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2007年4月30日

当面の目標

 高すぎる目標を決めてなかなか進まないのが今のHPの現状なのだが、性懲りも無くさらに新しいことに挑戦してみる。

 雪豹さんの突厥が好きっっっ!『資治通鑑』邦訳計画解體晉書などの感化を受けて、宋史の和訳に手をつけた。いつまでかかるかというか気長にのんびり進めるつもりだが、あまりのんびりやっていると自動翻訳されてしまったりするだろうか。

 宋史夏国伝の一部のテキスト化が終わっただけなので、HPにはまだリンクを付けていないが現状はこんなところ。
 →正史西夏伝

 3代目の皇帝秉常から始めたのは、HPの皇帝列伝の進捗にあわせたもの。正史西夏伝というタイトルは、隋書から金史までに載っている、西夏とタングート関係の伝を対象にするというこれまた恐ろしく高い目標から。


 一般的な利用価値はほとんど無いのかもしれないが、いちおう但し書きを。
著作権は特に問わないので、もし入り用な方がおられたら適宜コピペしてください。原文の誤転写は少ないと思いますが、和訳は我流でそれなりにというレベルです。第二水準に含まれない漢字の画像は16pt×16ptで自作しています。不格好なものもありますがこちらも流用自由です。ご意見、ご指摘など頂ければ幸いです。

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2007年4月29日

(書評)羊皮紙に眠る文字たち

羊皮紙に眠る文字たち
スラヴ言語文化入門
黒田龍之助 著
ISBN978-4-7684-6743-5
現代書館 1998.12

 本書は、ロシア語を中心にスラヴ諸語について、文字と言葉、その歴史も踏まえて解説したもの。言葉や文字の説明に特化せずにその背景の話を取り混ぜ、サブタイトルのように言語を巡る文化についての本といった内容になっている。

 現在使われている言葉や文字について、ロシア語での文字の音価やスラヴ諸語それぞれで使われている文字の違いについてのほか、人の名前の中の「父称」についての話を含む第一章「スラヴ語学入門」。近代以前の言葉や文字の変遷についての第二章「中世スラヴ語世界への旅」。キリル文字、グラゴール文字の歴史的な話、アラビア文字が使われた話を含む第三章「文字をめぐる物語」。著者の体験をもとにスラヴ諸語の話をエッセイ風にまとめた第四章「現代のスラヴ諸語」よりなる。

 あとがきにも書かれているが、この本で何かを学ぶというよりは、これを切っ掛けにスラヴ諸語の世界に興味を持ってもらえれば良いというもの。説明的で体系的に書かれた文語調のものではなく、また専門的内容を全て省いてしまっているわけでもない。様々なエッセンスを交えながら行った市民講座をそのまま書き起こしたような雰囲気がある。部分的に纏まりの無さがあり、入門者には難しい部分やもう少し踏み込んで欲しいと思う部分があったりするが、それも入門書として刺激的な部分ということもできると思う。

 著者は、ロシア語を中心に広くスラヴ諸語全般を研究対象とし、ロシア語、ウクライナ語、ベラルーシ語についての専門書を著している。スラヴ諸語を学ぶために東欧諸国を飛び回った話を綴った第四章はとくに興味深い。ひとつの言葉が話せれば他の言葉もおおよそ察しがつくことがあるといった話は、類縁語といえば琉球語しかない日本人にとっては、なかなか実感し難いだけに興味深い話と思う。

 当面スラヴ諸語やキリル文字を使う予定があるわけではないが、文字や言葉には興味があるので読み物として十分に面白い一冊だった。ロシア語で33もあるアルファベットの音価が、なかなか頭に残らないのは年のせいかもしれない。それでも記号ではなくて文字に見えるようになってきたのはこの本を読んだ成果と思う。

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2007年4月28日

4月28日の買物

My Rule
DIMENSION
ZACL-9012
ZAIN RECORDS 2007.4

 待望、1年半ぶりのDIMENSIONのニューアルバム。DIMENSIONは、良く聴くジャズフュージョン系のバンド。勝田一樹のサックスと増崎孝司のギターの掛合いが耳に残るバンドなのだが、小野塚晃のピアノが一番気に入っている。来月には大阪でライブがある。1年半ぶりの彼らのライブが今から楽しみ。


  →DIMENSION公式HP

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2007年4月27日

チェーザレ 3巻

モーニングKCDX
チェーザレ 破壊の創造者 3
惣領冬実 著
ISBN978-4-06-372287-1
講談社 2007.4

 15世紀末の北イタリアを舞台にチェーザレ・ボルジアを主人公とした漫画の3冊目。大河作品の様相で話はあまり進展しないが、少し政治的な話が増えてきた。漫画ながら13ページに亘って参考文献、用語解説や舞台であるピサの紹介を収録している。少しずつ時代背景が見えてきた気がする。

 その解説にピサの風景を復元するに当っての考え方が紹介されている。歴史小説、マンガ一般についていつも思うのだが、どのくら資料をひっくり返せば作品になるのだろうか。李元昊を主役にした小説とか書いてみたいとか思ったりはするが・・・まあ無理だけど(笑)

 発売はこの月曜日だったが、仕事帰りに寄る本屋の新刊コーナーに置いてなかったので買うのが遅くなった。その本屋ではこの著者の作品は、奥の少女マンガコーナーに置いてある。ことこの作品については、一般マンガのコーナーに置くべきと思うのだが、そういえば紀伊国屋梅田店では随分と大々的に並べていたな。

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2007年4月26日

長崎市長選雑感

田上さん「市民力」で市課長からトップに 長崎市長選(長崎新聞)

 前市長の急逝に伴う超短期決戦で、前市長娘婿氏が市役所元課長氏に僅差で破れたという前例のなさそうな選挙となった。前市長が射殺されたといこと自体が異常であって、やむを得ないということもある。

 経過や結果を論じたものをネットで読んでみると、「世襲を阻止した良識」という主旨ののものをいくつか見かけた。自分も、娘婿氏立候補を聞いたときに直感的に縁者による利権維持を想像した。しかし圧勝を予想されていた前市長が急逝した以上、替りは必要だったわけで、その一案として近縁というのは有りと思う。強いて言えば、秘書とか腹心とかもう少し政治色の出る人がいなかったのかとは思う。

 一方で、世襲阻止を訴えたともいう元課長氏の場合。自分的には、世襲と同じ位に役人上がりに違和感がある。一般論として、財政などの厳しい問題を抱える現状では、必要以上に緊張感のある行政が要請されていると考える。役人上がりで馴れ合いを排除して緊張感を作れるのか。当然のこととして、どちらの場合でも出自と彼ら個人の能力の善し悪しは全く別問題だが。


