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2007年3月 5日

(書評)高句麗史と東アジア

高句麗史と東アジア
武田幸男 著
ISBN4-00-000817-X
岩波書店 1989.6

 目次はこちらを参照

 やっと読了した。400頁を越える本書はまるまる高句麗史の、しかもその一部を濃密に論考したもの。私にとって高句麗史もののこういう本が読みたかったという一冊だが、なかなかはかどらず読了まで時間がかかった。

 本書は各種文献資料を基にした高句麗史についての論文集だが、広開土王碑文を検証して、そこから4、5世紀の高句麗の姿を探ることが中心で、序章、終章含めた全15章の内、序章から11章までが広開土王碑文中心の内容となっている。

 いままでこれほど纏まった高句麗史関係のものを読んだことがないので、新しい情報だらけでとてもとても面白かった。その中でも特に興味深い点について、少し感想を書いておく。

 第七章「辛卯年条記事の再吟味」で検証されている問題は、古代日本史にも直接関わってくるもの。これは、「古代日本 謎の4世紀!」といった文脈では必ず取り上げられる部分で、自分が今まで読んだことがある広開土王碑文関係のものもそういうアプローチだった。それらは、碑文の問題となる部分をどう解釈するかを巡って、当時の日本、倭を大きく見るか小さく見るかといったことになる。そこでは、比較的細部にこだわるものが多かったような記憶があるが、本書では碑文全体を見通した検証から、かなり蓋然性が高いと思える結論を導いている。最近は古代日本史の本を読んでいない、というか避けて通っているのだが、最近のその手の本が広開土王碑文をどう評価しているのかという興味は少し湧いて来た。

 一方で、高句麗の北方や西方との関係は、おぼろげにしか現れて来ない。碑文にはあまり書かれておらず、それが碑文が造られた当時の高句麗における認識というのが、第九章「長寿王の東アジア認識」における流れ。それは、碑文以後の高句麗の発展方向に合っているというものの、前の時代に遼河流域進出を果たした高句麗にとって、それがどういうことであったのかは残念ながら語られていない。だからといって価値が低いと短絡できるものではもちろんないのだが。


 本書は論文集であって体系的な概説書ではない分必ずしも読み易い本ではない。ただ、全編に亘って広開土王碑文を中心に丁寧な文献検証をおこなっていて、広開土王の時代という高句麗の発展期における実態に迫る上で重要な論考を多く含んでいる。歴史を趣味とする人であっても、高句麗について一歩深く知りたいという向きには、多少苦労してでも読む価値のある一書と考える。


<追記>
 既に本を返却してたので記憶で書くことになる。高句麗の官位制について触れた第一三章の中で、三国志の魏志東夷伝に書かれている夫余の牛加、高句麗の相加の「加」の字について、後にモンゴル皇帝などの称号となる「カーン」に通じる旨を書かれていた。とくに論拠を示されていたわけではないが、夫余の西には、今のところ最も古い「カーン」号の記録が残るという鮮卑があるわけで、大変興味深い話だ。

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