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2007年4月16日

新シルクロード 第1集

 新シルクロードシリーズの続編が始まった。第1集のタイトルは「炎と十字架」、南コーカサスの話だった。

 はっきり言って予想以上にできが悪い。タイトルからソ連崩壊後の紛争を扱うのかもしれないとは思ったが、ほぼそれだけというのはどうだろう。導入部分でナレーションは次のように告げている。

 交通の要衝として異民族の侵略に曝され続けてきました
 今も戦火は止まず、民族紛争によって100万人の人々が難民となっています

 この紛争の奥には、ノアの箱舟漂着の地に起きた悲劇の歴史がありました
 紛争の炎が消えぬシルクロードの十字路を旅します
 この地域が外部勢力の支配を受けたというのは事実なのだが、人々の多くが被支配者だった20世紀以前において、それは世界的に普遍的なことだった。またこの地域の紛争に民族の対立という要素があるのも恐らく事実なのだが、その背景にある政治経済問題はかなり複雑で、中でも良くも悪くもキーであり続けたロシア抜きで、単純に民族紛争というのには違和感がある。タイトルの十字架、ナレーションのノアの箱舟は、本編ではアルメニアのキリスト教徒を象徴していると取れるのだが、イスラム教徒も多数住んでいるこの地域であることを考えると、バランスを欠いていると思う。

 振り返っってみて、今日のこの話がなぜシルクロードのタイトルで語られているのかが全く理解できない。ソ連崩壊の後、南北コーカサスや、中央アジアで戦火があったのは事実なわけで、南コーカサス以上の悲劇が今も続いている地域すらあるわけだ。「旧ソ連地域の今」みたいなタイトルで、紀行ものまがいの作りではなく、社会政治問題のシリーズとして扱えば立派な大作ができると思うが。

 本編の中ほどでも、

恵みとともに争いをもたらしたシルクロード
というアナウンスがあるが、シルクロードと象徴的に扱われているに過ぎない交易ルートの通称に「恵み」と「争い」を託している意図が理解できない。結局、新シルクロードシリーズ前編の中国でも繰り返された、「中途半端に社会問題を掘り下げ」た紀行ものという捕らえ所のないスタイルは、今シリーズにも踏襲されるということなのだろうか。

 細かい点を挙げれば、さらに突っ込み所は満載。間違とまでは言えなくても適切とは言い難い言い回しも多い。このシリーズは今後、第2集が5月、第3集と4集が6月、第5〜7集が9〜11月という変則的なスケジュールで放映される。第1回がこれか・・・とかなり憂鬱なのだが、それでもシルクロードという言葉に対する思い入れから、今後も見ていく予定でいる。

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コメント

やはりそう思われましたか。
あれにはほんと、がっかりしました・・・・
やるなら別のシリーズでやりなさいよと。

投稿: 蒸しぱん | 2007年4月17日 00時53分

シルクロードの題字を降ろして
ナレーションを全編入れ替えるとだいぶ変わるかなとか思ったりしますが。
旧ソ連圏をいく・・・といった方向のシリーズで、中央アジアとか、シベリア、北コーカサスとか話題は豊富ですよね。沿ドニエストルとか混迷したままみたいだし。

ところで、オープニングでユーラシアの型を背景に光の線が流れる所があります。それがシルクロードを表わしているような流れなわけで、恐らくは放送の内容に沿った形なんだろうけど。コーカサスから南下してペルシャ湾を横断、アラビア半島を半周するというルートにどんな意味があるんだか・・・

投稿: 武藤 臼 | 2007年4月18日 00時24分

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