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2007年7月31日

参院選挙

 随分と差がついたものと思う。自分の大した根拠の無い予想が外れたのはどうでもよいこととして、問題はこれからどうなるか。近々内閣改造があるそうだから、どういう顔触れになるかが楽しみ。安倍首相が結果を受けて姿勢をどう変えてくるか。

 短期的にみれば政局混乱、官僚躍進といった負の面が目立ちそうだが、少し長い目でみて行政制度や選挙制度など変えていかなければならないものを確実に改革していく為の足がかりができ、10年後、20年後に確かに変わったことが実感できればそれで良いと思っている。高齢化が急だから急ぐべしという声が聞こえるが、どう考えても今の体制で短期間にまともな改革は無理でしょ。

 早急な衆議院解散選挙という声もあるが、これはあり得ないしすべきとも思わない。何かと話題となっている1998年、橋本自民党惨敗の参院選挙の次の衆院選挙は、2000年、森総理の神の国発言解散と言われた選挙だった。今の衆議院議員の任期が、ほぼあと2年なので解散があるとしても早くて来年後半、なにか事件が無い限りは再来年までないだろう。

 また、それ以前の問題として今解散しても必ずしも政権が交代するとは限らないらしい。

 直接対決なら民主350 衆院選シミュレーション(共同通信社)

 一方、自民、公明両党が小選挙区で完全に選挙協力をすれば、比例代表も含め計245議席となり、与党でぎりぎりで過半数を維持できることが分かった。
 これが小選挙区制という選挙制度なのか。今回の選挙にしても、民主党は選挙区では55%の議席を獲得しているが、比例区では42%に留まっている。こういう制度の良し悪しという考えも当然でてくるのだが、当面の政局ということで民主党が政権を取る可能性があるとすれば、まだまだ力が足りないということであり、しかも今後1、2年今の勢いを維持しさらに増していかなければならない。相当な実績とアピールが必要になる。

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2007年7月28日

DVD チンギス・ハーン

チンギス・ハーン
製作 内蒙古仕奇集団、内蒙古電視台
販売元 コニービデオ
ディレクター 王文杰
キャスト
 テムジン 巴森(巴森扎布、バーサンジャブ)
 ホエルン 薩仁高娃(セレンゴワ)
 ジャムカ 趙恒ケン(ケンは火編に宣)
 ボルテ  索利忠
 イェスイ 鄭爽

 チンギス・ハンを主人公とした中国製大河ドラマ。一話40分、全30話。大分前に衝動買いしたDVDをやっと見終わった。わりと史実に近い形でチンギスを人間臭のある英雄として描こうという意欲が感じられる作品。

 先の角川の映画と比べてもしょうがないかとも思うが、チンギス・ハンの生涯を描くにはこれくらい必要だと思う。これでも細かいエピソードは随分と省かれている。映画が金朝攻撃までの半生、こちらが誕生前から死までの生涯という違いはあるが、半生といえど2時間で足りないのがよくわかる。

 歴史という点でいうと、晩年の方が間違い(たぶん一部は確信犯)が目立つ。とりあえずドラマだからと笑っておくが、細かい部分がどうだったかと本をひっくり返すのは結構楽しい。元朝秘史にベッタリというわけでもないようだが、ジャムカとの十三翼の戦いとか、ケレイトとの敗戦とかのエピソードはこのくらい描かれていれば自分的にはOK。トゥマト族征服のエピソードとかはまあいいかの内。

 気になることというと、内モンゴル製なので全員中国語であること。トルコ系だろうと漢族だろうと女真族だろうと通訳なし。普通の会話はあまり気にしてもしょうがないと思うが、中国語発音での固有名詞はちょっと厳しい。名前も厳しいが地名も厳しく、たぶんその影響で一部日本語字幕にも間違いがある。

 もう一点。豊泉堂雑記とかで大河ドラマの戦闘シーンの粗さが再三話題になっているが、本作品も戦闘シーンはほとんど乱戦。もう少し組織的な戦いを見たいのは無理な注文か?

