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2007年6月16日

愛宕神社

 梅雨に入ったばかりではや中休みというこで、三週間ぶりに歩きにでかけた。行き先は山ではあるが山城ではなく神社だ。

 京都市西京区、嵐山の北西に聳える愛宕山の山頂にある愛宕神社は、由緒書によれば8世紀に遡るという全国愛宕神社の総本社とのこと。神社で見かけた案内には、坂上田村麻呂との縁があって戦の神様でもあるという。

 明智光秀が、本能寺の変の数日前に愛宕神社で連歌の会を行ったというエピソードは以前から知っていた。神社の所在について漠然と亀岡の郊外と思っていたが、山城と丹波の境に近い山の上にあることを知ったのはそれほど前のことではなかった。以来愛宕神社は、織田信長関係の場所として行ってみようと思っていた場所のひとつだ。


 愛宕神社は、標高924mの愛宕山の頂上にある。登り口となる清滝の標高がちょうど100mなので、標高差は800mを越える。いつ以来かは思い出せないくらい、久しぶりに本格的なトレッキングとなった。清滝へは嵐山からバスで10分。


 清滝川を越えると赤い一の鳥居がある。ここから神社まで約4km、所要2時間と案内されている。


 登り道は、長年の歴史によって山腹に深く刻まれていて、場所によっては石段が整備されているので、登山道というより長く険しい参道というイメージ。中盤くらいで尾根筋に出るが、コース全般に勾配がきつく尾根道にでても少し楽になる程度。その点でも参道だなと思う。

 かつては参拝客で賑わったとのこと。途中には山腹を削平して石垣を積んだところがあり、城跡を思わせるが明治初めまであった茶店や旅籠の跡という。写真はそんな場所のひとつで、今は楓が茂り小さな東屋が建つ。


 道は、中腹まで杉の植林地が続き杉の香りが漂い、途中からは楓、楠、樫などが葉を茂らせ、150年は軽く越えてそうな杉の大木にも出会える。そのかわりに眺望が効くところは限られている。写真は杉の木立越しにみた京都市街。


 一の鳥居から1時間半で本殿まで到着した。天気が良かったせいか、かなり沢山の人が神社を目指していた。明智光秀に習っておみくじを引いてみたら中吉だった。「時を待てば願い事が叶う」というがさてどのくらい待てば良いか。

 明智光秀が連歌の会を行ったのは、本殿から少し下、今社務所が建っているあたりという。

 清滝からの参道が今は、そしておそらくは昔からの表道と思うのだが、明智光秀がたどった道はこれとは別のルートだったという。当時光秀は、出陣を前に亀山城(今の亀岡)に入っていたので、山の西側の谷、水尾側から登ったとされている。そこで帰りはこの道を下ってみることにした。この道は、参道の途中水尾別れと言われるところから分岐している。

 道は、檜の若い植林地の斜面をひたすらに下って行く。下る分にはまだいいのだが、登りはかなり厳しいことと思う。こちらの方が格段に人通りは少なくなる。


 1時間近く下ると水尾の集落に出る。今日初めて知ったのだが、ここは清和天皇所縁の地で清和天皇陵も所在していた。伝説的には我が家の先祖も清和天皇なので、一応ご先祖さま参りということで陵を目指した。谷筋から100m近く上にあり意外と体力を消耗した。写真が山腹に立派な囲いが建つ清和天皇陵。


 明智光秀は、神社への行き帰りに水尾の谷からさらにひと山越えるルートを通ったとされ、その道は地図に明智越の文字を残している。今日の愛宕詣を企画した時は、さらにこの道を越えて亀山城でゴールと考えていたが、天皇陵の登り道で残りの体力を使い果たしたので、続きはまたの機会としてJRの保津峡駅を目指した。


 桐野作人さんが、南日本新聞で連載中の「さつま人国誌」の今日の分、知られざる猛将・島津家久(上)によれば、島津家久も上洛の際に愛宕神社に詣でているとのこと。この神社には、歴史上の有名人がほかにも参拝しているのだろうか。

愛宕神社周辺(Google Map)
中央やや上が本殿、下が社務所

参考地図一覧:清滝 一の鳥居愛宕神社水尾別れ清和天皇陵明智越(電子国土地図)

<参考>
俊英 明智光秀(学研)
京都 愛宕神社

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コメント

トラックバック有難うございました。

私も数年前、愛宕山に登ったことがあります。
亀岡側からいわゆる明智越えルートで登りました。
たしか水尾の集落も通ったと思うのですが、清和天皇陵はあまり記憶にありません。私もけっこうバテバテでしたから(笑)。

そういえば、今月下旬発売の歴史読本では、光秀が愛宕百韻当日に書いたと思われる書状(拙著でも紹介しました)について、年次の考証を中心に書きました。また別冊で「信長記」特集も執筆しております。
先日の御礼で、お送りしますね。お楽しみに。

投稿: 桐野作人 | 2007年6月17日 01時13分

なんとも不思議なところにある天皇陵ですね。愛宕山に参拝した自称清和源氏の人達で遠祖を意識していた人達がいたかどうか、聞いてみたいところですが(笑)

明智越は行ってないのにかなり疲れました。一夜明けてもまだ疲れが残ってます。

ありがとうございます。歴史読本楽しみにしておきます。

投稿: 武藤 臼 | 2007年6月17日 08時37分

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