« 2006年の御礼 | トップページ | 青海チベット鉄道 »

2007年1月 1日

(書評)百姓から見た戦国大名

ちくま新書 618
百姓から見た戦国大名
黒田基樹 著
ISBN4-480-06313-7
筑摩書房 2006.9


 半年ほど前に読んだ著者の戦国 北条一族(新人物往来社)は、一般向けでありながら情報満載で新人物往来社の一族シリーズの中でも良著だった。本書でも氏の文献研究の成果や他の研究者の成果も引きながら、『戦国 北条一族』とは異なる視点から、また後北条氏だけではなくより広範な戦国大名をも対象として戦国時代の解説を目指したもの。

 導入として、北条氏康の隠居による氏政への代替わりについて触れ、飢饉や災害などの社会の不安定要因をその理由として上げている。天道思想あるいは徳治主義などによるということ。他にも武田信虎から晴信(信玄)、早雲から北条氏綱などを類例としている。戦国武将の隠居をこういう観点から捉えるものは初めて読んだ。単純にそれだけが理由ではないにしろ、そういう背景もあり得るかもしれないと捉えておく。

 本論は、戦国時代では飢饉が日常のことであって、戦争はその解決手段だったという話から始まる。上杉謙信の関東遠征も食糧調達が理由の一つだったという。それを前提として、戦国時代には自然発生ではなく、自立性の高い政治的な纏まりとしての村が形成されていたという。

 戦国の初めにそのような村どうしの争いは、争いそのものを中心として解決されていた。しかし秀吉、家康による全国統一が進む中で、そのような争いそのものが禁止されるようになる。その過程で大名と村の関係や、大名の統治機構そのものが大きく変わっていったことが、順を追って具体的な例をあげながら説明されていく。


 このような観点で説かれた本は初めて。かなり目から鱗という内容だった。ただ頁数があまり多く無い一般向けの新書に、多くの話を盛り込んだ分やや無理がみられると思う。

 ひとつは、章のタイトルのひとつに「飢饉と戦争の時代」というのがあるように、本書の読後感として戦国時代は悲惨な時代だったという印象が強い。戦争ばかりしていたわけではないと戦国時代観の見直しが言われることもあり、やや極端ではないかという疑問が残る。

 もう一点として、近江や紀伊などの例も引かれているが、それでも後北条氏に関わるものが中心になっている。それを戦国時代一般論として語っているのか部分的な例として語っているのかの違いが不明瞭でになっている。散漫という感があり、短絡すれば誤解の元と思うがどうだろうか。

 とはいえ、従来の戦国時代観にたいする批判を含むなど面白い内容盛り沢山で、違った視点から戦国時代を見直すという点で面白い一冊だと思う。

|

« 2006年の御礼 | トップページ | 青海チベット鉄道 »

日本史」カテゴリの記事

書評」カテゴリの記事

コメント

あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

> 戦国時代では飢饉が日常のことであって、戦争はその解決手段だったという話

むむ?
このあたりどうなのか知らないのですが、むとさんと同じように疑問を感じます。
飢饉が日常的だったのか、飢饉が起きた原因がなんなのか・・・?

投稿: 蒸しぱん | 2007年1月 1日 20時58分

蒸しぱんさん、
今年もなにかとお世話になります。

>飢饉が日常的だったのか、飢饉が起きた原因がなんなのか・・・?

原因としては、気象異常が結構あり戦争が拍車をかけているという内容です。
日常とは書いているけれど、意味合いとして、常になのか、しょっちゅうなのか、今と比べれば頻繁なのか今一つはっきりしない、書き方の問題なのかなという気もしてますが・・・

投稿: 武藤 臼 | 2007年1月 2日 02時08分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/162739/13288239

この記事へのトラックバック一覧です: (書評)百姓から見た戦国大名:

« 2006年の御礼 | トップページ | 青海チベット鉄道 »