 主演のバーサンジャブは大河ドラマ北条時宗でクビライ・ハーンを演じている。青年の時から貫禄大有り。ホエルンの演技、特に晩年とか結構良かった。ネットで名前を検索していたら、Abita Qurに行き当たったのだが、ひょっとして同一人物なのか?ジャムカも好みだが、ムカリ国王とジェベ、ホラズム朝のジェラール・ウッディーンとかも格好良い。

 チンギス・ハンの孫世代では、西征から帰還した時のエピソードどうりにモンケとクビライが出るかと思ったが出ず。替わりににチンギスに可愛がられていたが西征で戦死したチャガタイの息子モエトゥゲン、ジョチ病死直前のシーンでバトゥが登場した。

 最後は西夏遠征で終わるのだが、西夏は城以外には人も文字も登場しなかった。

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2007年7月27日

中国古代史論考

中国古代史論考
佐藤長 著
ISBN4-89281-075-4
朋友書店 2000.6

 先日、平日にしか開いてない版元の店舗を初めて覗いたときに見つけ買ってきた。全570ページの論文集。目当ては10章から13章で、13章ではタングートも出てくる、といっても1ページ半だけだが。8、9章も面白そう。

 目次は以下のとおり。13本のうち、7本が1985年から95年にかけて書かれたもので他は書き下ろしとのこと。

 やっと時間を作って店を訪ねたが、書庫を埋め尽くす在庫にびっくり。8割くらいが中国からの輸入書。時間があまりなく全部見切れなかったので再訪が必要かも。

1 中国社会の性格について---その史的一考察---
2 夏王朝の実在性について
3 堯舜禹伝説の成立について
4 周王朝の系統について
5 秦王朝の系統について
6 春秋期の狄について
7 漢代の農業社会
8 匈奴国家の性格について
9 匈奴の若干の知名について
10 魏晋南北朝期の北方民族
11 唐代の農業と農民
12 隋唐代の西北異民族
13 唐代の青海・チベットの民族状況---羌族・西羌族を中心に---

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2007年7月26日

アフガニスタン

タリバン、人質1人殺害か・8人解放と韓国報道も(NIKKEI NET)


 アフガン戦争は既に5年半を越えている。今も南部を中心に戦闘が続いているとのことだが、アフガニスタンに駐留している国際治安支援部隊は、先月に増強されて総兵力4万人を越えるという。また、カブールの治安は悪化を辿っているとも。

 また、先のパキスタンの首都イスラマバードにおける立て籠り事件には、アフガニスタンと密接な関係にある北西辺境州の治安の悪化が背景にあり、そこには政権の思惑やアフガン難民の強制帰国の問題が絡むともいう。実に混迷の度合いは深く、イラク以上に出口が見えてこない。


 一因としてタリバンの復権があることは確かである。それは当初から予測された可能性のひとつではあったが、自分的には予想以上に根強いとみる。

 アメリカがアフガニスタンに侵攻した頃、日本国内の報道はタリバンを非難する声がかなり大きかったように思う。一方で、アフガニスタンを知る人たちの話の上ではタリバンの評価はそれなりに高かった。当時タリバンはアフガニスタンの全域掌握まであと少しというところまで来ていた。少なくとも治安の回復という一点において、あの時点でタリバンが必要以上に教条主義に走っていなければ違う道があったのではないだろうか。

 今勢いを増しつつあるタリバンが当時と同じ集団なのかどうは知らない。また、その状況が周辺勢力の思惑によってできてきたものなのか、タリバンに対する草の根の支援でもあるのかも分からない。

 いずれにしてもタリバンは、今のアフガニスタンにおいて否定しきれない力を持っているとみる。その範囲内で、今のタリバンが以前のタリバンらしさを保ちながら、より現実的に行動できる政治勢力に発展することを期待したい。その意味で、今回のニュースのような事態を起こしてはならなかったし、死者がでたことも残念でならない。残りの14人が無事解放されることを切に願いたい。

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2007年7月25日

選挙まであと4日

 いちおうどの党に(誰にではなく)投票するかは決めている。様々な情報を見るに、今回も是非この党に!ではなく、しょうがないからあの党にという結論にしかならないが。

 税金を私的に使って何とも思わない国会議員に投票する気が失せるのはいつものことだが、税金と年金に対してあまりに無責任な行政とそれを制御しきれていない自民党の関係をどう考えるか。とりあえず責任とってくれというのはひとつの答えだが。

 報道を見るとマスコミも役人も自民党の大敗を期待しているように見えてしまう。それが無性に癪に障るのだが、そこに民主党の不甲斐無さが被さる。ここら辺に割り切れなさを感じている人は意外に多いのではないか。ということで自民党は議席をかなり減らすものの大敗の手前で踏み止まる・・・かもしれないと予想しておく。

