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2006年11月24日

東洋史研究(62巻4号)掲載論文雑感

 先日入手した東洋史研究の第62巻第4号(2004年3月発行)には、以下の4つの論文が掲載されている。

 毛利英介
  一〇七四から七六年におけるキタイ(遼)・宋間の地界交渉發生の原因について
  ---特にキタイ側の視點から---

 阿部幸信
  嘉禾吏民田家ヒツ「丘」再攷

 森部豐
  唐末五代の代北におけるソグド系突厥と沙陀

 クリスチャン・ダニエルス
  雍正7年清朝によるシプソンパンナー王國の直轄地化について
  ---タイ系民族王國を搖るがす山地民に關する一考察---

それぞれに感心させられる一論で、多少思う所があるので書き留めておく。

 毛利氏の論文は、1070年代に契丹と宋の間で行われた国境交渉の原因を考証したもの。西夏の隣接地の話でありながら、私自身は地域的な事情、背景について全く情報を持っていなかった。その点たいへん勉強になった。西夏のことを考えて行く上で、契丹についての情報ももう少し集めていかなくてはならないと思う。

 阿部氏の論文は、タイトルだけ見るとなんだかよく分からないのだが、実は三国時代の呉の地方制度を扱ったもの。この論文の素材として使われているのが、先日のブログ(突厥についての論文と古文書)でも触れたような新出の文字資料の一つで、湖南省の長沙で1996年に出土した三国時代の『走馬楼呉簡』。この資料を使った研究はまだ始まったばかりのようだ。それなりに三国志にはハマった経験があり、今後の進展を楽しみに待ちたい。

 森部氏の論文は、唐から五代にかけてのソグド系の人々の動きを追ったもの。この論ではその舞台として、陝西省北部から寧夏自治区にかけてのオルドス南縁地域がでてくる。時代的には西夏建国に先立つ200年から350年前といった時代。オルドス南縁は、まさに西夏勃興の地であり、西夏から見てそれほど遠い昔の話でもない。そう考えると、森部氏論文がより身近に見えて来る。

 ダニエルス氏の論文は、清の時代の雲南最南部における現地勢力と、中央との関係の変化についてのもの。「シプソンパンナー」とは、シーサンパンナの名で知られる雲南の代表的な観光地。なんと、たかだか60年ほど前までシプソンパンナー王國と呼べるような小王国が存在していて、間接統治が残っていたのだとか。この時代のこの地域については、今まで全く読んだことがなかったので、かなり新鮮で驚きだった。

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