射殺の伊藤前市長に投票? 長崎市長選、無効票1万4千票(産経新聞)

 この選挙には、もうひとつ普通にはあり得ない無効票の問題が残った。田上氏と横尾氏の得票差は1000票もなかった。再選挙をすれば横尾氏が当選する可能性は十分にある。全く小説的な話だが、圧勝しそうな対立候補を投票日直前に暗殺して選挙をひっくり返すということは、現行制度上で可能ということでもある。早急に選挙制度を変えるべきだと謳いたいわけでは、必ずしもないのだが。可能性としてはゼロでもない。

 選挙の経過という点でいうと、最初は「弔い」という言葉は重く、元総理大臣の例も考えれば娘婿氏大勝かとも思ったが、そんな単純なものではなかった。トータルとして、冷静かつ慎重に投票が行われた結果なのかもしれない。その意味で「世襲はNO」という評価も短絡的と思う。

 市長の出自如何を問わず結果が求められる厳しい現実がある。アイディアマンと言われる田上氏は、元同僚に対して緊張感を持って臨めるだろうか。

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2007年4月25日

単于と可汗

 新潟大学の關尾史郎氏が、自身のブログに寄稿されている一文がとても興味深いので書き留めておく。

 「五胡」・北魏前期史への視点(關尾史郎のブログ)

 要旨のひとつは、おもいきって端折ると「五胡十六国の混乱の中から勃興した鮮卑族の北魏では、他の国々で多用されて価値の下がった単于号を意図的に避けて、新しい君主の号として可汗を採用した」というもの。こういう論旨のものは初めて読んだので新鮮でとても興味を惹かれる。

 可汗の号は、後に突厥やモンゴルによってアジア各地に広まっていったが、その起点が北魏ということなのだ。森安孝夫氏が「シルクロードと唐帝国」(講談社)の中で唐を拓跋国家と強調されていたように、大唐帝国の源となった北魏、鮮卑拓跋部、そしてその時代としての五胡十六国時代や南北朝時代はもっと注目されて良いのだろう。朝鮮を巡る外交合戦とか天王という称号とか日本にとっても重要な時代だった。

 中国歴代の中でも五胡十六国の時代は興味のある範囲だが、一般書があまりないことから今までそれほど深入りしてこなかった。機会があればもう少しハマってみるのも面白いと思うが、やっぱり一日30時間は欲しいかな(笑)

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2007年4月23日

(書評)新書アフリカ史

講談社現代新書 1366
新書アフリカ史
宮本正興・松田素二 編
ISBN978-4-06-149366-7
講談社 1997.7

 本書はサハラ以南のアフリカを扱った通史で、新書ながら参考文献を含めて600ページ、厚さ2cmを超える大著だ。前史として人類発祥から始まり、ヨーロッパ襲来の時代を経て現代から未来展望までと、時代的にほぼ全てをカバーしている。

 また、厚いだけでなく時代的、地理的に広い範囲を扱っているので、章や節を単位に16人の著者が執筆を分担している。著者は、史学系のほか社会学、人類学、民族学、政治学など多彩な分野から招集されている。重複や表現の違いということはあるものの、それほど気にならなかった。

 本書の一番の特徴は、植民地時代以前の歴史に多くのページを割いていることだろう。2部と3部で200ページを超える。高校世界史レベルで、ポルトガル進出以前は真っ白な歴史地図しか知らない自分には膨大な情報だ。文献資料が決定的に不足している領域だけに、社会史的な部分や考古学、民俗学の成果などを盛り込んだ工夫の程が伺える。


 あくまでも一般向けの新書であって、先行研究の紹介や文献引用はなく元ネタは知れないことにはなる。それでもこれだけの厚さであり必要があれば参考文献に当るということで承知しておきたい。バンツー系の人々の拡散、サハラ交易、ムスリム商人の東アフリカ進出など断片的な情報は知っているが、誰がそれを担い、どう繋がっていたのかという点だけとっても、興味津々。とくに第4章「ザンベジ・リンポポ川世界」はグレートジンバブエと直接関わり面白い一章だった。

 第2、3部にページを割いた分、それ以降の時代が相対的に割りを食うことになる。それでもポルトガル登場から奴隷交易、オランダ人の移住、植民地化と抵抗などの部分は、各地域毎に分りやすく纏められている。サハラ南部に植民地化に抗する形で成立したイスラム系の国家群というあたりは、知らないことばかりで興味深い。

 植民地が確立してから20世紀末までの部分は、ダイジェスト版という内容になるのは仕方がない。そこで取り上げられている国や地域、人物、話題は要点を押さえているように見受けられるがどうだろうか。

 類書を全く読んでいないので比較検討はできないし、また細部についての検証もできない。しかしその前提であっても、扱う時代と地域の広さに加えて近現代史に片寄らない内容で、アフリカ史の奥行を学ぶことができたと思う。一般向けアフリカ通史としてバランスの取れた一冊と評価したいがどうだろうか。


 以下に目次を書き出しておく

はじめに---アフリカから学ぶ
第1部 アフリカと歴史
 第1章 アフリカ史の舞台
 第2章 アフリカ文明の曙
第2部 川世界の歴史形成
 第3章 ザイール川世界
 第4章 ザンベジ・リンポポ川世界
 第5章 ニジェール川世界
 第6章 ナイル川世界
第3部 外世界交渉のダイナミズム
 第7章 トランス・サハラ交渉史
 第8章 インド洋交渉史
 第9章 大西洋交渉史
第4部 ヨーロッパ近代とアフリカ
 第10章 ヨーロッパの来襲
 第11章 植民地支配の方程式
 第12章 南アフリカの経験
第5部 抵抗と独立
 第13章 アフリカ人の主体性と抵抗
 第14章 パン・アフリカニズムとナショナリズム
 第15章 独立の光と影
第6部 現代史を生きる
 第16章 アフリカの苦悩
 第17章 二一世紀のアフリカ

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2007年4月22日

4月22日の買物

EARTHEORY
塩谷哲
VICJ-61444
ビクターエンタテインメント 2007.4

 久しぶりに音楽の話。塩谷哲は、ジャズフュージョン系で好きなピアニストのひとり。一年振りのアルバムは、ドラマーとベーシストを迎えてのトリオ。ピアノの音が激しく流れる塩谷らしい作品。

 自分の場合、ジャズが好きというよりは塩谷が好きというように、ジャンルよりもアーティスト第一。手広く聴いてるわけではないので、傾向の似たアーティストを意外に知らなかったりする。歌うアーティストのアルバムもよく聴いているが、ブログの文章を考えているときはやっぱりインストラメンタルに限る。

