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2007年1月31日

(書評)武士の家計簿

新潮新書 005
武士の家計簿
「加賀藩御算用者」の幕末維新
磯田 道史 著
ISBN4-10-610005-3
新潮社 2003.4

 本書は、著書が見い出した「金沢藩士猪山家文書」の研究を基に、幕末から明治にかけての一武家の生活を解説したもの。

 文書の中心は、1842年から1879年まで、明治維新を跨ぐ前後37年を越す猪山家の家計簿。家計簿といってももちろん今市販されているような縦横に罫線が入った表組のものでなく、草書縦書きで日々の収支を箇条書きしたもの。もちろん数字も漢字。本書によれば、江戸時代の武士の生活に関わるこれ程詳細で纏まった資料は他に無いという。

 本書によると、猪山家は18世紀初から幕末まで、5代に亘って加賀前田家に仕え、御算用者と称される会計事務処理を専業とした下級武士だったとのこと。その5代目の猪山成之は、その能力を買われて維新後、長州の大村益次郎へ推薦されたのを皮切りに、明治政府の中で軍の事務官僚として活躍したという。

 成之は、知行100石前後という似たような下級武士である親類縁者8家の中の出世頭だった。家計簿をつけ始めた祖父の代には家計は火の車で、大きな借金を抱えていた。また、8家の中には、維新によって収入を失って困窮してしまった家もあった。維新前の猪山家の家計の厳しさと、維新後の豊かさの大きな落差は一種のサクセスストーリーなのだが、各種資料から見えて来る姿は算盤片手にコツコツと積み上げた地味なものであるという。一つには、江戸から明治へと有能な事務官僚の地位が一気に向上し時代の流れということか。


 本書を読んで驚かされることは、ここで語られていることが実は今まで断片的にしか分かっていなかったということ。たかだか200年ほど前、下級とはいえ一応武士なのである。その具体的な姿は物語などで語られるほどには分かっていなかったのだという。

 そしてなによりも面白いのはその具体的な中身にある。極めて詳細な家計簿であって、毎年の収入はもとより日々の購入品一つひとつ、更には借金対策で売り払った家財の目録まであるのだ。それをもとにして、一定の格式のもとにある武士としての生活している猪山家の人々の姿が赤裸々に復原されていく。

 50石取りとか100石取りとかいう言葉は江戸時代関係の本で良く見かけるもので、経済的にそれにどのような価値があるのか、一例ではあるが実感を持って読み取ることができる。さらに、収入の元である米が銀貨に換金され、さらに銅銭に両替される。銀1匁が銅銭何文になるのかというような換算表は今までにも見たことはあったが、これほど具体的な例によってその価値を実感したのは初めてだった。

 本書は、一般向けに書かれた新書であって解説書ではあるのだが、物語を読むように気軽に楽しく読める。幕末武士の一実像、幕末維新を乗り切った者の人生、あるいは文献を復原していく実例など色々な読み方ができる。まあ、細かいことはいいので、興味があったら外さないから読んでみてとお勧めする。

馬頭さんのブログにもっと詳しい解説があります。


 余談になるが、著者が古本屋のカタログで文書を発見して店まで走って買いに行ったという話が載っている。最近似たような話を他でも聞いたことがあるのだが、物語というものはあるもの、自分も本屋で人生を変えるような本と出会ってみたいと思ったりする。ひょっとしたら今の自分は、15年前に中国成都の本屋で中華書局本の魏書を買ったところから始まっているのかもしれない。

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2007年1月30日

1月30日購入書籍

タタールのくびき
ロシア史におけるモンゴル支配の研究
栗生沢猛夫 著
ISBN978-4-13-026130-2,
東京大学出版会 2007.1

 自分が随分前から待望していたテーマの一つ、ジョチ=ウルス(キプチャク=ハン国)関係の専門書が出たと知人の所で知り、ほとんど衝動のままに買ってきた。本文380ページの内250ページをアレクサンドル・ネフスキー関連の論文が占めている。また、巻末で50ページに亘って4本の年代記の邦訳を掲載している。

 

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2007年1月29日

(書評)アレクサンドロスの征服と神話

興亡の世界史 01
アレクサンドロスの征服と神話
森谷公俊 著
ISBN978-4-06-280701-2
講談社 2007.1


 アレクサンドロスと彼が作り上げた帝国に関わる歴史を解説したもの。その原点として、ペルシャ帝国や古代ギリシャから説き起こし、彼の死後、彼を継いだ諸々の国についても言及している。最初でも述べられているが、様々な評価をされているアレクサンドロス像を見直すとともに、彼が起点となったヘレニズムという時代をも見直そうという意欲作。

 著者の作品としては、アレクサンドロス大王(講談社選書メチエ)を以前読んだ。この前著は、アレクサンドロスの対ペルシャ三大会戦を詳細に説明しながら彼の実像を見直すというものであった。本著は、三大会戦については簡単に触れるのみで、東方遠征の背景やその意味、彼の周りの人々などについて解きながらアレクサンドロス像を見直していくという内容になっている。端的にいえば、前著が戦術論にかなり踏み込んでいるのに対して本著は戦略論が中心である。

