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2007年8月12日

(書評)モンゴルとイスラーム的中国

モンゴルとイスラーム的中国
---民族形成をたどる歴史人類学紀行---
楊海英 著
ISBN978-4-89489-116-6
風響社 2007.5


 本書は、中国(一部モンゴル国を含む)におけるモンゴル系のイスラム教徒を中心に扱ったもので、現地調査、インタビューの経過報告とその結果や収集された資料をもとにした解説よりなる。2部8章よりなり、第2、3章が既出の論文をベースとし、他は書き下ろしとのこと。

 第1部では、筆者の故郷でもあるオルドスおよびその西北のアラシャンを扱っていて、第2章で西北ムスリム大反乱と(イスラム教徒でない)モンゴル族、オルドスの状況について、第3章では主にアラシャン東部に暮すモンゴル系イスラム教徒であるホトン人について紹介している。ホトン人は中国55少数民族としては分類されておらず、本書ではモンゴル族として紹介している。

 そもそもとして、自分には西北ムスリム大反乱という言葉に馴染みがない。東洋史辞典(東京創元社)を引くと、回民起義の名前項立てしていて1860年代から70年代にかけて陝西、甘肅、雲南での反乱を挙げ、ついでヤクブ=ベクによる新疆での事件を紹介している。(この他に回民反乱、回教徒の反乱などと書かれたものもある)この内容から、本書でいう西北ムスリム大反乱とは回民起義の内、寧夏、甘肅、内モンゴルでの事件についてのものであることがわかる。ここらへんは、自分の守備範囲や認識の問題ではあるかもしれないが、寧夏などでの回族を含む近現代史の上で押さえておく必要のあるツボということなのかもしれない。

 第2部では、第4章で寧夏南部、第5から7章で甘肅と青海が接する黄河上流地域を扱っている。この中でイスラム教徒として、回族、モンゴル族、サラール(撒拉)族、保安族、東郷族、トゥー(土)族およびチベット族が登場し、彼らの現状や歴史が紹介されている。サラール族がトルコ系、保安族、東郷族、トゥー族がモンゴル系とされているが、来歴は単純ではないようで、同じ民族でも母語が異なる場合や歴史の中で母語が変わってきたことなどが紹介されている。とくに黄河上流部は彼らが入り交じって生活してきた歴史があり、彼らがいつどのような過程でイスラム教に改宗したのかも含め複雑なようである。


 本書は、内モンゴル西部から青海省にかけてという限られた地域で、しかもイスラム教徒が暮す場所としては最も東北に位置している地域のイスラム教徒という他にあまり類書の無い事例の紹介で、まずその点だけでも大変興味深い一冊。

 この地域におけるイスラム教徒の来歴として、西方でイスラム化したトルコ系の人々、あるいは色目人の東遷と母語のモンゴル化といった話が紹介されている。また、清朝時代における布教や巡礼にも触れられている。読後感として、核となった人々の移住はあったであろうが、18、19世紀に改宗した人々が多くを占めるのではないかという印象を受けたがどうだろう。

 また、筆者の批判的な視点もあって、中国における民族区分の問題点が浮き彫りにされている。現地調査そのままの内容でよりマクロな視点で見た場合にどうなるのかという問題は残るが、青海省における原爆実験場の問題、種々の歴史評価の問題などにも触れている。

 イスラム教という点では、聖者崇拝の対象で聖者の墓所であるゴンバイ、教団組織を意味する門宦などややローカルナイズを感じさせる。また、ごく近年までこの地域で拡大を続けてきた布教の実態、それに携わった人々の歴史など興味を惹かれる話は多い。

 なお彼らの歴史については、人々が語り継いできたものなどをそのまま紹介する形をとっている。その点他の資料などでどう裏付けられるのかという興味も出てくるが、本書では著者の姿勢として資料の紹介にとどめている。

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