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2006年11月22日

突厥についての論文と古文書

 最近入手した大阪大学の鈴木宏節さんの突厥についての論文、

 突厥阿史那思摩系譜考
  ──突厥第一可汗国の可汗系譜と唐代オルドスの突厥集団──

 三十姓突厥の出現
 ---突厥第二可汗国をめぐる北アジア情勢---

を読んだ。論文の内容そのものについてはここでは踏み込まない。書き留めておきたいのは、論文の元になった素材の話。

 「突厥阿史那思摩系譜考」は、1992年に発見されたという阿史那思摩自身の墓誌を、「三十姓突厥の出現」では、1990年代以降に行われたモンゴルにある突厥碑文群の現地調査の成果などを利用して、突厥の歴史を見直そうというものだ。

 中国やその周辺で発見された文書類といえば、20世紀初頭の敦煌文書やカラホト文書がまず思い浮ぶのだが、最近でも新たな発見や新資料の公開などが続いている。その量は相当に多く、恐らくは研究が追いつけないほどの量と思う。

 このブログで今までに取り上げたものでいえば、『睡虎秦墓の竹簡』や『里耶秦簡』(項羽と劉邦の時代)、『寧古塔副都統衙門档案』(清朝のアムール政策と少数民族)といったものがある。西夏関連でいえば、最近整理公開されつつあるのが、ロシアの探検家コズロフに由来するカラホト文書。また、西夏前史になるのだが、墓誌も発見されている。

 こういった古文書類が新たに、しかも多量に研究材料に加わるということは、日本史ではあまりないことではないだろうか。今後の大陸の歴史研究の中でとても楽しみなところだ。

 もちろんそのような研究は既に色々存在し、その成果についても興味深いものに随分とお目にかかっている。そういった中で鈴木さんの論文は、突厥史の割とコアな部分についてのものであった点、自分にとっては驚きだった。


 突厥はモンゴル帝国に650年余り先駆けて登場した草原の国。隋、唐はもとより、ビザンチンやササン朝ペルシャ、黒海の北にあったハザールなど、西方の国々とも関係を持つなどチンギス=カンの時代を上回る雄大な帝国だった。その割には一般的なイメージは、秦漢に対する匈奴、隋唐に対する突厥のような視点からあまり遠くないのではないか。今後様々な研究の進展によって突厥についてのイメージは、どのように変わって行くだろうか。

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