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2007年3月 4日

今城塚古墳

天皇陵に巨大石組み 大規模石室を支える? 高度な土木技術を駆使(西日本新聞)

 今日は5月並の陽気だったとか。洗濯日和ではあったが、昨日の内に雑用を全部済ませて出掛ければよかったなと思う。継体天皇の陵墓ではないかといわれている今城塚古墳の現地説明会が、今日行われていた。幸いなことに、以下のブログで奇麗な写真で説明会の様子を見ることができる。

 散歩と旅のひとりごと


 ところで、大阪府と奈良県には併せて40基ほどの天皇陵クラスの大型前方後円墳がある。しかし、恐らく一般にはあまり知られていないことと思うが、この中で歴史・考古学的に誰の陵墓であるのかがはっきいりしているものは一つもない。宮内庁により指定はされているが、それに対する明確な裏付けはない。

 これは、一つには墓に誰が葬られているかを記した、墓誌や墓碑といったものが発見されていないから。現在の宮内庁による指定は、陵墓が造られてから時代を経て書かれた曖昧な文献資料を元に推定したもの。古墳時代の陵墓から墓碑が出てくる可能性は低いと思われ、その意味では被葬者が推定されることはあっても、確定されることは永久にないのかもしれない。しかし、その推定の確度を高くすることはできる。

 その唯一の事例が今城塚古墳。この古墳でも、継体天皇を直接示すものが出てきているのではなく、ここ10年来の調査の結果によってかなり有力になってきたという。

 なぜ今城塚古墳が唯一なのかというと、天皇陵の可能性のある大型前方後円墳の中で、ただこの古墳だけが宮内庁から指定されず、その所管にないからで、宮内庁が管理していないからこそまともに発掘調査が行えている。現在宮内庁は、別の古墳を継体天皇の陵墓に指定している。

 今のまま調査を続けて欲しいという意味で、今城塚古墳が今後とも宮内庁の所管にならない方が良いと考えている。しかし、現状のまま何も変わらなければ、今城塚古墳以外は永久に被葬者不明のままで残ることになる。


<参考資料>
歴史検証 天皇陵(新人物往来社)
巨大古墳(講談社学術文庫)
古墳とヤマト政権(文春新書)

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コメント

ブログご覧いただき有難うございました。
リンクしていただき光栄です。
古代はまだ未知の部分が多く興味がありますね。

投稿: オーさん | 2007年3月 5日 21時46分

昔見に行きました>今城塚古墳。
のんびりしたところでしたが、人気が出て立ち入りできないなんて
ことになると寂しいので近いうちにまた見に行こうかなと。

投稿: 蒸しぱん | 2007年3月 5日 22時50分

オーさんこんばんわ
奇麗な写真でとても参考になります。
ほんと、見に行けば良かったです。
この時代のこととかも結構好きなんですよね。
関西に越して来たころは、古墳巡りをかなりしてました。


蒸しぱんさんども
多分、部分的にはともかく、全体が立ち入り禁止になることは、しばらくはないだろうと思いますがどうでしょ。
近々高槻方面へ遠征・・・って毎日通勤で通ってますが・・・しようと思ってまして、その帰りに寄ることを計画中です。
今の発掘成果が見られる内に、是非上洛されてください(^^)

投稿: 武藤 臼 | 2007年3月 6日 00時35分

緊急アピール!今城塚古墳、むちゃくちゃな行政手法で工事が強行されています。内堤なんか見るも無残です。「偏愛高槻市」を検索してみて下さい。住民目線から見た現状の真実が語られています。

投稿: 今城塚が大変 | 2009年8月10日 00時57分

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最近、話題になっている今城塚古墳です。想像を絶する時間を越えて、今ここに存在すること自体に敬意を表したくなる厳粛な気持ちになります。 もう少し綺麗に管理がされていたら・・・と残念な想いも少しありますが・・・。いま工事をやっているようです。撮 影 日 2006年4月撮影... [続きを読む]

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