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2007年4月 9日

(書評)荀イク

PHP文庫 か-18-4
荀イク
曹操の覇業を支えた天才軍師
風野真知雄 著
ISBN978-4-569-66795-9
PHP研究所 2007.3

 後漢末期、三国魏の基礎を築いた曹操を支えた軍師たち。その中でも筆頭に数えられる荀イクを主人公にした小説。後漢に出仕する前に洛陽に上ったところから、寿春への遠征で死ぬまでの半生を描いている。三国志ものというと最近でも数々の大河小説が書かれているが、曹操や諸葛亮を除くと個人を扱ったものはそれほど多くないのではないか。

 物語りは荀イクを中心として淡々とすすむ。三国志上の有名人が次々登場してくるが、曹操以外にはあまり脈絡も伏線もなく登場しては去っていくという感じ。基本的には正史をベースにしているようで、三国志の注に紹介されているエピソードをそのまま使っているところが見受けられる。

 荀イクについての一般的な解釈として、後漢に対する忠誠心があり、やがて権力を握っていく曹操と反りが合わなくなり、最後は自殺をとげるという話がある。本書は、これは荀イクの作為であって本心としては曹操の天下統一による平和を望んでいるという設定になっている。荀イクの最期については、著者オリジナルと思われるストーリーになっていて、これについて著者はあとがきで、

 正統派の三国志ファンには激怒さえされかねない
と書いているが、自分は小説として許される解釈と思うし、それほど酷いとも思わなかった。

 むしろ、本書では人名や地名についての誤りが散見され、事実誤認と考えられる箇所も見られる。孟獲を馬謖と書くなど、三国志ファンにとっては初歩に類する誤りで、著者の三国志に対する思い入れの軽さを露呈してしまっているのではないか。その点は、そのままストーリーの淡白さに繋がっているように思われてしかたがない。

 もう一点、本書では登場人物のセリフとして人を呼ぶのに諸葛孔明以外は諱で統一し、セリフ以外でも荀イクの「文若」以外の字名が全く登場しない。これは呼び名と諱の使い分けとして、日本や中国を舞台とする歴史小説に共通する問題で、呼び名を使わない方が分りやすいというのは分からないでもない(それなら諸葛孔明でなく諸葛亮としてほしかったが)。しかし、リアリティーという点ではやはり減点となる。


 著者がある程度は意図しているとも思われるが、三国志ものとしては淡白なストーリーである。荀イクと曹操以外の人物が流れ去っていくオムニバス小説の様な印象が少し残る。それを割り引いてみると、設定という点では荀イクという絞った主人公について、こういうのもあっていいと思える。強引な展開がなく、久しぶりの三国志ものだったからか意外と楽しく読むことはできた。PHP文庫の中には、個人の伝記なのか小説なのか中途半端な作品を見かけるが、本書は筆者の解釈に基づく小説として良い方ではないかと思う。

 なお、本書にはキーポイントのひとつとなるイナゴの佃煮など、食べ物について多彩な描写がある。おやっとは思うのだが自分には考証しようがないので、小説として楽しんでおくことにした。

※荀イクのイクは

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