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2007年7月23日

新疆ウイグル自治区における 遊牧民「定住化」のプロセス(雑感)

新疆ウイグル自治区における 遊牧民「定住化」のプロセス
---アルタイ市アラハク郷のインタビューから---
梅村 坦

 本著は、新疆ウイグル自治区北部、ジュンガル盆地がアルタイ山脈にぶつかるその山裾にあるアルタイ市郊外の村での聞き取り調査をもとに当地域の遊牧の現状を纏めた小論で、インタビュー記事とその分析が中心になっている。

 遊牧の民の今という情報は、私のような者にとって極めて不足している。それでも内モンゴルやモンゴル国の遊牧民について書かれたものは何冊か出回っているが、新疆については著者がユーラシア草原からのメッセージ(平凡社)に寄稿された「天山山中に遊牧民をたずねて」以外にはまだ読んだことがなかった。先著が突厥のオルドがあったこというユルドゥス高原を扱ったのに対して、本著はアルタイ山中を遊牧地としている人々を対象としている。

 本著は2005年の現地調査を基にしていて、ごく最新のアルタイ遊牧民事情であって、小論ながら貴重な情報がいくつか含まれているが、なによりもまだ固定家屋を持たずに遊牧生活をしている人が残っていたことに驚いている。著者も本著や先著で書かれているが、1990年代に遊牧民の定住化が進められたという話から、もはや全ての遊牧民は固定家屋を持って半遊牧をする牧畜民になってしまったのではと思っていた。

 残念ながら本著は調査過程の一考察であって、今も遊牧生活を続けている人達の全体的な姿は分からない。今後の続編、あるいは総括を楽しみに待ちたい。


<参考>
アラハク郷中心部アルタイ市中心部(Google Map)

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2007年7月22日

(書評)北魏胡族体制論

北海道大学大学院文学研究科 研究叢書
北魏胡族体制論
松下憲一 著
ISBN978-4-8329-6683-3
北海道大学出版会 2007.5

 本書は、北魏についての論文集であって必ずしも一貫した論点を継続して論じたものではない。しかし、書名にあるように非漢族あるいは北方遊牧民などと言われる支配集団を形成した人々が、時代を経るにしたがって制度的にあるいは社会的にどう変わっていったのかといった視点が共通しているように思う。また本書は、文献資料および碑文資料の分析を基礎とした専門性の高い論文集であって個々の問題を考察するのは自分の手に余るので、以下興味を惹かれた点について列記して感想に代えたい。


 一章、二章では部族解散という北魏道武帝時代の政策について論じたもの。教科書的には、遊牧民的部族制度の解体であって北魏が漢化していく端緒として書かれるものをよく見かけるように思うが、ことはそれほど単純ではなくどちらかと言えば再編であったという。この点は本書の後半で論じられている代人意識に繋がっている。自分の中では今だ北朝の漢化という公式がこびり付いているので大変興味深い論考である。

 五章、六章ではおよび代人という言葉が論じられている。代は山西省北部の地名であって北魏が最初に名乗った国名なわけだが、国名が魏に変わってからも代という言葉が使われ続けたという。また、北魏初期の都である大同周辺で部族解散によって再編成された人々には、新たに代人という認識が生まれ後にまで残っていく。さらに、この代人には鮮卑族出身者ばかりでなく漢族をも含んでいたという。これは、北魏から隋唐という変遷を考える上で、自分にとってかなり示唆的な内容である。

 次は余談になるのだが、石刻資料などの論証の中で鮮卑語から来ているという官職名が紹介されている。北魏で漢字を万葉仮名のように利用して鮮卑族の言葉を表記していことを川本芳昭氏が『中国史のなかの諸民族(山川出版社)』の中で推測されていたが、この問題的に繋がる可能性があるのだろうか。こういう面での研究も進むと面白いが、資料が足りないだろうか。


 ここ10年程、一般書の中でも唐王朝は単純な漢族王朝の復興ではなく、鮮卑族の王朝、あるいは漢族と鮮卑族が融合してできた王朝として語られるようになってきた。ならばその前段にあたる北魏が漢化していったという問題もより複雑に評価し直される必要があると思う。また北と南の関係が複雑化するという点で、遼金西夏の時代との比較という意味でも興味深く、北魏という時代の面白さ再認識させてくれる一冊だった。

