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2006年9月23日

安土城と観音寺城

 秋晴れの爽やかな週末、滋賀県の安土に出掛けた。目的は2年振りの訪問となる安土城跡。

 稲刈りが進む長閑な田園が続く安土城下、天気の良いことに加えて、割と早めに家を出たので午前中に観音寺城を目指すことにした。安土城跡と向かい合う位置にある観音寺城跡。こちらの方が安土城よりも高い山の上にあるため、今まで一度も登ったことが無かった。

 観音寺城は、安土城考古博物館の東の山腹にある桑實寺を経て、休み無く歩けば山麓から3、40分ほどで本丸跡に到達できる。ほとんどが石段になっていて、勾配が厳しくて運動不足には応えるものの難コースというほどでもない。ちなみに桑實寺は、天智天皇の勅願寺といわれ、戦国時代に京都を追われた将軍足利義晴が一時滞在した寺でもあるそうだ。


 本丸跡と言われるところは、尾根を平らにならしたちょっとした広場になっている。ただし木々が茂っていて眺望は全く効かない。同じ山の山腹にある観音正寺は、そこからなだらかな山道を歩いて5分ほど。

 観音寺城から下って安土城考古博物館に寄った後に、安土城を目指した。安土城に登るのは今回で5回目。そこで今までまだ行ったことのない場所に行ってみた。


 写真は安土城の東の登り口で、搦手道と呼ばれているところ。安土城の東麓には、当時琵琶湖の入り江が拡がっていた。搦手道は舟から上げられた物資を城内へ運び込む為の道だったと考えられている。搦手道の発掘調査が行われたのは、1996年から98年にかけてのこと。今では写真のとおりすっかり竹藪に没していて、簡単に登れる道ではなくなっていた。


 最近整備が進んでいるのが、安土城の南正面、写真の大手門の周辺だ。発掘の成果に従って石垣や虎口が復原されている。2年前には無かったのだが、大手門の奥に関所が作られて入城料500円を徴集していた。


 写真は安土城の天主台の礎石群。天主周辺の発掘調査が行われてからも5年ほど経つ。2年前とはさほど変わっていない。発掘が始まる前には入れた伝三の丸や八角平が立ち入り禁止なのもそのままだった。

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