« 1990年中国紀行 <トルファン> | トップページ | (書評)生物と無生物のあいだ »

2007年9月 6日

(書評)ティムール帝国支配層の研究

ティムール帝国支配層の研究
川口琢司 著
ISBN978-4-8329-6676-5
北海道大学出版会 2007.4

 予想以上に重厚な論文集で読破するのに大分エネルギーを使った。本書は、通史的なものではなく特定のテーマを設けて深く掘り下げる方向にあり、その中心はペルシャ語で書かれたティムール朝の宮廷年代記の分析にある。ここが本書の魅力のひとつでもある。

 序文によれば、本書が対象とした年代記は以下の5つとのこと。

 タージュッサルマーニーの『美の太陽』
 イスカンダルの無名氏の史書
 『ムイーン史選』
 ハーフェズ・アブルーの『歴史集成』
 シャラフッディーン・アリー・ヤズディーの史書

 これらは宮廷年代記とあるとおり比較的同時代に近い時代に纏められた歴史書である。例えば「イスカンダルの無名氏の史書」。著者不明だが、ティムールの孫イスカンダルに献上されたものとのこと。ティムールの孫といっても非主流のイスカンダルの名前を見てもピンとこない。彼は、ティムール朝3代目の王シャールフに反乱を起こして破れたが、この年代記はその彼を称揚する内容になっているという。

 本書には、この他にも「ヤズディーの史書」の一部をなすものと考えられているヤズディーの『勝利の書』、ヤズディーに先行するニザームッディーン・シャーミーの『勝利の書』、チンギス家とティムール家の系図集という『ムイッズルアンサーブ』も度々登場し、原文の雰囲気を残す訳が多く引用されている。


 そんな本書の扱う範囲は、第2章がティムール朝のほぼ全体を対象としている他は、ティムールからシャールフにかけての時代が中心になっている。しかし、テーマ設定的に時代順に追っていく形ではなく、各章のテーマや扱う年代記が中心にあり、その点で年代的にはかなり重複している。

 また、テーマの結果として多くの脇役に光を当てるようになっている。ティムール以下の歴代の王以外では、上にあげたイスカンダル、ティムールによって後継者に指名されたというムハンマド・スルターンとピール・ムハンマド、またシャールフに仕えたアミールの代表格としてのシャーマリクなどが登場する。自分にとってあまり馴染みのない、あるいは忘れてしまった名前ばかりで、この時代についてのイメージを作りなおす上でかなり有効な内容と思う。


 興味深かった部分を思い返してみるとなかなか魅力的な一書だったと思うのだが、ティムール朝を扱った専門書を読むのは久しぶりで、イメージがだいぶぼやけてしまった状況で読むのはかなり厳しくもあった。本書は個々のテーマが深く更に重複してもいるので、時代の流れはその分解り難くくもなる。

 ひとつ気になる点をあげると、本書は宮廷年代記を対象としているが、歴史書として同時代性が高いように見えるとはいえ、編纂資料であってその意味で二次資料である。著者はその点十分に承知の上と思うのだが、年代記の比較だけで断定的に書かれている部分が気になる。年代記の魅力は十分に伝わってくるのだが、この時代の一次資料というのはどうなっているのだろう。

 ただ、本書で利用されている内容もこれら年代記の一部にすぎず、その点でティムール朝の研究はまだこれからということのようだ。その意味では、これから研究がどの様に進展して次にどんな内容の本がでてくるか楽しみに待ちたいと思う。


 目次はについてはこちらを参照

|

« 1990年中国紀行 <トルファン> | トップページ | (書評)生物と無生物のあいだ »

中央ユーラシア史」カテゴリの記事

書評」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/162739/16366650

この記事へのトラックバック一覧です: (書評)ティムール帝国支配層の研究:

« 1990年中国紀行 <トルファン> | トップページ | (書評)生物と無生物のあいだ »