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2007年2月 1日

1990年中国紀行 <大成至聖文宣王墓>


 2月の写真は、山東省の曲阜にある孔子の墓。孔子ゆかりの街曲阜の北郊には、孔子一族の墓が集まる孔林があり、孔子の墓もその中にある。墓碑には「大成至聖文宣王」と刻まれているが、これはモンゴル帝国時代、フビライの曾孫、武宗皇帝ハイシャンによって1307年に追諡されたもの。


 こちらは、孔林から孔子の弟子顔回を祀る顔廟へと向かう途中のひとコマ。収穫期を迎えて、道路脇には収穫されたばかりの作物が積み上げられ、また道に広げられて通る人によって脱穀された。北京と上海を結ぶ鉄道から外れた曲阜は、自分が訪れた当時は田舎然とした長閑な街だった。高速道路が通った今、街はどれだけ変化しただろうか。

  →Google Map 曲阜周辺

 あいにくと曲阜周辺はまだ解像度が低い。中央に曲阜の街があり、街の北に見える濃い緑が孔林と思われる。

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