 主旨としては、西洋史を代表する英雄としての像を否定することが中心となる。また、彼の現代的な見直しの象徴のように使われる、東西文化を融合させようとした者という評価も併せて否定している。では残忍な征服者であったということか。そういう面は否定できないとし征服することそのものを目的とした、

究極の自己中心主義者と言うべきではなかろうか。(347頁)
と、かなり厳しい評価になっている。またヘレニズムについては、ギリシャ文化を一方的に評価するのではなく、インドやペルシャ、そしてローマの影響も無視し得ないとする。


 読後感としては、中国にとって蛮族と表現された遊牧民を、遊牧民の側から再評価た本と同じような印象を持った。ただし、本書はアレクサンドロスへの評価の厳しさの割に、事実を丹念に探ろうとする書き方などから、極端に反対に振ろうとしているという印象はそれほどない。ただし、アレクサンドロスの行動を現実主義的なものとして断定的に書いている部分が、そこまで言い切っていいのかという疑問は残る。

 また、部分的な箇所の指摘になるが、最初にブッシュとイラク戦争を引き合いに出している所、終わりの方でアフガン戦争を引き合いに出して、

アレクサンドロスが古代アフガニスタンのすべての峰と峡谷を完全に制圧したなどというのは、幻想にすぎない。(341頁)
と書いている所など、現代と重ね合わせようという箇所は書き過ぎと思う。後者について言えば、そもそも彼の遠征における征服というものがどういう形でなされたのかという点を無視してこの書き方はないと思う。

 本書は、部分的にこれまでここで扱ってきた本の中では厳しい評価と言えなくもない。しかし、全体としてはむしろ面白かったというのがやや矛盾するが正直な感想。アレクサンドロスの遠征のみを追っている本に比べると、その遠征の背後での様々な人々の存在や、彼の死後に帝国が解体してヘレニズム諸国が分立していく過程の説明などは面白かった。なによりも様々なアレクサンドロス像の中で、実像に迫ろうという姿勢とそのベースとなる豊富な情報分析は肯定して読むことができた。

 類書を多く読んでいるわけではないので、その中での位置付けは言えないものの、主張は明解で読み易く突っ込み所も多く楽しめる一書である。ただし、戦闘そのものの解説は少ないので、そういう内容を期待するのであれば前著を読むことをお勧めする。

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2007年1月28日

1月28日収集資料

 今年最初の西夏語勉強会に参加。今年の風邪は長引くようで、早期に完治されんことを・・・


向本健
 西夏の仏教とその政治的背景

長田夏樹
 西夏語資料略解
 ---涼州感通塔碑の発見と造塔縁起

荒川慎太郎
 日本所蔵西夏語文献について

荒川慎太郎
 西夏文華厳経京大所蔵

佐藤貴保
 大学教員と高校教員の対話
 〜大阪大学「全国高等学校歴史教育研究会」の活動〜

俄軍
 甘粛省博物館館蔵西夏文献述略


<1月29日追記>
 向本さんのは大谷大学大学院研究紀要に収録された論文、長田氏のは東洋学術研究に寄稿されたもの。向本さんの一文は仏教と西夏政権との関わりについて書かれたもので、崇宗、仁宗の時代についても触れている貴重なもの。

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2007年1月27日

かぶりつき

 最近入るようになった中華料理店がある。小さな食堂ではなく2階もあるちょっと大きな店。

 この店のおすすめはカウンター席(笑)

 一人でも気軽に入れるというメリットもあるが、ここのカウンターは目の前が全く境の無い厨房になっている。中華料理屋にそんなに出入りしているわけではないのだが、ここまでオープンな店は初めて。

 注文してから料理が来るまでというのは、一人の時は退屈なもので本を読んでいることが多いが、この店では中華鍋で次々と料理が作られていくのを見て過ごす。鍋一つで作られていく料理。眺めていて全然飽きない。

 味は普通に美味しく、値段も普通で高くも安くもない。今夜食べた炸醤麺は思ったより美味しかった。

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2007年1月26日

ニュースソース その2

 だいぶ前に「ニュースソース」という話を書いた。先日読んだ佐々木俊尚氏のブログ「ジャーナリストの視点 」の毎日新聞連載「ネット君臨」で考える取材の可視化問題が面白かったのでもう少しこのテーマで書いてみる。

 前に書いた、ニュースソースとしてのネットへの依存と機能しなくなったテレビという実感は今も変わりがない。その意味で佐々木氏の以下の指摘は自分にとってはかなり実感がある。

その構造転換を読者−−特にインターネットの人たちはすでに皮膚感覚として感じていて、マスメディアが世論を作る時代は終わってしまったことをまさに認識しつつある。

 佐々木氏が取り上げた毎日新聞の特集「ネット君臨」には反響を纏めたページがある(ネット君臨:第1部・失われていくもの 反響特集)。この中に「取材班からの投稿」として以下のコメントが書かれている。
 ネットはこれまでの既存メディアの「常識」も変えるかもしれません。当事者を探し、人に会い、記事を書く。基本的な記者の取材手法です。しかし、そうやって書いた記事の視点が、ネット上の無数の情報発信者によって形作られた「常識」と一致するとは限らないかもしれません。それらがどう影響し合い、世の中がどう変わっていくのか。私たちにとっても未知の領域です。
 このコメントの細かな言い回しは放っておくとして、この前後を読めば記者の書いたものと言えども沢山の視点の中の一つに過ぎないということが良く分かる。この特集は企画の内容以前として、この「反響特集」自体が様々な意見を読むことの面白さと、記者の視点が多様な視点のひとつに過ぎないことを示していると読む。

