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2007年2月10日

独立記念日

 かつて国連の難民高等弁務官カブール事務所の所長だった山本芳幸氏の著書、カブール・ノート(幻冬舎文庫)の中にこんな一文がある。

 私が日本人だと分かると必ずと言っていいほどアフガン人が持ち出す話がある。アフガニスタンと日本は同じ年に独立したという話しだ。(217頁)
私にはこの話が良く分からなかった。アフガニスタンが第二次世界大戦中にイギリスやソ連に占領されていたとは聞いたことが無かったからだ。

 そう考えて「日本の独立した年」という言葉にぶつかった。戦後日本のアメリカ占領からの再出発点について、多くの人が記憶しているのはサンフランシスコ講和会議だろうか。これが1951年。自分が持っている歴史年表を見てもそこに日本の独立という文字はない。調べてみると、講和条約が発効した翌1952年4月こそが日本の独立点だという。しかし自分が持っている年表には、そのことに全く触れていない。

 吉川弘文館の標準世界史年表(1994年発行の第31版)には、

 1951年8月、サンフランシスコ対日講和条約・日米安全保障条約調印
 1952年4月、日華平和条約
とあるだけ。ちなみに、同時期のドイツ、オーストリーについて見てみると、
 (西ドイツ)
 1949年9月、ドイツ連邦共和国成立
 1955年5月、主権回復
 (東ドイツ)
 1949年10月、ドイツ民主共和国成立
 1955年1月、ソ連、対独戦争状態終結宣言
 (オーストリー)
 1955年5月、オーストリア国家条約
 同7月、完全独立
となり、独立の文字があるのはオーストリーだけ。どうも近代史に弱いので、ここらへんの細かい点がピンとこない。オーストリーの完全独立とはなんだろうか。なぜ、日本やドイツでは独立という言葉がでてこないのか。

 「戦後のアメリカによる占領というのは植民地的な他国による領有とは別で、主権が日本人に無くても日本という国は無くなった訳では無い。」という扱いなのだろうか。自分の中でも、「占領されてはいたが日本という国は一貫して存在していた。」という曖昧な前提がなんとなく存在している。この感覚は、こういった年表に書かれている言葉とたぶん無関係では無い。

 ちなみに、最初に触れたアフガン人が言うところの独立した年とは、同書によれば

 アフガニスタンはイギリスと三度戦い、1919年、イギリスから実質的な独立を勝ち取った。同じ年、日本は日英同盟を解消した。アフガン人はそれを日本の独立と考えた。(224頁)
とのこと。日英同盟廃棄をアフガニスタンの独立と同等に評価しているのはとても興味深い。なお、細かいことなのだが、上記年表には
 1921年12月、日英同盟廃棄
とある。

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