 目次はこちらを参照

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2007年7月21日

歴史読本 2007年8月号(雑感)

歴史読本 2007年8月号
書き換えられた戦国合戦の謎
雑誌09617-8
審人物往来社 2007.8

 特集記事をひととおり読み終えた。織田信長、豊臣秀吉を含む戦国武将15人についての最近の研究動向についての特集で、概要と特定の事件についてのやや詳しい解説からなり、各武将について10ページ前後に纏められている。ページ数からいってそれほど深さの期待できない分量だが、空いた時間に拾い読みするには適量だった。以下、とくに興味深かった記事について感想を簡単に。


 最上義光というと、大河ドラマ「独眼竜政宗」で原田芳雄が演じた老獪な陰謀家のイメージを持っている。新人物往来社の『斯波・最上一族』『戦国人物辞典』などもその様な書き方がされているので、定説と思っていたし実際そういう評価だったようだ。しかしこのイメージはあまり信頼できない資料に基づく虚像であるとのこと。これは、本誌の情報の中でも特に意外な情報だった。

 長宗我部元親は、天正13年に四国を統一したとされていた。しかしこれが怪しいとのこと。少なくとも、伊予、阿波、讃岐とも最後まで敵対勢力が残っていて、完全な統一はなかったという。これも意外な話。

 龍造寺隆信は、1570年に大友氏の大軍に佐賀を包囲されたが奇襲によって撃退し、これ以後北部九州に覇を称えることになったといろんな本で解説されてきた。これは、大友の敗戦は局地的で隆信の自立がなったわけでもなく、隆信が大友から自立したのは1578年以降のことという。隆信勢力の強大化というのは九州三国志の見所のひとつであり、この流れだと随分と話やイメージが変わってしまう。

 織田信長についての解説は、桶狭間の戦いと長篠の戦いの2つ。新しい説が出てはそれが否定されていくという状態が長らく続いているように思うが、それは今も現在進行形ということ。新しいところでは、桶狭間の戦いで今川方が略奪に勤しんで油断したというもの。7月11日にNHKで取り上げられたが、この説への批判などは桐野さんのブログを参照されたい。


 これらの特集以外に本号の面白かったところがあと2点。ひとつが『甲陽軍鑑』についての解説。従来あまり芳しくなかった評価が見直されているという話はどこかで聞いたが、その要点が纏められている。

 もうひとつが別冊の『「信長記」の大研究』。資料としての信長(公)記がどういうものであるのか、140頁の小冊子に纏められている。信長フリークとはいえ、一次資料はおろか二次資料にも手を出す余裕はないので大変有り難い一冊。

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2007年7月20日

閑話休題、再びGoogle Map

 Google Mapで、解像度の高い写真だけがある離島があるということを聞きつけたので、飽きもせずにGoogle Map。

 北硫黄島硫黄島南硫黄島。硫黄三島はこうしてみるとどれも大きな島。

 南鳥島。日本本土から最も遠いが結構大きな島。常駐している人がいるというのが凄い。

 沖ノ鳥島。奇麗な珊瑚礁だが、これは島じゃないなといったらやっぱり怒られるか。左の方に写っていのはどこの船だろう。

 沖大東島。白く見えているのは燐鉱石とか。


 国内で面白そうなのはこのくらいか。おまけは日本と縁の深いオングル島。意外と小さな島だ。

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2007年7月18日

失われた文明 インカ・マヤ 第3集

 日曜日に放送された第3集は、密林が生んだ二千年の王国

 マヤといえば密林の文明ということだが、番組の中で言うところの「大河のないジャングルの文明」という様相は、およそ旧大陸の文明とは違うものだ。いまだ4大文明と称され、川、農耕、都市、鉄、文字がセットで語られていることに対してその差は大きい。そもそも岩盤が石灰岩で保水力が無く、故に川すら流れないという過酷な環境に何故人が住んだのか不思議でならない。比べることで旧大陸の歴史にもいろいろ問題が提起できそうだが、すでに誰かが書いていそうだ。