 新聞を購読していたころであれば、好きな新聞、嫌いな新聞があった。しかしネットでニュースを読む昨今では、どのサイトの記事であるかは必ずしも問題ではない。その意味では、毎日新聞の取材に答えた「がんだるふ」氏の以下の発言は、マスコミを含めたネット上の全ての情報にあてはまる。

名前は記号。本質は書いた内容にある。
 

 マスコミ不要と言いたいわけではない。そもそも情報発信を専業としているのであるから、量的にも質的にも高い発信機能を持っている。その中で個々の情報について、看板ではなくて内容で勝負できる情報を発信し続ければ、その積み上げとして信頼度も上がっていくはずである。多様性という意味も含めて、そういうマスコミをひとつではなく複数必要とすることは、これからも変わらないと思っている。

 私は地方の農村出身で、以前は民放が2局しか無くコンビニはまだ無くて本屋も遠かった。その頃を思うと今は全く別世界であり、一つのニュースに対して多くの情報、多様な意見を居ながらにして読めることを幸福とすら思う。多様性こそこの世界の本質だと実感している。

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2007年1月25日

1月25日購入書籍

 先週末、ネットで見つけた本が相次いで届いた。

シルク・ロード史研究
長澤和俊 著
国書刊行会 1979.9

 歴史地理篇、紀行篇よりなる。歴史地理篇には、「唐末・五代・宋初の霊州」「五代・宋初における河西地方の中継貿易」「遼の西北路経営について」「西夏の河西進出と東西交通」など中国西方の歴史上の問題を、紀行篇では張騫、甘英など中国から西へ向かった人々を取り上げている。計26編を収録する小論集。


草原と樹海の民
中国・モンゴル草原と大興安嶺の少数民族を訪ねて
大塚和義 著
ISBN4-88008-115-9
新宿書房 1988.8

 中国内モンゴルのモンゴル、オロチョン、エヴェンキを紹介する紀行もの

 

正史地理志匯釈叢刊
遼史地理志匯釈
張修桂・頼青寿 編著
ISBN978-7-5336-2757-7
安徽教育出版社 2001.9

 

正史地理志匯釈叢刊
宋史地理志匯釈
郭黎安 編著
ISBN978-7-5336-3229-8
安徽教育出版社 2003.1

 


遼史人名索引
曽貽芬・崔文印 編
中華書局 1982.11

 以上の3冊はHPの資料にならないかと思って取り寄せた。地理志匯釈は、各正史掲載の地理志のみを扱う注釈書。

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2007年1月23日

東国原 宮崎県

新知事に聞く 独自色打ち出しへ意欲(宮崎日日新聞)


 東国原(ひがしこくばる)。自分にとっては初めて目にする苗字。宮崎県都城から鹿児島県の曽於にかけてかなり見られる苗字とか。

 苗字は多くの場合地名からきている。苗字の多くが漢字2文字なのは、多くの地名が漢字2文字だからだ。だから東国原はもとは国原であって、その東と西なのではないかと思う。ネットを調べてみれば西国原という苗字もあるらしい(苗字(名字)の分布と読み方)。

 地図を引いてみると、都城市の南西、曽於市末吉に入ったところに国原とあり丁寧に振り仮名までつけてある( 国土地理院)。この地名と苗字に関係があるのかどうかは分からない。

 東国原、知らなければ読めない苗字だ。都城というともう一つ知らないと読めない苗字を知っている。都城が庄内と言われていた時代、戦国時代の庄内領主は薩摩島津家の支族北郷氏だった。これはきたざとでもきたごうでもなくほんごうと読む。何故これでほんごうと読ませるのかは、まだ調べていない。


 少しニュースと関係する話。自分にとって宮崎県は、感覚的にも旅行実績的にも遠い場所の一つ。日向灘沿いを回ったのは学生時代の一度だけ。社会に出てからも仕事や旅行で何度か宮崎県に入る機会はあったが、えびのや椎葉といった内陸だけ。延岡城跡、西都原古墳群、青島、飫肥の城下町、都井岬と回ってみたい場所は多いのだが、なんとなく機会に恵まれない。高速道路が開通すれば行くかと言えば、開通しなくても行く機会はあると思うが、開通しても感覚はあまり変わらないと思う。


 一念発起して地方自治を勉強したのみならず、単なる勢いでなくて知事という困難な立場を選択した姿勢を買いたい。長い目で見れば知事として成功するか失敗するかはあまり大きな問題ではない。もう引き返すべきではないということを、どれだけ多くの人が認識するかが鍵になるのではないかと思う。一期あるいは二期の内に変えてやろうというのでなく、20年後、50年後を見据えながらレールを敷いて、如何にして次の人に引き継いでいくのかということを考えれば、おのずと道は開けていくのではないだろうか。