 ここ半年、時間にも縁にも恵まれずライブにはとんと御無沙汰。来月は、塩谷哲のライブが聴けるのでかなり楽しみ。

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2007年4月21日

如意岳城と中尾城

 今日登った山城は京都市街、銀閣寺の背後に聳える大文字山にある。先日買った「戦国 三好一族(洋泉社)」に登場するのが今日登った如意岳城と中尾城。本書によると、室町時代末期、都を追われた足利義晴が三好氏相手に近江側から京都奪還を目指して築かせたのが中尾城で、義晴の息子義輝が同様に拠点としたのが如意岳城とのこと。


 まずは哲学の道を歩いて銀閣寺の門前に出てから大文字山を目指した。大文字山へ向かう道の途中に、五山の送り火のひとつ、大の文字の火床が並ぶ場所がある。ここは京都市街を見下ろす展望スポットで、麓からの標高差230mほど。急な階段が続き30分ほどかかる。


 写真はそこからの眺め。市街のほぼ全体が望める場所でかなり気分が良い。ここまで登ってくる人は多く、あちこちで弁当を広げていた。


 送り火が焚かれる場所まで登ったのは初めて。実際に火が焚かれる場所は、この写真のようにキャンプの時に使うかまどのような形をしていた。そういえばバーベキューをしているグループがいたな・・・

 大文字山へはここからさらに標高差130mほど登る。ここからはなだらかな尾根道で歩き易く、山頂までは20分とかからなかった。如意岳はさらに東にある山の名前なのだが、如意岳城は大文字山の山頂周辺に広がっている。


 これは山頂の写真。山城としては、尾根を切る堀と掘の手前に盛り上げた土塁が尾根伝いに数カ所残っていて、土塁はさらに尾根の北側にかなり伸びているようで、その土塁に囲まれて削平された郭が広がっている。山頂の北側は、杉林の斜面に沿って下のほうまでひな壇のように何段にも郭が続いている。一段あたりの幅が少し狭いのが気になるのだが、樹齢3、40年ほどと思われる杉林を造成した時の撹乱かあるいは雨による侵食のせいだろうか。

 中尾城は、大文字山から北西にのびる尾根のひとつで、標高280mほどの地図には名前の無い山の上にある。今日は、大文字山から下る途中から細い道に分け入り、尾根伝いにたどり着いた。中尾城の見どころのひとつは、この尾根を断ち切る形で掘られた堀。そこそこ深く山城らしい雰囲気が残る。


 写真は、その中尾城の主郭とみられるところのもの。如意岳城より規模は小さいというが、一時的な城のわりに結構広い。郭はこの主郭を中心に、東と北に広がっていて立派な土塁を持つ郭もある。

 西へ尾根伝いに下り、元の銀閣寺の門前へと下山した。暑くも寒くもない丁度良い陽気。雑木林は若葉の淡い緑が溢れてとても奇麗だ。木々を見て回ると名前を忘れてしまったものが多いので、今度は樹木図鑑を片手に歩こうかとも思う。


<参考>
 中尾城は下記の国土地理院の地図で、「慈照寺(銀閣寺)庭園・旧境内(特)」と書かれているところの「境」の字のすぐ北(上)側、標高280mほどの山にある。現地では中尾城への登り道はなにも案内されていないので、地図を見ながら目標となる山を見定めて登っていくことになる。自分は、谷の入り口左手、朝鮮人学校の東側にある尾根を下りてきた。幾筋も踏み跡が続いているので歩き辛いというほどではないし、尾根筋に取り付けば城まで地形的に一本道なので迷うことは無いと思う。大文字山から尾根伝いに下って行く道は、細いがしっかりした道で途中までは迷わなかったが、中尾城の手前で一度急な坂を下る所の入り口が分かり辛い。


戦国 三好一族(洋泉社)

銀閣寺から大文字山にかけての地図(国土地理院)

古城ひろい

<4/22 追加>
文字だけではイマイチなので地図を張り付けてみました。

この地図は国土地理院発行の2万5千分の1地形図(京都東北部)をもとに作成しています。

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2007年4月20日

デジタル放送とコピーワンス問題

コピーワンス問題,「回数限定で1世代のみコピー可」の方針を確認,焦点はコピーの回数に(日経)

 ニュースの要点は、地上デジタル放送を録画した時、それをさらにコピーすることに制限をかけることについて検討していて、コピーは3回まででどうかということのようだ。1世代というのがどうも分かり辛いが、孫コピーはダメということらしい。


 自分はもともとテレビっ子で、日がな一日テレビをつけたまま見続けるということも珍しくなかった。ただ見ていれば情報が飛び込んでくるテレビは面白くて、今でも何げにつけて気が付けば1時間ボーっと見ていたということもある。今夜もカーペンターズの特集を見た余韻から、久しぶりにベストアルバムを聴いていたりする。

 テレビ小僧ではあったが映画小僧ではないので、テレビで映画を見ることはほとんどないが、スポーツ、音楽、バラエティーも見ればドラマも見る。それでも最近はほとんど見ていない。以前なら見たい番組を見逃すともの凄く悔しかったが、最近は見られないことに馴れてしまった。そもそも見たい番組の多くがBSに移り根本的に見られないが、かといってBSを入れようという欲も無くなってきた。

 家にいる時間があまり無いというのもあるが、テレビ以外の選択肢が増えたというのが一番で、ニュースなどの情報はほとんどインターネットで読むようになった。そして何より大きいのが、こうしてブログやHPを使って自分で情報を発信するようになったこと。たいした文章でなくても意外と時間はかかっている。


 そう考えてみると、このニュースは自分にはありま関係がないものなのだ。7年来使っているVHSビデオの調子がイマイチで、最新の多機能なものを買おうとも思っていたが、最近ではBS同様にあまり必要性を感じていない。先のニュースの中で、検討会は「三つの点でコンセンサスを得た」として以下のように書いている。

 コンテンツへのリスペクト(尊重)
 私的利用については,コンテンツ側も反対していない
 アナログ放送からデジタル放送への移行に向けて,視聴者の理解が大切
 なぜここまで作る側に片寄っているのかと思う。先日のNHKの特集に不満が残るのは、情報が増えた分こちらの要求が高くなったということもあると思う。それだけにソフトとしてより質の高いものを作らないと相対的な地位の低下は今後も続くことになるだろう。