 もう少し細か点について触れてみる。番組の中でマヤ文明について、「70程の都市国家」「言葉や文字が同じなのに一度も統一されなかった」「2000年の歴史」と紹介されていた。一度も統一されることなく続いたというのは、番組の鍵となる言葉のひとつだった。その状況で同じ言葉が使われていたというのは本当だろうか。方言差がどの程度なのか触れられていないので言葉が通じたのかどうかは不明だが、同じ言葉が維持されるほどに交流が活発だったのか、それとも同じ言葉ではあっても方言差が大きかったのか。

 もう一点、戦争に勝っても相手を滅ぼさなかったという、戦争は極めて限定されたもので一種の平和主義的な楽園論といえなくもない。とはいえ人が3人集まれば利害が生まれるもの、どのようにそれが調停されていたのか。単に戦争に負けたものが屈服するだけで解決されるとは思えない。また、立ち行かなくなった国は滅びるにまかせたというが、本当にそうだったのか。


 如何せんマヤはインカ以上に知らない。随分前にマヤ文字の本を一冊読んだだけだと思う。旧大陸との比較という点でもとても興味深いので勉強してみる価値は多いにありそうだ。

 そんなわけで、番組内容の細かい点について良否の判断はつかないが、勉強してみようという気にさせられたという点で面白い内容だった。

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2007年7月17日

地球環境を黒河に探る

アジア遊学 99
地球環境を黒河に探る
編集部 編
ISBN978-4-585-10350-9
勉誠出版 2007.7

 まるごと黒河特集とはまたコアな一冊と思ったら、総合地球環境学研究所のオアシスプロジェクトそのものの特集だった。著者も先日買ったオアシス地域史論叢(松香堂)などとだいぶ被っている。

 内容は下記の通りだが、佐藤氏の「タテとヨコから見た河西回廊」、三宅氏の「黒河上流域探訪報告」、井黒氏の「石刻資料でたどる黒河中流域の古跡」の3本がレポートとして10頁前後の量があるほかは、4頁程度の概説と2頁程度のコラムからなる。井上氏の「『カレーズもどき』探訪記」は概説になっているが10頁を越える。

 写真が多く、テーマ的にも興味深いものが多い。一つひとつの分量は少し物足りないとは思うが、全体で160頁あるので読みではありそう。


<内容>
黒河との出会い(中尾正義)

◆黒河流域
タテとヨコから見た河西回廊
 2006年9月黒河全流域巡検の概要(佐藤貴保)

◆上流域
七一氷河を巡る(藤田耕史)
黒河上流域探訪報告(三宅隆之)
黒河最上流の橋(尾崎孝宏)
初めてのシルクロード(佐藤和秀)
七一氷河観測 2002〜2004年(坂井亜規子)
七一氷河のダストと雨(三宅隆之)
七一氷河における雪氷微生物調査(植竹淳)
ビンと除湿機の思い出(谷田貝・亜紀代)
京都とオアシスとクリオコナイト(竹内望)
7月1日氷河ベースキャンプで食べた羊料理(奈良間千之)

◆中流域
石刻資料でたどる黒河中流域の古跡
 黒河にまつわる信仰・祭祀のあとを尋ねて(井黒忍)
中流域の世界---張掖の農業(中村知子)
研究者のオアシスとの出会い(陳菁)
「カレーズもどき」探訪記(井上充幸)
鶯落峡のダムと水路と活断層(渡邊三津子)

◆下流域
黒河下流域の遺跡群(森谷一樹)
黒城そして緑城(荒川慎太郎)
植生構造からみた下流域の環境(門田有佳子)
額済納で出合った不思議な胡楊(三木直子)
胡楊を求め、額済納旗を右往左往(吉川賢)
タマリスクは、どんな水を吸っているのか?(中塚武)
エゼネ旗50年史(児玉香菜子)
山には雪が降り積もり、人には……(小長谷有紀)
環境問題に対する民族を越えた取り組み(秋山知宏)
季節色のないゴビ(フフバートル)
カラホト調査と私(弓場紀知)
西夏とエチナの思い出(斎藤清明)
あこがれの西夏、まぼろしのカラホト(井上隆史)
西夏王国(佐藤貴保)
シルクロード今昔(佐藤貴保)
オアシスで会った人たち(窪田順平)
地下水の危機(秋山知宏)
黒河下流域の消えた湖、古居延澤
 衛星画像と現地調査から痕跡を探る
 (相馬秀廣・遠藤邦彦・堀和明・村田泰輔・穆桂金・斉烏雲)
大地の記憶を求めて(村田泰輔)
謎の多い湖、ガションノールへのアクセス(堀和明)