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2007年1月22日

(書評)みちのくの鷹 津軽為信一代記

津軽太平記
みちのくの鷹 津軽為信一代記
獏不次男 著
ISBN978-4-309-01740-2
河出書房新社 2005.12

 書題のとおり津軽藩初代津軽為信の生涯を題材とした小説。大浦為則の婿養子となった18歳の頃から、死後に息子の津軽信枚によって弘前城が完成するまでを描いている。

 18歳から始まっているのは、それ以前、主に出自について諸説分かれていてはっきりしないらかもしれない。本書自体は大浦氏を奥州藤原氏の子孫とし、為信が為則の甥という説を採っている。

 本書の特徴として、時間系列にそって比較的満遍なく描くという形をとらず、特定の事件の前後を集中的に取り上げ、間を概要だけで飛ばして次の事件を取り上げるという形になっている。全部で8章よりなるが、津軽統一戦初期、豊臣政権への臣従、関ヶ原の戦い、弘前築城と継嗣問題の4つの話にまとまる。また、純粋な物語りではなく随所に筆者による解釈、解説が折り込まれている。

 ストーリー的には、津軽為信と股肱の臣、沼田面松斎との話を中心にして流れて行く。人物設定としては、津軽統一という夢に邁進する英雄といった感じかと思うが、解説部分が多々折り込まれる分あまり入り込めないので見えて来ない。津軽為信の生涯自体が多くの謎を今もって含んでいるので、設定に対する評価は読む人の思いによって大きく別れるのではないかと思う。

 自分的には、津軽為信といえばいかにして津軽を統一したのかという所が興味の中心で、その部分が全体の4分の1だったので拍子抜けしたというところ。津軽統一だけで面白い小説になるのではないかと思うのだが、誰か書いてくれないだろうか。

 新聞連載という形のためなのか、読み応えにはやや欠ける。弘前出身の著者に、津軽為信の生涯、あるいは弘前の始まりを形にしておきたかったという意図があったのではないかと思う。津軽為信を紹介した一般書があまり無い中では貴重な一冊であり、とくに為信配下で活躍した人々の名前が多数上げられていて、少しイメージができた。今年か来年か、まだ訪れたことのない弘前を中心に、津軽の城跡を回るという旅行プランを考え始めている。また、ほぼ忘却の彼方となった「奥羽・津軽一族(新人物往来社)」を読み返すというのも面白いかもしれない。

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2007年1月21日

1月21日購入書籍

図説 中国文化百華007
中国 都市のパノラマ
王朝の都 豊饒の街
伊原弘 著
ISBN978-4-540-03089-5
農山漁村文化協会 2006.7
 
 宋代を中心とした中国の都市の話。図説とあるように図や写真が豊富で見てるだけでも楽しめる。東方の1月号に書評があり、買ってみることにした。

 



五胡十六国の基礎的研究
三崎良章 著
ISBN978-4-7629-2771-3
汲古書院 2006.12

 五胡十六国の時代も宋遼西夏金の時代や三国時代と同じくらい面白い。結局分裂していた時代の方が興味があるということか。ついでにいうと、宋遼西夏金の時代と言うと長いので後三国時代とか呼びたいのだがどうだろう。本書はその五胡十六国時代を詳細に論述した論文集で5部12章よりなる。まるごと五胡十六国各論という貴重な一冊。

 



漢文語法ハンドブック
江連隆 著
ISBN978-4-469-23135-9
大修館書店 1997.6

 本屋の棚で見つけた一冊。高校以来漢文の授業は授けておらず、漢和大辞典だけで読むのは厳しいことがある。助けになるとありがたい。

 



国家図書舘学刊
2002増刊 西夏研究専号
楊炳延 主編
ISSN 1009-3125
北京図書館出版社 2002.3

 王民信氏の「再談白高国」、李華瑞氏の「西夏紀年綜考」など中国研究者の論文のほか、日本の松沢博氏の「西夏文《瓜州監軍司審判案》遺文」、西田龍雄氏の「西夏語文法新考」、ロシアのK B.Kepping氏の「西夏国名及西夏人発祥地考述」など28編を収録。

 


 次から次へと買って読めるかどうかは取り敢えず考えない・・・

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2007年1月20日

納豆

納豆ダイエット効果誇張 (東京新聞)

 一人暮らしをするようになってからこの10年、朝食は普通に納豆だった。別に健康とかこだわりとかではなく手軽だったから。いつも買っているのは、50gパックが3つついているやつ。近所のスーパーに行ってたまには品切れということもあるが、一週間一度も見かけないというのは初めて。

 健康番組には興味がないし、そもそもほとんどがとんでもな話なので見ることはまずない。だからニュース自体もべつにどうということもない。ただただ迷惑なだけ。そういえば、最近納豆を扱った番組が他にもあったとどこかに書いてあったが、そっちはどうだったんだろう。


連絡
 だいぶ適当だったカテゴリーを思いきって整理してみた。これで特定のカテゴリーに集中するのを回避できると思うのだがどうだろう。

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2007年1月19日

(書評)飛竜伝

飛竜伝
宋の太祖 趙匡胤
小前亮 著
ISBN978-4-06-213785-0
講談社 2006.12


 宋の初代皇帝、趙匡胤の生涯を描いた小説。具体的には10世紀中ごろの宋が建国される前、後漢朝初期に始まり、20歳を過ぎたばかりの頃から死ぬまでが描かれている。ただし、皇帝に即位するまでが話の中心で、その後は余談的な内容になっている。