 池田信夫 blogデジタル家電の足を引っ張るデジタル放送は、一面自分にもあてはまるわけなのだが、以下の部分はやっぱりそういうものかと思った。

 アンケート調査で、視聴者がもっとも望んだのは「見たい番組をいつでも見られるようにしてほしい」ということで、「たくさんのチャンネルを見られるようにしてほしい」という答も多かった。「いい画質で見たい」という答は最下位だった。
 質の高いソフトの中には映像技術も含まれているとはいえ、それはその中のごく一部でしかない。

 ドラマを良く見て再編集して保存しているという友人には気の毒な話だと思う。これまた7年来使っている14インチのテレビが壊れるまで、デジタル放送に対応して何かを買う予定はやっぱりない。今の自分には、パソコンやネット環境の向上の方がはるかに切実な問題だから。

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2007年4月19日

4月19日購入書籍

羊皮紙に眠る文字たち
スラヴ言語文化入門
黒田龍之助 著
ISBN978-4-7684-6743-5
現代書館 1998.12

 「ロシアの文字は恐くない!」
 帯の背の部分に書かれたこの挑発的なアオリが目に止まり思わず手に取った。イスラム圏は少し歩いたことがあるのでアラビア文字には馴染みがあるが、キリル文字圏はまだ旅行したことがない。おかげでいまだにキリル文字が文字に見えない・・・。手に取ってみると、ロシアばかりでなくスラブ諸語の歴史を踏まえた入門書らしく、章の構成とかも初心者向きのようなので買ってみる。少しはキリルアレルギーから抜けられるか。

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2007年4月18日

時速200km

在来線で2百キロの高速運転 中国、「はやて」型も運行(東京新聞)

 従来の時速160キロからのスピードアップにより運行時間は20−30%短縮され、北京−上海間はこれまでの約12時間から約10時間となる。

 随分と早くなるものと少し隔世の感もある。自分が初めて中国を旅行した1990年、上海をスタートして列車を乗り継ぎ、途中寄り道をしながら12日目に北京に入っている。当時の時刻表が手元にないので正確には分からないのだが、特急でも上海北京間を14時間以上かかっていたように思う。この列車が登場するまでは上海北京間は寝台列車が主流だったわけだが、10時間であれば一応日着が可能になる。

 運賃は、FujiSankei Businessによれば543元だそうだから今日のレートで8350円ほど。決して安くない値段だ。今までの列車に比べれば快適とはいえ、今の中国で列車のシェアはどのくらいあるのか。

 ところで時速200kmと言えば、日本の新幹線よりは遅いとはいえ、線路幅こそ日本の新幹線と同じだが走るのは在来線。全長1463kmの全線に柵はあるのか? 踏切りはないのだろうか? 踏切りで通過待ちをしていたら時速200kmで通過していったら、ちょっとスリリングだと思う。


 写真は、17年前に実際に使った切符。この時は夜行2回の内一度が2等寝台、他は2等座席を使って4本の列車を乗り継いで北京までたどり着いた。寄り道も合わせて全部で133元、当時のレートで4400円ほど。

 なお、中国で列車での移動はひたすら2等座席という猛者に何人もお目にかかっているが、自分はそこまでタフではなく、2回目の夜行で体調を崩してからは必ず寝台車を使った。

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2007年4月16日

新シルクロード 第1集

 新シルクロードシリーズの続編が始まった。第1集のタイトルは「炎と十字架」、南コーカサスの話だった。

 はっきり言って予想以上にできが悪い。タイトルからソ連崩壊後の紛争を扱うのかもしれないとは思ったが、ほぼそれだけというのはどうだろう。導入部分でナレーションは次のように告げている。

 交通の要衝として異民族の侵略に曝され続けてきました
 今も戦火は止まず、民族紛争によって100万人の人々が難民となっています

 この紛争の奥には、ノアの箱舟漂着の地に起きた悲劇の歴史がありました
 紛争の炎が消えぬシルクロードの十字路を旅します
 この地域が外部勢力の支配を受けたというのは事実なのだが、人々の多くが被支配者だった20世紀以前において、それは世界的に普遍的なことだった。またこの地域の紛争に民族の対立という要素があるのも恐らく事実なのだが、その背景にある政治経済問題はかなり複雑で、中でも良くも悪くもキーであり続けたロシア抜きで、単純に民族紛争というのには違和感がある。タイトルの十字架、ナレーションのノアの箱舟は、本編ではアルメニアのキリスト教徒を象徴していると取れるのだが、イスラム教徒も多数住んでいるこの地域であることを考えると、バランスを欠いていると思う。

 振り返っってみて、今日のこの話がなぜシルクロードのタイトルで語られているのかが全く理解できない。ソ連崩壊の後、南北コーカサスや、中央アジアで戦火があったのは事実なわけで、南コーカサス以上の悲劇が今も続いている地域すらあるわけだ。「旧ソ連地域の今」みたいなタイトルで、紀行ものまがいの作りではなく、社会政治問題のシリーズとして扱えば立派な大作ができると思うが。

 本編の中ほどでも、

恵みとともに争いをもたらしたシルクロード
というアナウンスがあるが、シルクロードと象徴的に扱われているに過ぎない交易ルートの通称に「恵み」と「争い」を託している意図が理解できない。結局、新シルクロードシリーズ前編の中国でも繰り返された、「中途半端に社会問題を掘り下げ」た紀行ものという捕らえ所のないスタイルは、今シリーズにも踏襲されるということなのだろうか。

 細かい点を挙げれば、さらに突っ込み所は満載。間違とまでは言えなくても適切とは言い難い言い回しも多い。このシリーズは今後、第2集が5月、第3集と4集が6月、第5〜7集が9〜11月という変則的なスケジュールで放映される。第1回がこれか・・・とかなり憂鬱なのだが、それでもシルクロードという言葉に対する思い入れから、今後も見ていく予定でいる。

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2007年4月15日

飯盛山城

 昨日ほどの晴天ではなかったが、春霞のかかった日曜日、大阪府下最大規模の呼声もある飯盛山城へ登ってきた。この山城は、JR四条畷駅の東、四條畷市と大東市跨がって聳える飯盛山の山頂周辺に広がる。南北朝時代以来いく度も城主を代えてきたとのことで、戦国時代後期に近畿一帯に覇を唱えた三好長慶が本拠としたことで、大規模な山城として整備され拠点として一時期を成したという。


