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2006年8月 1日

高校野球

 宮城県の決勝戦が行われ、仙台育英が東北を破って優勝したとか。仙台育英の佐藤投手は引き分けとなった前日からの連投、のべ24回を一人で投げ切った。

 凄い試合をしたものだと思う。なにが凄いって、スポーツ医学で投球過多が言われるようになって久しいのに、今だにこんな日程で試合が行われていることが。

 例をあげるまでもなく、高校野球で活躍した投手がその後も投手として活躍し続けた例は少ない。願わくは、2日で300球以上を投げた佐藤投手の投手としての寿命が今年で尽きないことを。

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コメント

トラックバックありがとうございます。
高校野球には実に不思議な「内規」があり、首を傾げたくなることが多いですね。
過日の秋田での「故意三振問題」でも、そもそも雨天ならなぜ5回終了時にコールドにできないのか、わけがわかりません。
延長規定については、報知新聞のMLBデスクである蛭間豊章さんが、同社のウエブサイトに連載中のコラムで、こんなことを指摘していらっしゃいます。
「高校球界の延長戦規定は15回で決着が付かなかったら、再試合とある。かつては18回が規定だったが1998年甲子園での横浜・PL学園の17回試合がきっかけで15回となった。選手の肩、ひじへの負担軽減という名目だった。しかし、翌日に再び1回から9イニングやるとなったら本末転倒である。高野連が独自の規則として、延長戦で決着が付かないケースは続行試合(サスペンデッドゲーム)スタイルにして、延長16回からやるべきだ」
http://blog.goo.ne.jp/holycow1998/

どう考えても、この昼間さんの意見が正論だと思いますが。結局、球数制限は「規則」として制定しないと、守るチームは出てこないと思います。

投稿: Ryo Ueda | 2006年8月 2日 16時38分

Ryo Uedaさん、こんばんわ
コメントありがとうございます。

 投球過多とか肩は消耗品・・・といった言葉を耳にするようになって、もうだいぶ経つように思います。今の親は子供のスポーツに対しても、過保護過ぎという話ももれ聞こえて来ます。何ぶん学生スポーツの現場とは縁遠いところにいるので、実体はよく知らないのですが。

 そのわりに高校野球っていろんな意味で変わらないなと思ったりします。変わる、変えていくということは難しいことなんでしょうか。

投稿: 武藤 臼 | 2006年8月 2日 23時21分

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