 前著の李世民とは大きく書き方が変わっている。前著は李世民を取り巻く敵味方がサイドストーリーとともに多数登場して賑やかな物語だったが、本著はあくまでも趙匡胤が中心で彼一人を描いたものといっていい。もちろん弟の趙匡義や後周の世宗皇帝柴栄のほか、彼に関わった人物が登場するのだが、彼のストーリーを彩ることに徹していてサイドストーリーはほとんど展開されない。

 趙匡胤がどの様に行動したのかというのを追って行く形で話は進む。契丹、北漢、南唐、節度使の李守貞などが敵として登場し華々しい戦いが語られる。まったく趙匡胤が主役の物語で、契丹とか北漢とかはほとんど具体的にイメージされない。また節度使は、立身する前の趙匡胤にとっては憧れであり、立身後は安定のために削がれるべき課題として語られている。

 脇役でもっとも活躍するのは趙匡胤の義弟で片腕という鄭恩だが、彼の名前は「宋史」の中では容易には見つけられない。架空の人物なのだろうか。確実に実在の人物でもっとも重要な役割をするのが柴栄だ。趙匡胤の人生に大きな影響を及ぼし、幾つかの場面では特異なキャラとして登場する。名君と期待されていながら、その役回りは趙匡胤にとっての反面教師というもの。

 弟の匡義は陰に陽にもっと活躍するものと思っていたのだが、12歳年下の匡義の出番はそれほど多くなかった。趙匡胤の死をどう描くかと注目していたが、余談の余談として病死を暗示させているだけ。弟への譲位についても母親の影響、あるいは柴栄の子が幼少であったことからの流れとして表現されている。それではつまらないとは必ずしも思わないが、暗闘を期待していた分拍子抜けした。


 趙匡胤を含め、人物の性格設定は比較的単純で、強烈に悪でも善でもなくそれなりに暗または明という感じ。その意味で人物描写に奥行きがなく物足りなさにつながるのではないかと思う。緊張感を持って暗躍する人物も登場しない。

 あまり史実を踏み外すこと無く、趙匡胤をストレートに描こうという点は評価できなくはない。また、あくまで歴史小説として中途半端な歴史解説を入れていない点も、前著と同様自分は好きだ。読み易くて結構面白い。しかし、本書からこの時代の歴史に踏み込んでみようという気持ちにはあまりならず、ストーリーとしても奥行きや緊張感が足りない。この点で少し厳しく、物足りない一書と評しておく。

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2007年1月18日

1月18日購入書籍

興亡の世界史 01
アレクサンドロスの征服と神話
森谷公俊 著
ISBN978-4-06-280701-2
講談社 2007.1

 自分の興味の範囲としては、かなり端の方なので少し迷ったのだが、筆者の前著アレクサンドロス大王 「世界征服者」の虚像と実像(講談社選書メチエ)が面白かったと記憶しているので買うことにした。目次を比べてみると、前著がアレクサンダ−の東方遠征に関わる部分に絞っているのに対して、本著は前史や後史などを含み、古代ギリシャからバクトリア王国まで触れている。さて、どのくらい面白いだろうか。

 シリーズの次回2月配本は森安先生の「シルクロードと唐帝国」、一応買う予定。

 


学研M文庫 れ-1-1
戦国驍将・知将・奇将伝
乱世を駆けた62人の生き様・死に様
歴史群像編集部 編
ISBN978-4-05-901194-1
学習研究社 2006.12

 著者の一人桐野さんのブログに案内が出ていたので、とりあえず実物を拝みに書店に寄ってみた。380頁の本に62人の武将の話が並んでいる。どちらかというと当主よりはそれ以外の人物が多い。36人の著者が分担していて、武将一人あたりの頁数は数頁から10頁を超えるものまでいろいろ。オムニバス的にややバラバラな感じがあり雑誌掲載文の再構成本だろうか。

 自分的には、桐野さんが書かれた島津家久、織田信忠。あるいは蒲生氏郷、北条幻庵、橋場さんの松平信康あたりが目当て。全部読むかどうかは未定。

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2007年1月14日

(書評)馮道

中公文庫 B 6 16
馮道
---乱世の宰相
礪波 護 著
ISBN978-4-12-204282-7
中央公論新社 2003.10


 本書は10世紀、中国の五代十国時代に宰相として活躍した馮道を解説したもの。原書は1966年に人物往来社から出た「中国人物叢書」第一期12冊の一書として出版されたもので、1988年に単行本化された。

 馮道は882年、現在の河北省に生まれた。節度使の下級文官を皮切りに後唐の明宗皇帝のもとで宰相(この当時は必ずしも官僚筆頭ではない)に就いた後、後周の世宗皇帝が即位した直後に73歳で死ぬまで歴代王朝の顕職を歴任した。契丹も含めて6つの王朝が次々と交代していく混乱の時代にあって、その中の11人の君主に高官として仕えて天寿を全うした。

 本書は前史として安史の乱から説き起こし、馮道が育った河北の状況を説明している。また、馮道の生涯を眺めながら五代の歴史を併せて説いていくという内容でもある。一人の人物を通して見渡すことで複雑な流れを追い易くなっている。その点で五代史の入門書として十分な内容を持つ。