 飯盛山は大阪平野の北東に聳える標高314mの山、頂上からの眺望は抜群で北河内から摂津、大阪まで見渡せる。写真は、城の北の郭からの眺め。

 飯盛山城へは、北の四條畷神社からと、南の慈眼寺からのルートを登る。また、山頂の南1kmほどの所まで車で入ることもできる。今日は四條畷神社から登ったが、昔の登城道跡とかではなく、ハイキングコースとして整備されたもの。四条畷駅の標高が10m以下、神社でも50mほどなので、標高差は最近登った山城の中では格段に大きい。ハイキングコースは急な斜面に無理して作った階段で、尾根筋にたどり着くまで急な階段が続く。神社から最初の郭まで30分ほどだった。

 山頂は、史跡、城跡というよりは市民憩いのハイキングコースで、桜が散ったばかりとはいえ、楢や櫟の若葉が開き始めて萌黄色が光りに映えて綺麗だ。結構ハードな山道にも関わらず人が絶えることがなく、山頂の郭群が山城跡ということを知ってか知らでか、弁当を拡げた人達で賑わっていた。ただし、尾根筋に沿って続く郭群は、電波中継所や展望台などなど近年の改変を受けているので、どこまでが往時のなごりなのかはわからないところが多い。


 それでも、よくよく探すと石垣が残っている。写真は、中心部の少し北の斜面で見つけたもので、近くには大きな堀切も残っている。また、本城は東北西の三面は急な崖で囲まれているが、南側はわりと緩やかな尾根が続く。この地形のためか、中心部分の南側には土塁や土橋を使った大きな虎口の跡が残っている。


 写真は、山頂に立つ小楠公の像。1937年建てられたが戦争に供出されてしまい、1972年再建されたとのこと。小楠公とは楠正成の息子、正行のことで、彼が室町幕府軍と四條畷で戦って敗死したという縁によるものらしい。

 飯盛山城は、眺めの良さと堅牢な城域で三好氏最盛期の拠点として相応しく思える。山頂付近には山城の案内はほとんど無く、改変が大きくて趣きに欠ける気もするのだが、巨大な山城をイメージすることはできた。麓からの標高差300mというのはかなりいい運動で、明日に疲れが残らないといいのだが。


<参考資料>
戦国 三好一族(洋泉社)
戦国の城 <中>(学研)

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2007年4月14日

4月14日購入書籍

 先日届いた福岡の中国書店、新書目4月号で面白そうなのを注文した内の3冊が届いた。

西夏書事
呉廣成 撰
江蘇廣陵古籍刻印社 1991?

 清の道光6年に編纂された西夏の歴史書。7割引きという叩き売りの値段に惹かれて購入。全42巻、12冊の和綴本。装丁が新しいので古本ではなく、「辛未年冬」とあるので恐らく1991年に作られた復刻版。

 


二十四史人名索引
ISBN978-7-101-01682-6
中華書局 1997.10

 中華書局版、24の正史の人名索引を収録したもの。以前から欲しかったのだが、3割引きだったので購入した。これはかなり重宝しそう。

 


宋夏史研究
李華瑞 著
ISBN978-7-80696-335-7
天津古籍出版社 2006.10

 宋と西夏の関係史論文集と思ったら、宋と西夏だった。25編の論文のうち、以下の9編が西夏関係。

 20世紀党項拓跋部族属与西夏国名研究
 西夏紀年綜考
 論儒学与佛教在西夏文化中的地位
 西夏巡検簡論
 論宋夏戦争
 論宋夏争奪西北少数民族的闘争
 論宋初的西部辺疆政策
 北宋仁宗時期聯蕃制夏政策述論
 《西夏経済史》評介

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2007年4月13日

国民投票法案

 国民投票法案 党利党略が過ぎる小沢民主党(読売新聞)

 ただニュースを読んでいても問題の所在が良く分からないので、勉強を兼ねて少し書き留めてみる。この社説自体はいまいちだなと思うのだが、

 現行憲法制定以来の立法府の不作為が、解消される。
 それにしても、民主党の姿勢には、首をかしげざるをえない。
この2点については概ね同意する。

 憲法改正についての自分のスタンスだが、

 憲法は基本的に道具、だからどういう結果になるか中身が問題であって、無条件の護憲はありえないし必要なら改正すべき。
 また、特定の条文にこだわるならその条文について議論すれば良く、特定の条文を守る為に改憲反対ということもありえない。

 と書くと、改憲推進派で9条改正推進に見えるのかもしれないがそれは別問題。この前提で、結果論改憲反対というのもありだし、9条について改正反対と唱えることもできる。ただ9条を守るために、全条文一切変えるなというのは暴論ということ。

 憲法に国民投票と書いてあるのに、それを実施する要項が存在しないというのは全くの片手落ち。使う使わないは別にして用意されてしかるべき。

 もう少しなにか材料がないかとネットを回ってみる。民主党のHPには専用のページがあるのだが、今一つ要領を得ない。自民党のHPは、どこを見ればいいのか分からない・・・


 自由法曹団というところのHPの改憲手続法案 与党案・民主党案と「修正案」を見てみる。ニュースにもなっていた投票の「対象」の問題や「投票権」の年令が上の方に書かれているが、自分は12番目に書かれている「発議単位 → 内容において関連する事項ごと → 「関連」は発議する国会の認定にかかる。個別条項ごととは限らない。」という点を問題としたい。これは、例えば200条と201条を改正すべきという案が国民投票にかけられた場合、各条文毎に投票するのか、全体に対して投票するかは国会が決めるということ。全体に対する投票になった場合は、200条の改正案には賛成だが201条の改正には反対という投票ができなくなる。「200条の改善に賛成だから、201条の改悪には目を瞑る」か「201条の改悪に反対だから200条の改善は諦める」という選択になったらどうなるのだろうか。

 では多くの条文を一度に改正するとして、それについていちいち当否を問うのか? ということだが、最高裁判事への投票のように形骸化する恐れはあるのだが、国会での政治的な判断によって括られるより良いと思うがどうだろうか。

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2007年4月11日

4月11日購入書籍

北東アジア交流史研究
---古代と中世---
前川要 編
ISBN978-4-8273-1212-6
塙書房 2007.2

 遼金西夏史研究会以来、机の上に北東アジアと書かれた本が数冊積まれている。重心が北に遷った・・・というわけでもないのだが、蒸しぱんさんのブログを見て購入決定。詳しくはそちらを。書店では北東アジアではなく、古代日本史の棚にあった。ちょっと困る<ジュンク堂

 


東アジアの古代文化 2006年秋 129号
特集 古代をめぐる諸問題
ISBN4-479-87132-2
大和書房 2006.11

 昨年出た論文集で、一番読みたかった「鉛同位体比から見て三角縁神獣鏡は非魏鏡」は既読なのだが、他にも読みたいのがあるので買っておく。「唐皇帝と日本の遣唐使(森公章)」「大和・纏向遺跡と邪馬台国(石野博信)」あたりも興味あり。ところで、三角縁神獣鏡は非魏鏡・・・ということは、卑弥呼の鏡に非ずということだが、実際流れはこの方向なのか?

