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2007年6月23日

堺散策

 日本の戦国時代、織田信長や三好一族などの話につきものの泉州堺。自分にとっては古くは松本幸四郎(当時は市川染五郎)が主演した大河ドラマ黄金の日々以来馴染みの街だが、今まで通り過ぎるばかりの街だった。戦国 三好一族を読んだ後の思い入れが強い内にということででかけてきた。

 話には聞いていいたのだが、堺の街には往時を思わせるものはほとんど残っていなかった。街の歴史を紐解けば新しくそして深刻に第二次世界大戦の戦災の影響があり、古くは大坂の陣の兵火もあった。その為こと戦国時代に限れば、墓参りと跡地探しになるのはやむを得ない。往時の風景は、足で稼いだ現代イメージに上に想像で重ねることにしよう。


 一カ所目は、堺幕府の中心人物であって一向一揆に囲まれる中で最期を遂げた三好元長の墓。場所は彼が堺の拠点にしていたという顕本寺境内。ただし、顕本寺自体戦災の度に再建を繰り返している上に、往時は開口神社界隈にあったとのこと。また、墓碑の裏には「天文2年癸巳6月?日」と刻まれている。諸書を引けば元長の没年は天文元年とされている。この違いは、この墓碑が新しいことを示しているのか?


 顕本寺の次に南宗寺を訪れた。ここは、第二次大戦の影響が他よりは小さかったようで、戦前から残っているものが多いようだ。


 南宗寺はそもそも三好長慶造営に遡る寺で、写真は三好一族のものとされる墓。左から3基までは江戸時代のもので文字もはっきり読める。左から三好長運(天保4年没)、笹川長直(文化9年没)、三好孫太良(延享2年没)とある。次の墓は法名が確認できるが、そこから右の各墓の判読はちょっと厳しい。


 これは、伝徳川家康墓。とくに根拠とかは無いようで、数ある家康影武者伝説のひとつのようだ。傍には、1960年代に松下幸之助らが発起人となって建立したという、より大きな墓碑が建っている。


 南宗寺の隣にある本源院。案内によれば、薩摩島津家と所縁があり、織田信長、信忠親子の供養塔があるとのこと。残念ながら見学はできなず、供養塔の謂れも不明。



 最後は、街道沿いにぽつんと建つ小西行長屋敷跡の碑。解説があるほかは、想像を膨らませるしかない。


<参考地図>顕本寺開口神社南宗寺界隈小西行長屋敷跡(Google Map)

<参考>
戦国 三好一族(洋泉社)

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