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2007年5月 9日

岡城

 連休の旅、宮崎に入るに先立って是非とも立ち寄りたかったのが大分県竹田市に残る岡城。自分には総石垣の山城として日本有数というイメージがあるのだが、三大山城(奈良県の高取城、岐阜県の岩村城、岡山県の備中松山城)の中には名前が無い。この3城はいずれも未訪なので比べられないが、今年2月に登った兵庫県の竹田城を上回る雄大なスケールの山城だった。

 岡城は、戦国時代には豊後大友氏の家臣志賀氏が治めた城で、九州統一を目指して豊後に攻め込んだ島津義弘率いる薩摩軍を、時の城主志賀親次が撃退したことで知られている。近代の岡城は、賎ヶ岳の戦いで羽柴秀吉方として討死した中川清秀の息子秀成が1594年に入城してから始まる。以後彼の子孫が幕末まで代々城主を務め、順次整備が進められて今日に残る総石垣の城となったという


 城は城下町から近くて大手門直下まで車で行けることもあり、開けた所にある平山城のようなイメージがあった。写真は町に一番近い郭から町の方を撮ったものだが、木々に覆われてかろうじて高い建物が見えるだけ。周囲を稲葉川と白滝川が造る深い谷に囲まれて、山深い山城そのものの趣きだ。


 駐車場から5分も坂道を登れば大手門で、さらに数分で本丸に辿り着ける。手軽に壮大な山城を楽しめる。写真は、岡城の代表的なアングルで撮った三の丸の高石垣。


 写真は、西中仕切跡と言われる城の中心部分の西側の入り口にあたる石垣。岡城といえば秋の紅葉も見事だそうだが、写真に写っているのもほとんどが楓の木。新緑でも十分に奇麗だった。

 本丸周辺だけを回るのであれば30分もあれば十分見て回れるが、1時間以上かけて東西に広がる郭も見て歩いた。東には下原門跡という高い石垣が残る搦手門があり、西には江戸時代にたびたび造営が行われたという広大な西の丸がある。


 写真は西の丸の北側、家老屋敷跡と伝わるところで行われている復元工事。短い柱を並べているように見えるが、屋敷全体の復元ではなくて柱位置を復元する方式なのだろうか。

 岡城は、高石垣は写真で見たイメージどおりだったが、緑に包まれた純然たる山城であること、空間的な広がりの大きさは予想以上だった。三大山城はこの上を行くということなのだろう。唯一畿内にある高取城は遠からず攻略せねばなるまい。



岡城周辺図
この地図は国土地理院発行の2万5千分の1地形図(竹田)をもとに作成しています。

岡城と竹田市街周辺地図(国土地理院)


<参考資料>
岡城跡と城下町竹田 歴史の道(竹田市)
裂帛 島津戦記(学研)

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