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2007年6月 1日

1990年中国紀行 <洛陽>

 大同の次は、中国の代表的古都洛陽を目指した。洛陽までは、山西省を縦断して列車を3本乗り継いだ。北魏の歴史を意識していたというのでなく、三大石窟巡りをするつもりだった。


 中国の象徴である黄河、北京へ移動する時に一度渡っていたが、夜間だったので何の印象も残っていない。初めて黄河を実感したのが、大同から洛陽への移動で列車が黄河を渡ったとき。これは、車窓右側、上流を撮ったもの。


 洛陽観光の目玉のひとつがこの龍門石窟。5世紀末、北魏が都を移してから造営が始まり、唐の時代に受け継がれた。洛陽の南郊、伊河西岸の崖に作られている。


 右が龍門石窟の中で最も有名な奉先寺洞の毘盧遮那仏。唐代のもので、武則天がモデルという伝説をもつ。


 洛陽の東郊、中国最初の仏教寺院という伝説を持つ白馬寺。寺の東には田園が広がっているが、そこが後漢、魏、西晋、北魏時代に洛陽古城があった場所で、城壁の跡が土手として残っている。

 見所たくさんの洛陽だが、餃子が美味しかったことが強く記憶に残っている。さすが河南は小麦の産地などと言ってはみたが、本当にそうなのか、入った店がたまたま良い店だったのか、はたまた遠い記憶のなせるものなのか定かではない。


 →Google Map 黄河を渡る鉄橋龍門石窟白馬寺(推定)

 残念ながら洛陽郊外の画像はあまり鮮明ではないが、大まかな雰囲気は意外と見て取れる。

 鉄橋周辺の黄河の流れはだいぶ変わったように見える。

 龍門石窟の立地についてとくに記憶は無いのだが、改めて見てみると洛陽の南、河岸段丘でなくて伊河が短い谷を抜ける場所にあることがわかる。

 白馬寺の場所は、正確な地図が無いため推定位置。大きくは違ってないと思う。洛陽古城は、白馬寺の東側一帯。南北に走る線のどれかが城壁跡かもしれないと思うが不明。

<参考>
中国古代文明(山川出版社)

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