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2007年6月 2日

満族史研究会第22回大会

 まんじゅさんのお誘いで、神戸国際会議場で行われた満族史研究会を聞きに行ってきた。余談ながら、ポートアイランドには全く縁がなく上陸したのは初めて。ポートライナーに乗ったのも、1990年に中国へ行くときに鑑真号の乗り場まで乗って以来だった。

 発表の内容は、下記のとおり。民族、政治、宗教から言語までと幅が広い。興味を惹かれたものついて簡単に感想を。

 阿部さんの発表は、清朝最後の10年という時期における近代化改革になんらかの形で関わった皇族を巡る話。末期の自助努力は結局うまくいかないものではあるものの、意外と多くの皇族が改革に向けて活動していたということか。漢人の反発が大きいのは当然として、最末期にあっても皇族内部の対立が解消されないのも良くあることか。

 大坪さんの発表は、同治帝の死去後、光緒帝の即位を巡る話。論旨からは逸れるのだが西太后は守備範囲外として避けてきた部分なのだが、興味を惹かれるネタは尽きないなと思う。だからこそやっぱり手はださないでおこうか・・・。

 石濱さんの発表は、清朝初期において盛京(奉天)と北京に建てられたチベット仏教寺院についてのもの。石濱さんの発表を聞くのは二度目と記憶しているが、今回もパワフルで面白い内容。ホンタイジとチベット仏教の関係やサキャ派からゲルク派への変遷など興味深い内容。

 村上さんの発表は、雍正帝、乾隆帝の時代における藩部(モンゴル、新疆、チベット)の統治に関わった歴代の大臣や将軍について検討したもの。モンゴル系の旗人が多く活躍しているのは自分には意外だった。清朝期のモンゴルというのは興味を惹かれるテーマだが、ここも今のところ未知の領域。漢族出身でも旗人の子孫が満族として民族籍を持っている人もいるという話を以前読んだが、モンゴル旗人はどうなのだろうか。

 それにしても、中世あたりに中心を置いている自分からみると、清朝史研究というのは濃い。あてられてしまうくらい。それが面白さでもあるのだが。


明末清初における朝鮮民族の中国東北への移住(16世紀中期〜18世紀初期)
 鄭善姫(神戸大学)

清初のグサ=エジェンについて
---太宗期、ドルゴン摂政期を中心に---
 磯部淳史(立命館大学)

光緒新政期の近代化改革における清朝皇族
 阿部由美子(東京大学)

清末睡簾聴政下における東西両太后の意志決定と廷議
---同治帝の祭祀をめぐって---
 大坪慶之(大阪大学)

清初勅建チベット仏教寺院の建立意義について
 石濱裕美子(早稲田大学)

雍正・乾隆期の藩部統治における蒙古旗人官僚の任用
 村上信明(東京大学)

満洲語否定形におけるアシンメトリーについて
--- -ha, -ho, -heの否定形が-haku, -hekuで-ra, -ro, -reの否定形が-rakuなのはなぜか---
 久保智之(九州大学)

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コメント

今年も盛りだくさんの内容ですね。

まんじゅ様のところにも書きましたが、私もモンゴル旗人には以前から興味があります。彼等の存在は八旗の「仲介者」としての性格を考える上で面白い存在だと思います。

出席できないのが残念でなりません。
一度大連でやってくれませんかねえ(笑)
(さすがに無理ですね……)

投稿: 電羊齋 | 2007年6月 4日 23時48分

>彼等の存在は八旗の「仲介者」としての性格を考える上で面白い存在だと思います。

どうも、自分の頭からはこの時代のモンゴルがすっぱり抜けている。
忘れたのか、もともと無いのか・・・

>一度大連でやってくれませんかねえ(笑)

会の趣旨からいって瀋陽なんかいいんじゃないですかねぇ(笑)

投稿: 武藤 臼 | 2007年6月 5日 00時40分

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