 


MC新書 014
戦国 三好一族
天下に号令した戦国大名
今谷明 著
ISBN978-4-9784862481351
洋泉社 2007.4

 戦国時代ものとしては、まだ読んだことが無い範囲だが、かなり興味あり。1985年に出版された新人物往来社の一族シリーズの再刊本。橋場の日次記の橋場さん推薦の一冊。

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2007年4月10日

ニュースサイトとリンク

 気になるニュースがると、情報元を参照しながらいろいろ書いてきた。

 この一年間、ニュースのカテゴリーで25回、記事を紹介しながらニュース系サイトのリンクを貼り付けた。サイト単位で数えると17で、この内地方、全国合わせた国内の新聞系サイトが9つ。今年新しく参照したものを除くと7つになる。7の内訳は登場した順に、朝日、読売、日経、徳島、中日、西日本、東京。この中で今もリンクをクリックして紹介した記事が表示されるのは朝日新聞だけ・・・だったのだが、その朝日新聞も去年の3月にアップした分のリンクが最近切れた。どうも朝日新聞の記事の寿命は一年らしい。

 西日本新聞は、切れたリンクをクリックすると「お知らせ」というページに飛び、そこには「ニュースの公開期間は、一般記事が一カ月」と書いてあり、その先は有料会員のみに利用になっている。

 ニュースを参照するときは、とくにどこのサイトと決めているわけではなく、記事の中身などを見てその都度決めてきた。西日本新聞のように、最初に表示したときのURLを変更して別所に保管している場合もあるわけだが、それだとネット上のコンテンツとしての価値は半減以下だと思える。


 何が言いたいのかということだが、Googleという検索システムが登場して以来、コンテンツの蓄積とそれに附随するリンクはそのサイトの財産である。Googleは、その財産が多ければ多いほどサイトに読者を運んでくる。しかし、自分がリンクを貼った7社のサイトは長くても1年、短ければたった1ヶ月でそれを捨ててしまっているわけだ。

 多少なりとも、自分が作ったコンテンツをどれだけの人が読んでいるのか気にはなるので、その身から見るとなんとも勿体無い話。新聞各社の中に、ネット上のコンテンツで商売をしていこうという所はまだ無い? あるいは少数派ということなのか。

 まだ9社しか参照していないわけなので、まだ全体が語れるレベルではない。面白い話があったらまた何か書いてみようと思う。

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2007年4月 9日

(書評)荀イク

PHP文庫 か-18-4
荀イク
曹操の覇業を支えた天才軍師
風野真知雄 著
ISBN978-4-569-66795-9
PHP研究所 2007.3

 後漢末期、三国魏の基礎を築いた曹操を支えた軍師たち。その中でも筆頭に数えられる荀イクを主人公にした小説。後漢に出仕する前に洛陽に上ったところから、寿春への遠征で死ぬまでの半生を描いている。三国志ものというと最近でも数々の大河小説が書かれているが、曹操や諸葛亮を除くと個人を扱ったものはそれほど多くないのではないか。

 物語りは荀イクを中心として淡々とすすむ。三国志上の有名人が次々登場してくるが、曹操以外にはあまり脈絡も伏線もなく登場しては去っていくという感じ。基本的には正史をベースにしているようで、三国志の注に紹介されているエピソードをそのまま使っているところが見受けられる。

 荀イクについての一般的な解釈として、後漢に対する忠誠心があり、やがて権力を握っていく曹操と反りが合わなくなり、最後は自殺をとげるという話がある。本書は、これは荀イクの作為であって本心としては曹操の天下統一による平和を望んでいるという設定になっている。荀イクの最期については、著者オリジナルと思われるストーリーになっていて、これについて著者はあとがきで、

 正統派の三国志ファンには激怒さえされかねない
と書いているが、自分は小説として許される解釈と思うし、それほど酷いとも思わなかった。

 むしろ、本書では人名や地名についての誤りが散見され、事実誤認と考えられる箇所も見られる。孟獲を馬謖と書くなど、三国志ファンにとっては初歩に類する誤りで、著者の三国志に対する思い入れの軽さを露呈してしまっているのではないか。その点は、そのままストーリーの淡白さに繋がっているように思われてしかたがない。

 もう一点、本書では登場人物のセリフとして人を呼ぶのに諸葛孔明以外は諱で統一し、セリフ以外でも荀イクの「文若」以外の字名が全く登場しない。これは呼び名と諱の使い分けとして、日本や中国を舞台とする歴史小説に共通する問題で、呼び名を使わない方が分りやすいというのは分からないでもない(それなら諸葛孔明でなく諸葛亮としてほしかったが)。しかし、リアリティーという点ではやはり減点となる。


 著者がある程度は意図しているとも思われるが、三国志ものとしては淡白なストーリーである。荀イクと曹操以外の人物が流れ去っていくオムニバス小説の様な印象が少し残る。それを割り引いてみると、設定という点では荀イクという絞った主人公について、こういうのもあっていいと思える。強引な展開がなく、久しぶりの三国志ものだったからか意外と楽しく読むことはできた。PHP文庫の中には、個人の伝記なのか小説なのか中途半端な作品を見かけるが、本書は筆者の解釈に基づく小説として良い方ではないかと思う。

 なお、本書にはキーポイントのひとつとなるイナゴの佃煮など、食べ物について多彩な描写がある。おやっとは思うのだが自分には考証しようがないので、小説として楽しんでおくことにした。

※荀イクのイクは

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2007年4月 8日

少し古い中国もの3冊

世界史リブレット61
中国史のなかの諸民族
川本芳昭 著
ISBN978-4-634-34610-9
山川出版社 2004.2

 書店に並んで既に3年たつはずなのだが見た記憶がない。「長江以南の諸民族」の章に惹かれたので買ってみる。

 


西洋人の見た 十六〜十八世紀の中国官僚
矢沢利彦 著
ISBN4-497-93395-4
東方書店 1993.7

 以前から目には止まっていたのだが、西洋人の見た中国皇帝よりは面白いのではないかと思うがどうか。

 


黄土高原の村
---音・空間・社会---
深尾葉子・井口淳子・栗原伸治 著
ISBN987-4-7722-3005-6
古今書院 2000.6

 陝西省米脂県のとある村でのフィールドワークをもとにした黄土高原の昨今を纏めたもの。前から気になっていた一冊、勢いで買ってみる。

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2007年4月 7日

香菜

 大阪府下最大といわれる山城を目指して出掛けたのだが生憎途中から雨。予定を変更して、買い物などで久しぶりに日本橋から難波界隈を回った。しばらく来ないだけで随分店が変わっている。

