ中で、行きも帰りも電車で立ちっぱなしだったので少し疲れたが、パワフルで安定した歌声に久しぶりに感動した。

 合唱から離れてもう十余年、それ以外の音楽活動も今は休止中。やっぱりステージっていいなとも思うが、今の所復帰の予定も目処もない。

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2006年8月12日

(書評)エゾの歴史

講談社学術文庫1750
エゾの歴史
北の人びとと「日本」
海保嶺夫著
ISBN4-06-159750-7
講談社 2006.2

 正直言って期待外れ。通史的な内容を予想させるタイトルの割に通史のではない。それはそれで構わないのだが、論文集的に特定のテーマについて掘り下げたといった体載をとりながら内容は一般向け。他研究者に対する異義を書かれているわりに自身の考証も甘く、根拠を提示せずに断定されている部分は気になる。

 エゾという言葉がいつから使われるようになったか、考証されている部分は悪くないし、エゾとは日本本土から見た他所者にたいする呼称という判断も無難と思う。ただ、全体を通しても言えるのだが、「アイヌ民族」とアイヌには常に「民族」を付けるのに、ギリヤーク族と言ったり、オホーツク人と言ったりと集団に対する呼称の使い分けと、その違い、比較に甘さがかなり見られる。この前に読んだ本が「民族」という言葉にかなり気を使っていただけに、その差がかなり気になる。

 唯一興味深かったのが、9章の江戸時代末期にエゾ地で作られたという人別帳を基にした、和人のエゾ地への移住の実体についての考察。人別帳の存在自体が興味深く、明治を待たずにエゾ地に移住し生活をしていた和人の存在は、もっと大きく取り上げてもよいのではないかと思う。同時代のアイヌ人の実体との比較ができれば、江戸時代末期の北海道の実像という話で1冊の本にさえ成ると思うがどうだろうか。

 エゾとエミシの違い、安東氏の捉え方、松前藩の特殊性、和人流入問題など個々の問題自体は面白いし、方向性にもあまり違和感がない。本のタイトルと中身のギャップや1冊の本としての纏まりのなさ、言葉遣いの甘さなど問題点の多い本と思う。

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2006年8月 9日

8月9日購入書籍

現代中央アジア論
変貌する政治・経済の深層
岩崎一郎・宇山智彦・小松久男編著
ISBN4-535-55318-1
日本評論社 2004.8

 今夏初めてとった夏休み、今年も台風が避けていくようで、今日も暑い一日だった。家の中も日中は暑くなるので、涼しい所を求めながら本屋、その後喫茶店へ。暑い日ではあるが、買ったばかりの本を開きながらの熱い紅茶がよい。

 中央アジアの近現代について、知人から推薦をいただいた1冊を見つけて購入。

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2006年8月 7日

2008年の大河ドラマ

 2008年の大河ドラマが「篤姫」に決まったそうだ。幕末にあまり興味のない自分には馴染みのない名前だが、2003年に放映された大奥の主役というと思い出せる。普段ほとんどTVドラマを見ないのだが、この頃は結構見ていて、この大奥はわりと楽しく見た一本。

 別冊歴史読本の徳川将軍家人物系譜総覧を書棚から引っ張り出して来て調べてみる。薩摩藩島津家の分家の生まれで、名前は敬子(すみこ)。11代藩主島津斉彬の養女となり、徳川家13代将軍家定の3番目の正妻となった女性。1883年、明治16年に48歳で亡くなったという。つまり幕末、明治維新時代の証人ということだ。

 いつものことなのだが、自分は大河ドラマのテーマとしては、戦国地方史(島津、長宗我部、北条などなど)を待望しているので、またしても外れとなった。

 時代的には2004年の「新選組!」とかなり被ることになる。島津家と徳川家の対比を描くことが中心になるのだろうか。自分の好みからいえば、陰謀渦巻く大奥とか、女どうしの戦いとかではなく、この時代の歴史の複雑さと面白さを、ある程度政治史ベースで描いて欲しい。登場人物としては島津斉彬がどう描かれるかにちょっと興味がある。

