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2006年10月27日

代理母と養子

 旬を過ぎたニュースではあるが、違う視点から触れてみたい。

 向井さん代理出産、高裁が出生届受理命じる(朝日新聞)
 一月前のこのニュースをきっかけにいくつかの新しいニュースが出て、ネットの上でも議論がなされた。

 代理母の問題点( 備忘録です。あしからず)
 このブログなどは、比較的広い視点で問題提起していると思う。

 自分の考えはというと、代理母に限らず不妊治療全般についてになるのだが、
  社会的な点から容認せざるを得ない
  医学的な点で胎児にあたえる影響に不安がある
という、やや反する2点に集約される。やむを得ないと思う反面、できれば避けたいと考える。


 少し歴史的な話をする。私の家系を例にすると、私の曾祖父は実兄の順養子で、さらに数代遡ると親族からの養子が一人いる。250年、10代ほどの中で跡継ぎに恵まれなかった者が2人いるわけだ。

 さらに歴史上の家族を取り上げる。徳川将軍家では、15人の将軍の14人の跡継ぎの中で先代の子供が将軍を継いだのは8人だけだ。雄藩加賀の前田家では、前田利家のあとの13人の藩主のうち、先代の子供は7人。名君が続いたと言われる薩摩島津家では11人のうち8人となる。

 中国に目を向けてみると、前漢では皇帝15人で、後継者14人のうち7人が先代の子供。中国史上もっとも皇統が安定していた清朝では11人中、9人が先代の子供だ。

 10人集まれば少なくても1人や2人、多ければ半分の人が子供ができない問題を抱えてきた。これは昔からの問題なわけだ。その対策として取られてきた方法のひとつが養子。昨今では養子というと婿養子のイメージが強いかもしれないが、その他にも弟を兄の養子にする順養子、血縁親族に求めた親族養子などがあった。

 養子には家を守る為という側面があり、核家族化した現代には必ずしもそぐわないかもしれない。また、そもそも子供の数が少ないので養子に出せる子供が存在しないわけだ。ただひとつだけ気になっていることとして、「遺伝」あるいは「遺伝子」という言葉が一般化して以来、実子に対する執着が強くなり過ぎてはいないかということがある。


 かつて「産みの親より育ての親」という言葉があった。この言葉は、今のように医学の発達していなかった時代にあって、子供を育てることにこそ意義を見い出したことからくる言葉なのか、それとも養子以外に手段が無かったとはいえ、それでも実子が可愛いことに対するアンチテーゼだったのだろうか。

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