 難波の地下街でなんとなく惹かれて立ち寄ったのがタイ料理屋。街中のタイ料理屋だとどうも独りでふらっと入るには値段も敷き居も高いが、今日の店はうどん一杯から気軽に注文できる店。中華、タイ、ベトナムどの料理も結構好きなのだ。ひとつにはパクチーの香が恋しいからだ。

 パクチーは漢字で書けば香菜シャンツァイと読む。香辛料コリアンダーの実がなるセリの仲間の野菜だ。香が強いので嫌いな人も多いようだが、自分にとっては中国、ベトナム旅行の懐かしい香そのもの。中華はともかく、ベトナム料理屋に入ってこれが料理に入っていなかったら、まったく話にならないというくらい。

 日本で食べる中華料理には、使われていないことが多いが、中国では口にすることが多かったように思う。時々無性に恋しくなることがある。日本でも手に入れ易くなったという。探せばあるのだろうが、近所のスーパーには西洋パセリはあっても、パクチーは置いていない。どうにも欲しくて種を買ってきて育てたこともあるが、そこそこ手間がかかったのにラーメン一杯で終わった。一昨年、北京の屋台で食べた香菜入の餃子は格別に美味しかった。


 ネットを叩いてみると、同好の士というのはいるもの。こんなHPを見つけた。
 
 日本パクチー狂会のHPPaxi

 中国旅行の思いでといえば、香菜と羊の肉と高梁の白酒。思えば臭いものばかり。


参考
 →コリアンダー(Wikipedia)
 →1990年の旅行で愛飲していた白酒「」。ノートに7.6元(約200円)で買ったとある。

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2007年4月 6日

選挙とインターネット

選管も当惑 政見放送をYouTubeに削除依頼(アスキー)

 統一地方選の投票日を控えた週末、選挙運動真っ盛りで職場の廻りを選挙カーが何度も徘徊した。名前を覚えてもらうためというが、ただの騒音と思っているのは自分だけではないらしい。覚えていた名前だからという動機で投票することは、まああり得ないと思うのだが。冗談半分で選挙カーで覚えた名前には投票しないとか言ったりはするが、自分の場合は議会選挙は党の名前を見て投票しているので、選挙カーはやっぱり関係ない。


 さて、上のニュースだが、ここ数日ネットで話題になった話。とある特定の候補者の政見放送がYouTubeに複数投稿されていて、それ自体が公職選挙法に抵触する恐れがあるという。この話が話題になるのは、ひとつには候補者が東京都知事候補だからということなのだろうと思う。また、ネットの上を情報が駆け巡るようになったことの現れとも思う。

 ところで何が公選法に引っ掛かるのか。インターネットを使った選挙運動は禁止されているというが、なにを根拠に禁止されているのか、少し勉強してみる。

 検索をかけると詳細な論文が出てきた。ただ日付けは少し古く、これ以降に条文の修正が行われている部分がある。

 →選挙活動における議員のインターネット利用の有効性と問題点−ホームページを中心に−(梶野智子 慶應義塾大学文学部)

 具体的には公職選挙法の第146条および第142条第143条法庫より)が関わってくる。この条文の上には、ホームページ、インターネット、ブログといった言葉はないのだが、ではどの言葉に拠るのかというと

 パソコンのディスプレーに表示された文字等は、公職選挙法の「文書図画」に当たります。
(同HPの付録:補足事項)とのことだ。苦しい言い訳に見えるが、今はこう解釈されているわけだ。また、第146条の冒頭に「何人も、・・・」とあるので、この条文は選挙に直接関係があるなしに関わらず全ての人が対象になる。私がこの選挙期間中に候補者の誰かを名指しで批難したり応援したりしても違法ということになる。

 また、同法第148条(新聞紙、雑誌の報道及び評論等の自由)によれば、

報道及び評論を掲載するの自由を妨げるものではない。
のだそうだ。これについては、少なくともマスコミの権威が相対的に凋落著しいネット上においては、この条文は実にカビ臭いと言っておく。

 自分に投票権はないのだが、都知事選の結果が少し楽しみになった。さて、だれに投票するか、まじめに検討しておこうか・・・

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2007年4月 5日

(書評)ロシア・ロマノフ王朝の大地

興亡の世界史14
ロシア・ロマノフ王朝の大地
土肥恒之 著
ISBN978-4-06-280714-2
講談社 2007.3

 本書は、タイトルのとおりロマノフ朝ロシア300年の歴史を扱った通史である。ロマノフ朝は、初代ミハイルが1613年に選出されてから、ニコライ2世が1917年に退位するまで18人のツァーリを数える。全9章よりなるが、第1章が前史で9世紀のリューリク朝の成立、13世紀のモンゴルの侵攻、イヴァン雷帝などを簡潔に纏めている。最後の第9章が後史で、10月革命からソ連の崩壊までを納めている。

 思えばキエフ公国の成立からソ連の時代に至るまでのロシア通史を読んだ記憶がない。自分の感心としては、どちらかというとロマノフ朝以前のキエフ公国とか、モンゴルの侵攻とか、あるいはハザールとかだったりする。ロシアが侵攻して来たころの中央アジア、ロシアが清朝と戦ったころの満州に関心はあるが、そのいわば敵であるロシアにはあまり関心がなかった。全くのロマノフ朝初心者といっていい。

 本書は、私のような初心者をある程度対象としたロマノフ朝通史というのが感想である。いままで漠然とした記憶しかなかったこと、ピョートルが何故大帝であるのか、エカテリーナ2世なにをしたのかなど、かなり具体的なイメージを持つことができた。また、ロシア側から見たナポレオン戦争や日露戦争などの経過も新鮮な印象を持って読むことができた。

 結びによれば、単なる中央政府の政治史を描くだけではなく、社会史を描くことを目指したという。その点は全編をとおして印象として残るものがあり、特に農奴の問題については再三言及されている。経済や文化に踏み込み過ぎると自分にとっては退屈な内容になりかねないが、そういこともなく適度にバランスのとれた中身といって良いと思う。逆に言えば、ロシア史にある程度造詣のある人にとっては物足りない内容なのかもしれない。


 最後に気になった点をいくつか上げておく。第7章のタイトルが拡大する「植民地帝国」であることから、中央アジアやシベリアについてどのくらい触れられるかが楽しみだったが、自分にとっては少々もの足りなかった。ロシアが何故東へ拡大したのかという問題について、もう少し具体的な解説というのはできなかったか。あるいはこの問題は、より詳しい別書を求めるべきか。