 本書を読むまで馮道という名前よりも、そういう宰相がいたようなという程度の認識しかなかった。本書によると、馮道は5朝8姓11君に仕えたと云われ(5朝には契丹を含み後梁を含まない、各王朝には養子として帝位を継いだ者が複数いることから、あえて姓を8と数える)、二君に仕えることすら不忠と言われる中で、世渡り上手な不忠者と評価されてきたという。筆者はこれに対して、乱世という状況の中でより高邁に国、つまりは民に仕え続けた有能な人物と評価している。単なる世渡り上手ではなかったという。

 馮道という人物の面白さもあり、また一人物を通しての時代史という体裁は印象に残り易い点もあり入門書として良書と思う。原書が40年前といせいなのか、伝説的と思える部分と史実的な部分との境が曖昧に見える表現にやや古さを感じる。ただ、この時代の研究の進展を知らないので専門レベルの評価は分からないものの、一般書として五代史のみを対象としたものは皆無に近いと思われ、その点でも貴重な本であることには変わりがない。

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2007年1月13日

1月13日購入書籍


津軽太平記
みちのくの鷹 津軽為信一代記
獏不次男 著
ISBN978-4-309-01740-2
河出書房新社 2005.12

 戦国時代には興味のある人物が多いのだが津軽為信もそのひとり。青森在住の知人から、東奥日報で連載された小説が単行本化されていると聞いて早速取り寄せ。

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2007年1月12日

1月12日購入書籍

講談社現代新書 1366
新書アフリカ史
宮本正興・松田素二 編
ISBN978-4-06-149366-7
講談社 1997.7

 無事一週間乗り切ったので、ちょっと足を延ばして梅田紀伊国屋で買い物。さっそく蒸しぱんさんの推薦の一書を購入。全600頁と普通の新書3、4冊分の大著。ちょっと気合いが必要だな。
 グレート・ジンバブウェ:東南アフリカの歴史世界は残念ながら、品切だった。



教育社歴史新書 <日本史> 54
中世の九州
外山幹夫 著
ISBN4-315-40195-1
教育社 1979.1

 こっちは購入ではなくて知人から回ってきたのだが、中世九州は興味対象範囲内なので有り難く頂戴した。

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2007年1月 9日

(書評)紫禁城の栄光

講談社学術文庫1784
紫禁城の栄光
明・清全史
岡田 英弘・神田 信夫・松村 潤 著
ISBN978-4-06-59784-6
講談社 2006.10


 本書は、明の建国から19世紀初頭、反乱が頻発するようになった清末期までの歴史を解説したもの。もともと大世界史というシリーズの一書として1968年に文藝春秋から出版されたもので、昨秋文庫として再刊された。

 明・清全史とあるので、中国史の一時代を区切った断代史といえなくもないが、読後感としては特定の王朝の歴史というものではない。タイトルにある紫禁城、つまり北京を中心とした14世紀から19世紀にいたる東アジアの歴史といったところ。中国だけでなく、要所でモンゴルやチベット、中央アジア、朝鮮、日本についても触れている。その点で中国ばかりでなく、その都度の周辺を含めた状況の中で歴史がどう動いて行ったのかがイメージし易く書かれている。

 内容的には、40年近い前に書かれたという古さはあまり感じない。岡田氏がティームールについて、明記したうえで書き直した所が一か所あるが、それ以外の部分は基本的に原書ままということか。現在の国家領域としての『中国』と、主に漢族が活動してきた領域としての『シナ』を書き分けていることが特徴の一つである。

 古さを感じないということの一つに、原書の時点で既に斬新な見方で書かれているということがあると思う。三人の筆者が章単位で分担していて目次後にそれが付記されているのだが、それを見なくても読んでいくと誰が書いたのかが大凡分かる。つまり著者の立ち位置の違いが文章に現れていて、それを考えながら読むのも面白い。


 本書は500年近い歴史を纏めたもので、内容はわりと濃いといっていい。それでいながら読み易く、要点を流れに沿ってうまく纏めていてイメージし易くできている。また時間を経たものの再刊でありながら斬新な視点を含んでいて、面白く読むこともできる。

 強いていえば長江を揚子江と書いてあるところに少し時代を感じる。また、チベットの部分の書き方でチベットがやや矮小に見えてしまう感じが残ったが、今の時代から読み返すからこそといえるかもしれない。

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2007年1月 8日

1月8日購入書籍

 明日からしばらく本屋に寄る時間がないかなと思うと、では今のうちにとついつい立ち寄ってしまう。

 じつはパンフを貰った時から周代中国の社会考古学 (Falkenhausen、Lothar von著、京都大学学術出版会 2006.12)にかなり興味があった。目次を見てもかなり興味深いタイトルが並んでいる。

 値段も値段なので本屋に2回通って現物を見て検討。意外と読み易いし図表も多くて面白いのだが、今の自分の守備範囲からはやや出た時代でもあり、B5版400頁の論文集という大著は手に余ると判断して断念する。


アフリカ史を学ぶ人のために
岡倉 登志 編
ISBN978-4-7907-0623-6
世界思想社 1996.9

 替りというわけではなく、世界史のコーナーを眺めていて目に止まった。そういえばアフリカ史はいつ読んだか覚えて無いくらい記憶にないし、知識もない。この学ぶ人のためにシリーズは、だいぶ前にスペイン学を読んでおもしろかった印象があるので読んでみようと思う。

