« 事件を機会に今の森と林業を思う | トップページ | 登山とトレッキング »

2007年6月 4日

(書評)西洋人の見た 十六〜十八世紀の中国官僚

西洋人の見た 十六〜十八世紀の中国官僚
矢沢利彦 著
ISBN4-497-93395-4
東方書店 1993.7

 明の終わり頃から清の中期にかけて、中国に滞在したヨーロッパ人が書き残した資料をもとに、当時の官僚について語ったもの。タイトルを見た印象として、個人の付き合いをベースにした読み物的打ち明け話を想像したが、一般向けではあるが普通に歴史解説書という内容だった。

 あまりよく知らない時代の今までほとんど読んだことのない官僚についての話であって、面白いかという前に当時の官僚制度はかく複雑にできているのかというのが一番の感想。文化の違う人の目を通して見た理解を超えた世界の面白い話いうわけではなく、ヨーロッパ人がどう書き残しているかという部分を核にして、それらの文章を引用しながら足らずの部分を中国の資料で補って、当時の官僚世界のよりコアな部分についての解説を試みている。

 飴と笞が本書のキーワードで、私欲に走ろうとする官僚をそれを用いていかに働かせるかに腐心してきたというわけである。第一部「飴と笞とのからみ合い」は、制度としてどのような飴と笞が用意されているかというもの。爵位と俸禄があって、功罪に応じて上げたり下げたりというのは簡単に想像できる。明、清時代の制度はより複雑で、官僚クラスにもやたらと立派な漢字が並ぶ封爵があったり、功績を記録する加級といういのがあったりといった具合。複雑怪奇に映るのは、実際に時代が下るに従って複雑になったからなのか、それとも新しい時代だから複雑な制度についての情報がよく残っているということなのか。

 第二部「きつい笞」は、皇帝から叩かれ、官僚どうしも叩き合うという笞の話。巡撫が地方官僚を監察するだけでなく、不当な監察結果を上訴する制度も備わっていたとのこと。最後の方では、結局のところ事なかれ主義こそが生き残るための本質であるように書かれている。

 第三部「あまい飴」は、いかにして意欲をかき立ててきたかという話。皇帝からもらう衣服とかお茶や料理、官僚としての自尊心をくすぐるための特別待遇の数々、生前に与えられた墓地、死後に表彰される制度、さらには妻や子供への優遇制度などなど。


 第二部の巡撫のところなどには、官僚には腐敗、汚職があり、腐敗が腐敗を呼ぶというような話がある。中国が昔から官僚天国であったことは事実であると思うし、これだけ山のように飴が用意されているということは、それだけ腐敗が普通であったことの反証といえるようにも読める。タイミング良く下記のようなニュースを読んだりすると、今も変わりないなぁとついつい思ってしまう。なによりも中国が巨大な国家を苦労してでも維持しているのは、官僚が甘い汁を吸うためとついつい単純化してしまいがち。実態がどういうものか(とりあえず歴史上で)より多くの情報を集めてみる必要があると自重的に纏めておく。

  豪華な庁舎建設で地方幹部処分(時事通信)


 本書は、自分のように明清朝について政治史以外あまり知らない者にとっては、当時の官僚制度がどのようなものか、実例をもとに読むことができる面白い一冊と思う。体系的に書かれていない分、当時の平均的な実態なのか、それとも面白い話を集めた分偏っているのか、やや腐敗という面に偏っているようにも見え、注意を要すると思う。

|

« 事件を機会に今の森と林業を思う | トップページ | 登山とトレッキング »

中国史」カテゴリの記事

書評」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/162739/15318898

この記事へのトラックバック一覧です: (書評)西洋人の見た 十六〜十八世紀の中国官僚:

« 事件を機会に今の森と林業を思う | トップページ | 登山とトレッキング »