 最近の大河ドラマはあまり好きではないので、期待せずに待つことになる。「日本史上の新しいスーパーヒロインの誕生に、ご期待ください!」というキャッチがかなり気になる。見る気を減衰させる一文なのだが、一年通して見るかどうかはとりあえず未知数。

 またしても幕末島津となった。戦国島津はいつ実現するだろう・・・

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2006年8月 6日

8月6日購入書籍

光文社新書 258
人体 失敗の進化史
遠藤秀紀著
ISBN4-334-03358-X
光文社 2006.6

 歴史もの、現代社会ものにいくつか目当てがあって本屋にでかけた。が、見当たらず代わりに先月読んだ雑誌の書評に載っていた本を購入。解剖学の話を交えた人の進化の話らしい。身近なネタをベースにした話らしい。ちょっと楽しみ。

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2006年8月 2日

(書評)民族生成の歴史人類学

民族生成の歴史人類学
満洲・旗人・満族
劉正愛 著
ISBN4-89489-019-4
風響社 2006.3

 この本は、おもに現代の満族の形成過程を多数の証言を基に考察したものである。最初に注意しておかなければならないのは、ここでいう民族とは、本の序文で筆者が述べているごとく、nationやethnicの意訳ではなく、中国の独自性の強いものだという点。とくにここで登場する満族は、独自の言葉、文化、生活習慣をほとんど持っていない。それでも民族と称されるところに、中国における民族の政治性の強さがあるということ。

 日本人にとっては、清朝を作った人々のことは満州族といったほうが多少馴染みがあるだろうか。満州族は漢族とは違ってツングース系の人々であり、もともと女直(真)とよばれた人達といったところか。この本によれば、満族というのはその形成の実体からいえば、満州族とは似て非なるものということになる。現代の満族はそのような満州族の子孫ばかりでなく、清朝の支配集団としてのグループである「旗」に属していたのであれば満族だという。清朝建国前後には様々な人々が新しい政権に参加しており、そのような満州族の人達ばかりでなくモンゴルや漢族なども含んでいた。この政治的な集団が、現代の満族という民族のベースになっているという。しかも、この政治集団が徐々にひとつの文化集団を形成していったというのではなく、1980年代以降の政治の流れの中で急速に膨らんでいったという。政策的に民族が作り上げられた過程そのものであり、民族とは何かという概念がすっ飛んでしまいそうだ。

 この本の面白いところは、多様な来歴を持ちながらも現在では満族として生活している人々の証言を丹念に集めていることにある。民族という問題について、直接現場から集められた情報は、限らず驚くほど多様で面白い。この本もそういう一冊である。部分的には自分のような者には難しい文章が混じるものの、概ね読み易くて興味深い本である。

 清朝史という中国近代史は、どちらかというと自分の守備範囲ではない。その歴史に対する記憶も曖昧で、「旗」というグループが満族、蒙古族、漢族それぞれに八つあったとは記憶していたが、その形成から消滅に至る過程はほとんどよくわからない。この内「満族八旗」「漢族八旗」に加わった人の子孫の話がこの本には含まれている。とりあえず、話は決して単純ではないということ。

 それから、現在の中国において清朝発祥地の象徴とされている、遼寧省撫順市の東にあるヘトアラ城の話もでてくる。今のヘトアラ城は、歴史的な遺跡というものとはおおよそ無縁なテーマパークだったというのが、現地に行かれたマンジュさんから聞いた話だった。この本にはヘトアラ城が観光施設として整備される経過が紹介されている。歴史とは無関係に作られた天守閣という観光のシンボル、かつて日本も歩んだ道を今の中国でも繰り返しているという話とは思うが、規模や影響力の大きさは日本よりかなり大きいと予想される。

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2006年8月 1日

高校野球

 宮城県の決勝戦が行われ、仙台育英が東北を破って優勝したとか。仙台育英の佐藤投手は引き分けとなった前日からの連投、のべ24回を一人で投げ切った。

 凄い試合をしたものだと思う。なにが凄いって、スポーツ医学で投球過多が言われるようになって久しいのに、今だにこんな日程で試合が行われていることが。

 例をあげるまでもなく、高校野球で活躍した投手がその後も投手として活躍し続けた例は少ない。願わくは、2日で300球以上を投げた佐藤投手の投手としての寿命が今年で尽きないことを。

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