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2007年2月20日

(書評)タタールのくびき

タタールのくびき
ロシア史におけるモンゴル支配の研究
栗生沢猛夫 著
ISBN978-4-13-026130-2,
東京大学出版会 2007.1

 モンゴルに興味を持ったかなり早い頃からジョチ=ウルス(キプチャク=ハン国)についてより深く書かれたモノが読みたいと思っていた。本書はそんな期待に応えてくれた貴重な一冊。

 本書は、ロシア語文献の研究をベースにした、モンゴル支配が始まった頃、13世紀中頃から後半にかけてのルーシ(ロシア)の歴史について論文集。著者によれば、本書は1994年以降に書かれた6編の論文を大幅に加筆再構成したものとのこと。以下のとおり3部7章よりなる。

 第1部 ロシアにおけるモンゴル支配の成立
  第1章 モンゴル支配の開始
  第2章 モンゴル支配の構造
 第2部 サレクサンドル・ネフスキーとモンゴルのロシア支配
  第3章 アレクサンドル・ネフスキー研究の歴史
  第4章 年代記に現れたアレクサンドル・ネフスキー
  第5章 『アレクサンドル・ネフスキー伝』
  第6章 史的アレクサンドル・ネフスキー
 第3部 ロシアとモンゴル
  第7章 ロシア史におけるモンゴル支配の意味

 この構成からも分かるとおり、アレクサンドル・ネフスキーとモンゴルとの関係の研究が中心で、本文380頁の内第2部250頁余を占め、さらに第3章が100頁余で本書の核となっている。第3章はタイトルのとおり研究史であって、古今の研究者10名が上げられている。第4章で年代記から、 第5章では伝記から彼に迫ろうというもので、丹念な資料批判を展開している。

 その結果として第6章に著者が作り上げた7頁ほどの年表が書かれているのだが、やや読み物的に本書を読む側にとってはそこまでに至る過程が面白い。第3章、第4章については、それぞれの時代、立場にある人々がモンゴル支配と向き合ったアレクサンドル・ネフスキーをどう捉えていたかという話で、第5章は彼の伝説がどのように作られていったのかと読み替えることができる。


 自分的には第1部がなによりも読みたかった部分。ロシア部分に限定したモンゴル関係史で80頁に亘る内容は、自分にとって初めての情報でとても勉強になった。モンゴルのロシア支配におけるバスカク制の役割や、ノブゴロド公国の位置などとくに興味深い。

 第7章は本書の纏めといったものではなく、モンゴルによる支配がどう評価されてきたかというもの。研究史と著者の評価が述べられているが、簡略な内容になっている。


 本書は解説書や入門書ではなく重厚な研究書。自分にとっては以前から興味があったテーマとはいえ、ほとんど初めて踏み込んだ世界でとても面白い内容だった。ロシア語文献ベースという点で少し慣れない部分もあったものの、著者の文章自体はさほど難解ではない。第2部では研究者や原書それぞれについて、アレクサンドル・ネフスキーの同じ話を繰り返し取り上げる形になる。冗長といえば冗長なのだが、それぞれの違いや変遷を面白く読むことができる。細かい部分で難を言えば、本書の性格上引用や要約多数あってどこまでが引用でどこからが著者の言葉なのか分かり辛い部分が散見する。読み返せば十分に理解できるのだが。

 本書は、ほとんど類書の無い貴重な情報を纏めた興味深い一冊である。かなりの重厚な内容にもかわらず、ジョチ=ウルスの歴史にあってはまだ極一部にすぎない。同時代の情報には大変飢えているので、著者から今後さらに発信されることを期待して止まない。