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2007年1月 7日

今年の大河ドラマ

 今年の大河ドラマ「風林火山」。第一回ということでとりあえず見た。ドラマ以前として、何で山本勘助が主役なんだろうという疑問は多分どうしようもないだろうなあと思う。原作どおり(らしい、自分は読んでないもので)だからと言えばそうなのだろうが、戦国時代には他に立てて欲しい人物が沢山いて、実像定かで無い人物が彼らよりも先に主役というのはどうも。

 ただ、時代や地域設定はわりと自分の興味範囲なので見ていて面白いことは面白い。とりあえず細かい突っ込みどころは放っておくとして、北条氏綱が大河で出たのは初めてじゃないだろうか。字幕に氏綱の文字があったのが初回を見た一番の理由だったりする。

 ちなみに初回のクライマックスだった山中での戦いは1535年のこと。氏綱は晩年の50歳、息子氏康は21歳で父の死によって家督を継ぐのは6年後。テレビを見てて氏綱ちょっと老けてないかと思ったが、こうしてみるとそんなものかとも思う。

 気になったといえば、取って付けたような方言。別段どんなドラマでもあることなんだろうけど、昔聞き馴染んだ言葉だとむず痒さが倍増される。ひとつ専門家に聞いてみたいところなのだが、甲信駿はあの時代からずーずー弁なのだろうか。


 次回からはどうなるか。騎馬隊が強調されるのは避けて欲しいが多分無理かな。最近多いホームドラマ型でなく、歴史ドラマらしく続いてくれたらそこそこ見続けるかも。

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2007年1月 6日

1月6日購入書籍

日本史リブレット 42
琉球の王権とグスク
安里 進 著
ISBN978-4-634-54420-8
山川出版社 2006.12

 8年間前に初めて沖縄に行って今帰仁城や首里城を歩いた時から、石垣の美しさが今も心に残っている。以来何冊目かの琉球王国もの。

 


中公文庫 B 6 16
馮道
---乱世の宰相
礪波 護 著
ISBN978-4-12-204282-7
中央公論新社 2003.10

 1966年に人物往来社から出た本を1988年に単行本化したその改訂版。中国の五代十国という乱世に、11人の皇帝に仕えたという馮道の解説本。出版物の少ない時代について、個人名のタイトルというのがなかなかよい。飛竜伝とどちらを先に読んだら面白いか。

 


新シルクロードの旅 3
西安・カラホト・青海・カシュガル
---悠久の古都の路地から、天空の青い海へ
NHK取材班 監修
ISBN:978-4-06-212721-9
講談社 2005.12

 まだ買ってなかったのねと言われそうだ。放映された内容がイマイチだったので買う気が失せていたのだが、やっぱり数少ない西夏関係ものということで買っておく。

 

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2007年1月 5日

今日の気になるニュース 「遼の遺物修復」

 遼の遺物修復 九州国博支援 内モンゴルと連携 日本文化の源流探る(西日本新聞)

 気になるニュースというほどでもないのだが、遼、契丹関係のニュースは珍しいかと思って記録しておく。

 一昨年、2005年秋にオープンしたばかりの4番目の国立博物館を訪れる機会は今のところなく、国立の中では最大という広さを持つ歴史博物館になにが展示されているのかまだ知らない。この交流を期に「遼・契丹」展が開かれるなら、九州まで遠征してもいいなと思う。

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2007年1月 4日

1990年中国紀行 <明の孝陵>

 今月からHPの写真を毎月替えるという目標を立てた。記録に残すためこちらにも掲載する。

 テーマは「1990年の中国」。1990年に私が初めて中国を歩いたときのもの。秋から年明けにかけての4ヶ月間で、北京、西安、敦煌、成都、杭州などを回った。

 今の中国にとっては16年前というのはもう大昔に見えると思うが、はたしてそういう雰囲気が伝わるところが映っているだろうか。


 最初の写真ということで、中国貧乏旅行にとって当時定番だった鑑真号。神戸港に停泊している船に乗り込む時のもの。


 こちらが今月の写真。

 南京市街の東に聳える紫金山、その南にあるのが明の孝陵。東隣にある孫文の中山陵のほうが観光地としては有名だが、自分にとっては明のほうが守備範囲に近く、中山陵までは回っていない。
  →Google Map 明の孝陵周辺

 明の皇帝の陵墓というと北京の北にある十三陵、あるいは十三陵にある第3代永楽帝の長陵が有名と思うが、初代皇帝洪武帝朱元璋の孝陵だけは南京にある。

 南京というと、並木の緑の濃さが印象に残っているが、今はどうなっているだろうか。

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2007年1月 3日

1月3日購入書籍


飛竜伝
宋の太祖 趙匡胤
小前 亮 著
ISBN978-4-06-213785-0
講談社 2006.12

 宋の初代皇帝、趙匡胤を主役にした小説。五代十国時代後半の後漢から宋による統一直前までの三十数年間を描いている。宋建国の頃を扱った小説は他にもあったような気もするが読むのは初めて。著者の前著(李世民)を読んだところばかりだし、かなり異なる時代をどのように表現しているか楽しみ。弟の匡義の設定がポイントと思うが、後周の世宗、柴栄にも興味あり。

