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2007年9月 9日

(書評)生物と無生物のあいだ

講談社現代新書 1891
生物と無生物のあいだ
福岡伸一 著
ISBN:978-4-06-149891-4
講談社 2007.5


 本書は、生物とは何かというテーマを細胞生物学の研究史から解き明かそうとするエッセイである。専門家が書く理系らしい本だろうと予想して中はあまり見ずに買ったので、この“エッセイ”という点が意外だった。自分が読んだ講談社現代新書シリーズの自然科学系の中では極めて異色な一冊だった。

 書き下ろしではなく、講談社の月刊情報誌に一昨年から今年にかけて連載されたものを纏めたもの。筆者は現役の分子生物学者だそうだが、単に科学者が書いたエッセイというだけなら珍しくないが、ここまで文学性の強い文章は珍しいと思う。情景表現など大仰でも取って付けたようでもなく普通に小説のようだが、唐突に専門用語がちりばめられていて、主筋はあくまで生物学研究の進展についてであって、リアリティーはそれなりにある。

 内容としてはタイトルのとおりではあるが、これはやや文学的なタイトルでもう少し具体的には、「生物は無生物とは何が違うのか」といったところ。自己複製動的平衡が二つの柱となっている。前半がDNAとその二重螺旋の発見を巡る研究史そのものの物語で、後半はタンパク質を巡る研究から、筆者が関わった細胞内にある小胞体表面のタンパク質研究を巡る物語へと遷る。タンパク質の話でどう「動的平衡」なのかと振り返ると不自然に見えるが、その上でなにがどう平衡なのかという点はそれなりに語られていて、読んでいる最中ではさほど違和感は感じなかった。


 生物と無生物の違いということは、既に多くの人が語ってきたことであって目新しいものではない。その中でも自己複製という観点は珍しくないが、動的平衡という観点をこのテーマに持ち込んだことは自分的には新鮮だった。この点で著者の主張はっきりしているのだが、エッセイである分周りの物語が面白く中心がややぼやけてしまうのは仕方が無い。また、科学的な裏付けが必ずしも示されてはおらず、筆者の主張や判断が軽卒でないかどうかの判断は本書だけでは無理で、その意味でこの本だけではなにも結論が出ていないとも言える。参考文献の案内がないので読者の発展性という点でも難が残る。

 分子生物学あるいは細胞生物学の本としては、極めて読み易くまた十分に面白い内容であり、この分野の最初の一冊、あるいは軽く触れてみる一冊としては面白いと思う。自分的には、最後の方に出てくる特定の遺伝子の機能を欠落させたマウスの実験が、なぜうまくいかなかったのかというところが結論を含めかなり面白かった。ただ、その実験の主題であったタンパク質の役割が解明されたのかどうか語られておらず、本の主題とは必ずしも関係ないとはいえ最後まで語ってほしかった。


目次
第1章 ヨークアベニュー、66丁目、ニューヨーク
第2章 アンサング・ヒーロー
第3章 フォー・レター・ワード
第4章 シャルガフのパズル
第5章 サーファー・ゲッツ・ノーベルプライズ
第6章 ダークサイド・オブ・DNA
第7章 チャンスは、準備された心に降り立つ
第8章 原子が秩序を生み出すとき
第9章 動的平衡とは何か
第10章 タンパク質のかすかな口づけ
第11章 内部の内部は外部である
第12章 細胞膜のダイナミズム
第13章 膜にかたちを与えるもの
第14章 数・タイミング・ノックアウト
第15章 時間という名の解けない折り紙

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