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コメント

これのモンゴル側からの研究があれば読んでみたいですよね〜

投稿: 馬頭 | 2007年2月21日 04時49分

まったくそう思います(^^)
バトゥとかベルケとかウズベクとか
あるいはノガイとか書いてあったら
多少インチキ臭くても買います!(笑

投稿: 武藤 臼 | 2007年2月21日 23時28分

よ、ようやく周回遅れで(2回くらい追い越されてる気も)読み終わりそう。
モンゴルの法制度(徴税制度?)みたいなの全然知らないから、難しかったよ~。
例えば、タニマチ???さすがお相撲さんの国???ずっと何のこっちゃと思ってた(たぶん探馬赤だよな)。
感想文書くべきかどうか迷ってるところです。(もう一回ぐらい読まないと書けないような気もするので腰が引けてる)

投稿: 雪豹 | 2007年4月19日 23時03分

あ、大丈夫です、もう忘れてますから(^^;
というか、法制史は守備範囲外なんで、細かい部分はスルーしてます(^^;

探馬赤って・・・村上正二氏の「モンゴル帝国史研究」で投下の絡みで出てますが、同じものなのかな(^^;
tamaci、タマチですか・・・

あーー、その気になったら書きましょう(笑

投稿: 武藤 臼 | 2007年4月20日 00時11分

変化球ですが、映画「アレクサンドル・ネフスキー」にモンゴルが派遣した中国の役人みたいな人(数算える人?)が出てたので、トラックバックしてみました(笑)。

投稿: 雪豹 | 2007年4月24日 23時27分

あいかわらず不調で書き込みができません。
一月以内には真っ当になる予定なので御勘弁を(^-^;

なのでこっちにレスを_(_^_)_

>それにしても、“татарское иго”を「モンゴルの羈縻支配」でなく「タタールのくびき」と最初に訳したのはどこのどいつだ? 小一時間問いつめたい(笑)。

とりあえずここ数日の成果で、記号ではなくて文字に見えるようになってきました(爆
でも、辞書がないんで「иго」の意味が分かりません・・・
игоを日本語でググルともう4番目に出てますね。しかし、文字化けの嵐以外は「татарское иго」しか出てきませんねえ。

投稿: 武藤 臼 | 2007年4月25日 02時35分

>記号ではなくて文字に

即効性があるとは素晴らしい(笑)。

>くびき

いや、意味は正しいんですが、羈縻だって似たようなものだし、中国の歴史で既に使っているのにどうしてかなー、と。だって字面の印象って大切じゃないですか~。
あ、でも「タタールのくびき」で使われてるから悪い印象なのかも。そういえば実際くびきなんて日常生活で使わないから良い悪いのイメージってあるわけなかったぁ…。

投稿: 雪豹 | 2007年4月25日 22時27分

>即効性があるとは素晴らしい(笑)。

少なくともグラゴ−ル文字よりは文字に見えます(^^;

>軛と羈縻

たしかに似たようなものですね。100%音からくるイメージでいうと、ヒクという音が混じるマイナスなイメージ(例えば友引とか)と、キビという何かぴんと来ない音の違いというのはあるかも。今だに自分なんぞはとっさに黍団子をイメージしてしまうし(笑

>悪いのイメージ
どちらかというと、ロシア関係でモンゴルのことを言っているのに、いまだにモンゴルと書いて問題ないとこまでタタールと書かれていることの方が不満。

投稿: 武藤 臼 | 2007年4月25日 22時52分

>くびき
くびり殺されそうなくらいグッと締め付けられるイメージ???

>羈縻
李世民が桃太郎の格好で黍団子(←毒まんじゅう)をくれる図ですね。

モンゴルとタタルの違いって、たぶん、ロシアの世間一般ではあんまり理解されていないんじゃないかなぁ、と想像するんですけど。それをそのまま日本語に訳しちゃうと、混乱の度合いが増す、ということで…。

投稿: 雪豹 | 2007年4月26日 22時36分

>李世民が桃太郎の格好で黍団子(←毒まんじゅう)をくれる図ですね。
なんか、かなり笑えるんですけど(^-^;

>それをそのまま日本語に訳しちゃうと、混乱の度合いが増す、ということで…。
そうおもいますね。注釈は最低でも必須と思います。

投稿: 武藤 臼 | 2007年4月27日 01時18分

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