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2007年7月16日

台風と地震の連休

 この連休は、44回目になる日本アルタイ学会のクリルタイを聴講するために長野県の野尻湖畔まで出かけてきた。事前には天気予報が心配で、南に逸れたときにはしめしめと思ったのだが、3日目の昼前に地震に見舞われることになった。自分にとっては今までに無く大きくて長い横揺れだった。幸いにして会場周辺に被害は無かったが、帰りの電車が午後まで不通になる事態となり、旧友の助けを得て長野駅まで脱出した。

 発表の内容はいずれも興味深いものだったが、樋口先生の肅北蒙古族自治県のモンゴル語、林先生の新疆北部の情報、中嶋先生のモンゴル語とチュルク語の比較などはとくに興味深く聞かせていただいた。また、日程の都合で牛根さんと鈴木さんの発表が聞けなかったのは、興味対象に近いだけに特に残念。

 連日、昼間だけでなく深夜に至まで面白い話を聞くことができたこと、お礼を申し上げます。プログラムと戦利品は下記のとおり。


プログラム

大出尚子
 「満洲国」国立博物館の成立過程と収集品
  ---「日満(満日)文化協会」および清朝の遺臣たちの関与を中心に---

澤本光弘
 中国内蒙古自治区における契丹遺跡の調査報告

Ablet SEMET
 Studies on the formation of old Uyghur Buddhist terms

Aysima MIRSULTAN
 Some features in the old Uyghur translation of Xuanzang Biography,chapter 10.

特別企画「佐口透先生を偲んで」
 佐口先生の生涯と業績
 先生を偲んで
 ミニ・シンポ
  堀直
   回疆の社会・経済文書について(1760-1884)

  菅原純
   伝統と統合:省制期新疆における契約文書の中国化(1884-1954)

  野田仁
   帝国文書に見えるカザフの遊牧:ロシアと清朝の狭間で


樋口康一
 甘肅省肅北蒙古族自治県のモンゴル語の指示詞に関する予備的報告

林俊雄
 新疆北部最新博物館事情(2007年2〜3月調査)

中嶋善輝
 語彙借用に見えるモンゴル語とチュルク語の類似性発展の諸相について

佐藤憲行
 道光19年・咸豊5年のフレーの移動について

デュセナイル・アブディラシム
 チャガタイ・カザフ語文書に見えるカザフの小ジュズ(1732-1794)

エルドンバヤル
 日本支配期、内モンゴルにおける『蒙古青年結盟党』の設立と消滅(1938-1941)

牛根靖裕
 モンゴル時代の宣慰使について

鈴木宏節
 2006年夏期モンゴル国突厥関連遺蹟調査報告


頂き物

梅村坦
 新疆ウイグル自治区における遊牧民「定住化」のプロセス
 ---アルタイ市アラハク郷のインタビューから---

堀直
 ヤルカンド=オアシスの拡大

小沼孝博
 批評と紹介「ピーター・C・パーデュー著『中国の西征---清の中央ユーラシア征服---』」

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2007年7月11日

選挙CM

 衆院選挙まで18日、選管から案内が届いた。毎度のことながら入れない政党は決まっているが、是非とも入れたいところがちっとも決まらない。

 TVニュースも選挙の話題なわけだが、NHKのニュースで政党の選挙CMを話題にするとは思わなかった。しかもほぼ選挙関連ニュースのメインで。それはないでしょとか思ったりする。

 日頃あまりテレビを見ることが無いので自民党と民主党以外のは初めて見た。不思議と投票する気が萎えるのは何故だろう。


 選挙CMといえばアメリカのが先進らしいのだが、大統領選は1年後だというのにもうイメージCMが流れているとか。予備選はもっと早いか・・・

 下記のリンクから先月話題になったヒラリー・クリントンのイメージCMが見られる。単純にはこういう裏のあるイメージCMは結構好きだが、日本のものと比べようというわけではない。

Bill and Hillary Soprano?(You Tube)

 CMの内容と背景についてはこちらが詳しい→ 中道マジックの可能性(from 911/USAレポート / 冷泉彰彦)

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2007年7月10日

7つの驚き と Google Map

 「世界の七不思議」に清水寺選ばれず(スポニチ)
 New Seven Wonders of the World announced(telegraph)