 

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2007年1月 2日

青海チベット鉄道

青海チベット鉄道
〜世界の屋根2000キロをゆく

 今夜、NHKで9時から1時間半に亘って放送されたこの番組を見た。企画的な面では、予想通りに政治的な色一切抜きのほぼ純粋な鉄道紀行だった。1時間半という短くない時間、退屈することは無かったし有効な情報が多かった。なによりも行ってみたいという気がかなりする。紀行ものではやはりこの点が一番大切だと思う。

 ごつい顔の機関車だと思ったらアメリカ製、客車はカナダ製とか。いずれもこの路線専用とはいえ、エアコンは無く、床はゴミだらけといった時代を思い出すと、隔世の感があるほど奇麗になった。列車が出発する時に乗客が先を争って走って行くというナレーションがあったが、以前の乗車風景はそれは壮絶な争いのようなもので、今夜の映像はのんびり歩いているようにしか見えなかった。人やモノに中国が確実に豊かになっているというのが見てとれる。列車に乗ることを目的にした乗客がかなり見られることもその現れと思う。5年、10年という短い時間で大きな変貌を遂げて行く成長途上の今の中国の姿だ。

 有効な情報という点で興味深かったのが、列車の運行ダイヤ。タングラ峠前後の景色を楽しませるために、下りはゴルムドを朝出て、ラサに夜着くとのこと。先日買って来た2006年10月版の時刻表によれば、中国各地からラサを目指す4本の列車は、いずれも朝4時から7時にかけてゴルムドを出るようになっている(中国では全国が一律北京時間なので、実際の太陽時間を基準にするとゴルムドやラサは北京時間と2時間近い時差がある。ゴルムドの朝4時はどちらかというと深夜になる)。同様に上りの列車は、早朝8時から30分毎に次々とラサを出発するダイヤになっている。


 チベットという点で気になるのは、実際に現地で暮している人にとってどうなのかという点だ。ただ、この番組でそういう話が出て来ないというのは予想の範囲内で、現地のチベット人が風景としてしか登場しないという徹底ぶりにも驚きはしない。純粋な鉄道紀行として面白かったので、この番組自体はこれで良しとしておく。

 ただ、間違いなく今後の5年でラサやチベットは、良い意味でも悪い意味でも更に大きな変貌を遂げて行くことと思う。その意味では、10年前にサラまで行ける可能性があったのに、日程や旅程の都合で行かなかったことが少し悔やまれる。現在進行形という意味で、この前後10年、20年という時代の中でラサとい街は、中国の中でも特別に大きな変化を遂げる街となることは、まず間違いないだろう。

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2007年1月 1日

(書評)百姓から見た戦国大名

ちくま新書 618
百姓から見た戦国大名
黒田基樹 著
ISBN4-480-06313-7
筑摩書房 2006.9


 半年ほど前に読んだ著者の戦国 北条一族(新人物往来社)は、一般向けでありながら情報満載で新人物往来社の一族シリーズの中でも良著だった。本書でも氏の文献研究の成果や他の研究者の成果も引きながら、『戦国 北条一族』とは異なる視点から、また後北条氏だけではなくより広範な戦国大名をも対象として戦国時代の解説を目指したもの。

 導入として、北条氏康の隠居による氏政への代替わりについて触れ、飢饉や災害などの社会の不安定要因をその理由として上げている。天道思想あるいは徳治主義などによるということ。他にも武田信虎から晴信(信玄)、早雲から北条氏綱などを類例としている。戦国武将の隠居をこういう観点から捉えるものは初めて読んだ。単純にそれだけが理由ではないにしろ、そういう背景もあり得るかもしれないと捉えておく。

 本論は、戦国時代では飢饉が日常のことであって、戦争はその解決手段だったという話から始まる。上杉謙信の関東遠征も食糧調達が理由の一つだったという。それを前提として、戦国時代には自然発生ではなく、自立性の高い政治的な纏まりとしての村が形成されていたという。

 戦国の初めにそのような村どうしの争いは、争いそのものを中心として解決されていた。しかし秀吉、家康による全国統一が進む中で、そのような争いそのものが禁止されるようになる。その過程で大名と村の関係や、大名の統治機構そのものが大きく変わっていったことが、順を追って具体的な例をあげながら説明されていく。


 このような観点で説かれた本は初めて。かなり目から鱗という内容だった。ただ頁数があまり多く無い一般向けの新書に、多くの話を盛り込んだ分やや無理がみられると思う。

 ひとつは、章のタイトルのひとつに「飢饉と戦争の時代」というのがあるように、本書の読後感として戦国時代は悲惨な時代だったという印象が強い。戦争ばかりしていたわけではないと戦国時代観の見直しが言われることもあり、やや極端ではないかという疑問が残る。

 もう一点として、近江や紀伊などの例も引かれているが、それでも後北条氏に関わるものが中心になっている。それを戦国時代一般論として語っているのか部分的な例として語っているのかの違いが不明瞭でになっている。散漫という感があり、短絡すれば誤解の元と思うがどうだろうか。

 とはいえ、従来の戦国時代観にたいする批判を含むなど面白い内容盛り沢山で、違った視点から戦国時代を見直すという点で面白い一冊だと思う。

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