 もう一点は細かいことだが、第3章をピョートル大帝の「革命」としている。大きな改革がなされたというの了解するが、「革命」という言葉使いには違和感が残る。

 これらは細かいことであり、関心があればより深く探究すれば良いことなのだ。その点も含めて、本書は私にとってロシア近代史の入門書として、よく纏まった一冊と評価しておく。

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2007年4月 4日

百選

 国土交通省が「船から見る風景100選」を公募(BNN)

 少し古いニュースだがこれによると、

国土交通省海事局は、船上からしか見ることのできない美しい風景などを広く紹介し、誘客につなげる目的で「船から見る風景100選」を募集する。
ということだそうだ。また新しい百選、いったい幾つ目の百選だろうか。ちょっと調べてみると一覧表が出てきた。

 百選(Wikipedia)

 全国を対象にしたものだけで63載っている。随分あるが知らないものも多いし、これで全てというのでもない。ここ半年くらいのニュースで見かけたものでいうと、日本公園緑地協会による「日本の歴史公園百選」、古都保存財団による「美しい日本の歴史的風土100選」がある。


 そもそも百選というのは、統一された企画とか統括官庁とかがあるわけではなく、選者は個人であったりマスコミであったりと様々。全部を調べたわけではないが、最近は国が絡んで財団などの法人が主催しているものを見かける。上の3つはどれも国土交通省絡みだ。

 今の百選ブーム(静かな? 一部関係者だけの?)がいつ頃から始まったのか今一つ記憶が定かではないのだが、ここ15年くらいのものかと思い少し調べてみる。1985年に環境庁が選定した「名水百選」、1986年に建設省が選定した「日本の道100選」あたりが走りで、1990年に日本さくらの会が選定した「日本さくら名所100選」の頃からわりと盛り上がってきたのかなという気がするがどうだろうか。

 古さという点では、1927年に遡る「日本百景」が一番古そうだ。また、登山家深田久弥の著書「日本百名山」の出版は1964年のことだそうだ。

 数ということでいうと、必ずしもどれもが100個選んでいるというわけではない。100より多いのもあれば少ないのもある。「美しい日本の歴史的風土100選」は、何故か中途半端に101で、さらに特別枠と準100選があって併せると200を越える。


 ところで、「今の百選ブーム」と書いたが本当にブームなのか。自分は少し気にはしているがとっくにブームは過ぎ去った気分でいる。名水、桜などは、それなりに価値があるように思うが、今の雨後の筍状態では大幅な値下がり感が否めない。名前はもっともらしいのだが、ピンとこないものも多いし。

 冒頭の「船から見る風景100選」の意図は分からんでもないが、これが誘客につながるとはとても思えない。「今さら役人が主導するだけ税金の無駄、国交省の役人てそんなに暇なのかな」といったオチでどうだろうか。

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2007年4月 2日

黄砂

 今日は、なんとも景色がねむたい一日だった。日は出ているのに丸一日黄砂のために黄色く霞んでいた。

 近畿各地で黄砂舞う 大阪市内のビル群や大阪城もかすむ(朝日新聞)

 近畿各地は2日、中国大陸から強い西風に乗って運ばれた黄砂が舞った。大阪市内のビル群や大阪城も白いもやがかかったようにかすんだ。
 時事通信によればその発生源とされる中国でも大きな影響がでたらしい。
 
 中国北部で黄砂発生=欠航、停電など影響出る(時事通信社)
 中国北部の内モンゴル自治区などが3月30日から強風を伴った黄砂に見舞われ、停電や航空機の欠航などの影響が出た。

 気象庁のHP黄砂情報というページがあり、ここ数日の黄砂の広がりがわかる。黄砂観測実況図の日付けを3月30日から31日、4月1日と変えると、黄砂がモンゴル高原から朝鮮半島を経て2日で日本まで広がったように見える(見えるだけかもしれないが・・・)。

 シルクロードの水と緑はどこへ消えたか?(昭和堂)に収録されている中野孝教氏の「砂漠化は地球環境に何をもたらすのか?」によれば、

 黄砂の発生地域の特定は難しいことが多い。一口で言えば、黄砂のおもな発生地域は砂漠である。北中国における黄砂の二大発生源はタクラマカン砂漠とゴビ砂漠南西部、発生量は黄砂全体のそれぞれ六四パーセントおよび三五パ−セントと見積もられている。
 今回もその地域が問題かといえば、単純な話ではないようだ。日本や韓国での黄砂の発生が近年増加しているという観測結果がある一方、中国北部では1980年以降一貫して黄砂や黄砂嵐が減っているという観測結果も紹介されている。また、近年の黄砂ではモンゴル高原東南部の影響も考えられるという。



 黄砂の原因として、砂漠化の拡大が槍玉に上げられるが、同書によれば中国では20世紀最後の20数年間に1000平方キロに植林する「緑の壁」というプロジェクトの計画があったという。写真は、1995年に内モンゴル東部、シリンホト市の郊外で見かけた植林地のもの。ここもそのプロジェクトの一部なのだろうか。10年以上が過ぎた今、植林地はどうなっているだろう。

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2007年4月 1日

1990年中国紀行 <北京>

 初めて北京に入ったのは1990年9月の下旬、アジア大会が北京を会場に始まった直後だった。以来何度か北京を訪れているが、北京駅や王府井周辺で90年の北京を思い出すのは不可能に近い。


 景山公園は、故宮博物院の北にある人工の山。ここは、1644年に李自成率いる反乱軍が北京城に突入した際、明朝最後の皇帝崇禎帝朱由検が自殺を遂げた悲劇の地。今は故宮を見下ろ公園になり、故宮の撮影スポットでもある。


 2枚目は、北京郊外観光の定番スポット、万里の長城の八達嶺。時間をゆっくり使いたくて北京北駅から列車で出掛けた。ツアーで行くとせいぜい滞在1時間のところを、3時間ほどかけて歩き回った。一番高い所にある敵台から見下ろす風景は中国らしい雄大なものだった。


 3枚目は、日を改めて出掛けた明朝歴代の皇帝が葬られている明の十三陵、その中でも一番大きいという長陵の写真。長陵は、明朝が北京へ遷都した時の皇帝で、北へ南へ積極的に外征を行ったことで知られる永楽帝朱棣の陵墓。本殿に使われている主柱は、雲南から運ばれたものと言われ、その太さに感嘆したことを覚えている。


  →Google Map 景山公園八達嶺明の十三陵(中心が長陵)

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