 七不思議と書かれると、謎!、未解明なものと読んでしまうので、べつに万里の長城は謎ではないぞと突っ込みをいれてしまいそうだ。訳の問題だったのかな、勉強になりました。7つの驚き、驚異だとだいぶニュアンスが違ってくるように思う。奇跡だとちょっと謎に近いか?自分の日本語感覚が正しいのかどうか、英語は多分もっと怪しい。


 先日のインカ・マヤとひとつ重なるが、7つをGoogle Mapで並べてみる。

万里の長城(中国)
 万里の長城といえばまず八逹嶺だが、趣向を変えて西端の嘉峪関。長城は関を越えて、南の北大河にぶつかるまで続いている。

タージマハル(インド)
 少し上にスクロールすると、ヤムナー川の対岸にタージマハルと対象に作られる予定だったというシャー・ジャハーンの廟の跡が見える。

マチュピチュ(ペルー)
 周囲を見ると、段々畑の跡が結構点々としている。

チチェンイツァのピラミッド(メキシコ)
 残念ながら解像度が低くピラミッドは判読できないが、位置的にはここでいいらしい。

リオデジャネイロのキリスト像(ブラジル)
 時々映像になるので絵的には馴染みがあるのだが、街からそこそこ離れているのが意外。

ペトラ(ヨルダン)
 中東でパルミラとならぶ名所。それにしても随分山の中だ。

ローマのコロッセオ(イタリア)
 ローマもいつか行ってみたい。


 上記7カ所の中で唯一行ったことがあるタージマハル。芝生の上に寝転がってしばらく眺めていたが飽きることの無い美しさがあった。夕日に赤く染まる白大里石が印象的。


 残念ながら選外となった清水寺


 ところで、あまり詳しくない地図やガイドブックなどを手がかりに、Google Mapでいろんなポイントを探すのは結構骨が折れるので、企画として面白いと思って時々並べてきた。しかしWikipediaの英語版の地図リンクが充実していることがわかったので、Google Map中心の話はそろそろ打ち止めかと思う。ただ、英語版らしくアジアは弱いようなので(例えばカラコルムの位置、 Wikipedia英語版のリンク正しい位置)まだいけるか?


 以下のようにたどると、英語の綴りが分からなくてもWikipediaからGoogle Mapにたどり着けます。
(例)ストーンヘンジ
Googleで検索日本語版Wikipediaを開く → 左端の欄、他の言語の中からEnglishを選択 → 右上、Coordinatesの右の緯度経度をクリック → Global systemsのリスト一番上、Google Mapsの左側カッコ内のSatelliteをクリック

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2007年7月 8日

失われた文明 インカ・マヤ 第2集

 マチュピチュ 天空に続く道

 先週に続いて放送されたインカ・マヤの第2集を見た。第1集がややミイラの話に走りすぎていたように思うのだが、今日の話は思った以上に楽しく見れたので感想を簡単に書いておく。

 第2集の焦点はインカ道で、インカ帝国の話としては教科書的な命題で新しいものではないが、最近の発掘成果というか調査そのものの映像を交えて紹介していた。地道な成果を反映しているようで、先入観少なく話を展開できていたのではないかと思う。

 また、文献資料としてはワマン・ポマの書簡を中心として、15世紀、9代目の皇帝といわれるパチャクティの事績が紹介されていた。ちょっと伝説に寄り過ぎていて、もう少し最近の考証の結果を付け加えられるのではないかという印象は受けるが、インカものは久しく読んでいないので判断できない。


 南アメリカはいまだ未訪の地であり、とくにマチュピチュは一度は行ってみたい遺跡のひとつ。


 この写真は、以前旅先で出会った友人からのもらいもの。彼いわく「ペルーに行きたくなるように」ということだったが、今日の放送でそれを思い出した。また、インカものの本もしばらくぶりに読んでみたという気になった。その点で良い歴史紀行ものだったと思う。

 来週放送予定の第3集「密林が生んだ二千年の王国」も楽しみにしておく。


<おまけ>
 モライ遺跡は初めて知ったが、Google Mapで見ても十分に美しく見える。番組で紹介されていたマラスの塩田は、残念ながら解像度が悪くて見つからず。
クスコマチュピチュモライ遺跡(Google Map)

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2007年7月 6日

Google ブック検索

書籍検索サービス「Googleブック検索」、日本語版開始(INTERNET Watch)

