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2007年5月20日

新 シルクロード 第2集

 新シルクロード第2集、サブタイトルはシバの女王の末裔たち。見終わってしばらくいろいろと考えて調べてみたりもしたが、分からないことだらけだ。なによりも自分の関心の周辺、ないし外側であるのでほとんど情報を持っていないというのが一番の理由。以下はイエメン初心者から見た批評となる。


 見終わっての感想から。結局のところこの番組は見る者になにが言いたいのだろう。サウジアラビアがここ数年の石油価格高騰で潤っているというのはとくに特別な話ではない。サウジアラビアをはじめとした中東産油諸国が、ひろく出稼ぎ者を集めてきたのも以前からある話(そこに問題がないわけではなく、以前にインド人出稼ぎ労働者などがニュースになったことはある)。イエメンは、1990年に南北が統一されたが、以来必ずしもうまく行っていないというニュースは何度か見た記憶がある。普段あまりニュースにならない地域のことゆえに新しい情報を期待したいのだが、そういう点でも特別な情報はなかったように思う。

 そのような内容を受けて、最後のアナウンスは以下のようなものだった。

 アラビア半島を貫くシルクロード。かつて乳香が運ばれたこの道を、シバの女王の末裔たちは、石油の富を求め彷徨っています。
 灼熱の大地には、砂漠の民に伝わる栄枯盛衰の歌が、時を超えて響いていました。
 穿った見方をしてもどうも面白くない。当たり障りの少ない、なにも伝わってこないアナウンスだった。


 以下、疑問に思った点を列挙してお茶を濁しておく。

 冒頭のアナウンスは以下のようなものだった。

 乳香の道と呼ばれるアラビア半島のシルクロード。私たちはまず、古代シバ王国の時代に築かれた、イエメンの街を目指しました。
 シルクロードという言葉が最も広い意味、単なる昔の交易路という意味で使われている。「乳香が運ばれた絹の交易路」というのはどうにも収まりがわるい。このルートは、どちらかというとスパイスロードではなかったか?

 イエメンにあった古代サバ王国が、イスラム教の登場を前に衰退したのは事実のようだ。ただ、イエメンといえばアラビア海を介したインドやアフリカとの中継貿易の窓口であって、それはヨーロッパが進出してくるまでは栄えていたと記憶している。イスラム教の勃興とともに貿易が衰えたと思わせる内容には疑問符がつく。

 マーリブの遺跡(番組内では女王の神殿跡かと言っていた)でサバ文字(同様に古代アラビア文字)の碑文が発見されたとのこと。シバの女王について直接触れてはいないと思われる碑文で、どこまで女王のことが解明されるだろうか。

 イエメンからサウジアラビアのジッダへ向かった車が、油田地帯を通過していた。サウジアラビアの油田といえば、東部ペルシャ湾岸と高校地理で教わったものだが、最近は西部でも出ているのか?


 そして一番の謎は、番組の内容に現在のイスラム教が全く登場しないこと。今回のイエメンからサウジアラビア西部を北上する交易ルート上には、メッカ、メディナといイスラム教三大聖地のうちの2つがある(もうひとつはエルサレム)。街が紹介されないどころか、人々の祈りのシーンさえ一切ないというのはどういう意図があのだろう。少なくとも現代のこの地域を語るのに、イスラム教は不可欠と思うのだが。


< おまけ >
イエメン首都、サナアの旧市街イエメン門周辺 → Google Map

メッカの外港都市ジッダ → Google Map

メッカ(中心はカーバ神殿) → Google Map

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