 協賛する出版社を募集する案内が出たのは1年以上前だったように思うが、ようやくGoogleの書籍検索サービスGoogle ブックが始まった。書名や著者名だけでなく、本文の文章そのもので検索できるのが味噌。本の検索に特化しているというだけでも活字中毒には利用価値があるように思う。著作権はどうなっているのかというと、版元の了解のもと部分表示のものと全文表示のものがある。著作権という点からすると、切れているものがターゲットになるのだが、その件に関しては以下のようなニュースがある。

Google、ブック検索で慶応義塾大学図書館と連携--図書館はアジアで初の参加(CNET Japan)

 まだ、始まるところということなので、早期に収録されることを期待したい。

 今日現在でいえばベータ版と案内されているわけだが、表示される順番がどうなのだろうと思ったりもする。またそれ以前として、まだまだ収録している情報が少なく使い出はそれほどなさそう。試しに「西夏」と入力して検索してみると、中国語の本を中心に検索される。見たことのない本だらけだが、有効なものは少ないように思う。大手の出版社が全く参加していないようなので、著作権が生きている本についてはあまり役にたたないようだ。

 正史については、簡体字ながら以下のものについて全文表示を確認した。漢書、唐書、宋史、金史、元史なども是非早期に収録してほしい。簡体字なので使い勝手は悪いのだが、遼史で「大石」と書籍内検索するとちゃんと耶律大石が検索される。

 史記三国志周書北斉書梁書南斉書陳書南史新五代史遼史

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2007年7月 1日

1990年中国紀行 <西安>

 洛陽から列車で西へ向かえば、洛陽と並び称される古都西安。バックパックを背負っての長旅は無理をしないことが鉄則で、名所巡りも時間をかけてのんびりと廻るのが常のこと。とはいえ街の内外に名所旧跡がひしめく西安では、あまりのんびりしていると見そびれてしまう。

 1日目は大雁塔と小雁塔。2日目が興慶宮公園、半坡遺址博物館、碑林博物館、清真大寺、大明宮址。3日目に西安の東、臨潼区(当時は臨潼県)にある始皇帝陵、秦兵馬俑博物館、そして華清池。

 ツアーを使えばより郊外にある唐や前漢の皇帝陵を見て回れたのだが、妙なこだわりがあり自分の足と路線バスだけで回った。乗ったバスが数時間動かないとかハプニングもあったが、3日間でこれだけ回れたのは若かったんだなと思う。



 西安のシンボルのひとつ、玄奘三蔵縁の大雁塔。小雁塔ともども階段をよじ登って最上層まであがった。中国人の服装のシンプルさに時代を感じる。



 西安駅の北には唐の時代の大明宮跡があり、当時は一面草原だった。写真は、大明宮の中でも重要な宮殿のひとつだったという含元殿の跡。1995年から発掘調査が行われたとのことで、Google Mapを見ると、土台が奇麗に復元されているのがわかる。

 含元殿の北西には大きな土山があったのを覚えているが、それも今は麟徳殿跡として整備されている。



 西安東郊の観光の目玉は始皇帝関係の遺跡巡り。写真は、始皇帝陵の頂上からの眺め。この小高い丘が人工のもというのが凄い。


 最後は、始皇帝陵から南西へ5kmほど、驪山の山裾にある華清池。言わずと知れた玄宗皇帝と楊貴妃縁の地。


 西安の街は観光以外にも想い出が多いが、自分の旅としては珍しく食べ物の話がいくつもある。中国ではどこに行っても肉まんは見かけるが、西安では餡饅が美味しかった。本格的な刀削麺を初めて食べたのも西安なら、回族料理砂鍋も西安の想い出。中国のハンバーガーとか呼ばれていた記憶のある肉夾バク(食扁に莫)も西安での味。

 そういえば、今も愛用している中国歴史地図集全8冊はこの1日目の散策中に街中の書店で買い求めたものだ。


 この旅行の時は、あまり写真を撮ることに熱心ではなかったので、この他はたいした写真が残っていない。Google Mapを見ると白く霞んでいるものの、幸いにして高い倍率で見ることができるので、行った場所を端から並べてみる。

 1日目:大雁塔小雁塔
 2日目:興慶宮公園半坡遺址博物館碑林博物館清真大寺大明宮麟徳殿跡大明宮含元殿跡
 3日目:始皇帝陵秦兵馬俑博物館華清池

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