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2007年9月16日

長篠城

 先週の夏休み中、10日は朝から長篠城へ出かけた。最寄りの長篠城駅へは、飯田線の電車で湯谷温泉駅から15分、豊橋からだと1時間ほど。長篠城は、豊橋から電車で豊川沿いを登って行くと平野が尽きて山地に入る場所で、豊川に湯谷温泉の方から流れてくる宇連川が合流する場所にある。東三河の要地だったこの城は、戦国時代に三河の徳川と甲斐の武田の勢力の間にあって、壮絶な争奪の場となったのは知られているとおり。


(写真をクリックすると拡大した写真が開きます)
 城の二面は二つの川が作る深い谷がそのまま堀になっていて守りは固そうだが、武田軍が攻めた北側の平地はさほど広くなく、しかも近くに山が迫っている。実際に武田軍が陣を置いたとされる山々で、けして広く無い城地をいくら深い堀で囲ったところで、見下ろされる山がごく近くにあるというのは守り難いものだったと想像する。


 写真は、今も残る本丸を囲った堀と土塁の跡。430年の時を経てなお立派に残る堀と土塁だが、それでも良く落城しなかったと考えるか、それだけ攻城戦が大変だと考えるべきか。二の丸には長篠城址史跡保存館がある。


 こちらは、城の北1kmのところにある医王寺の裏山にある陣城の跡。資料には武田勝頼が陣を置いたところとあり、3つの郭からなる立派な縄張りが今も残っている。写真左端に写っているのは復元された櫓。地図を見ると長篠城とは70m程の標高差があり、当時は城内の様子が良く見えたのではないかと思うが、今は木々が茂っていて見通しは効かない。


(写真をクリックすると案内板の拡大写真が開きます)
 こちらは、医王寺の陣城よりも長篠城に近い天神山。今は、三河の守護だった一色氏縁の神社になっている。案内板によれば、武田が攻めた際は真田信綱や土屋昌次が陣を置いたとのこと。


 保存館で購入した地図によれば、長篠城周辺から設楽原の戦場跡にかけて、各武将が陣を置いたとされる場所や多くの武将に関わる墓や碑があるとのこと。長篠城跡を見て回った後、半日をかけて時間が許す限り見て回る予定でいたのだが、時間が経つにつれて雲行きが怪しくなり小雨をついて設楽原歴史資料館へ逃げ込んだ後大雨となってしまった。


 これは唯一回ることができた、長篠城跡近くにある馬場信房の殿戦忠死之碑。右の細いのが墓とされる。「殿戦忠死」とは、武田軍が設楽原から撤退する際に信房が最後尾を守って討ち死にを遂げたことに因む。実際に信房最期の地はここではなく、豊川を少し上流へ行った所であるという。

 設楽原を見て回れなかったのは少し心残り。長篠城の南の対岸から設楽原の北にかけては第二東名高速道路の通過予定地になっていて、数年後には工事が始まると思われる。古戦場の東に新城インターができ、織田信長の本陣跡とされる茶臼山の北を回って山の西にはパーキングエリアができるとのこと。長篠城跡と古戦場の中心を苦心して避けた線形のようにも見えるものの、工事が始まれば雰囲気が大きく変わると思われる。

 湯谷温泉の適度に鄙びた雰囲気も良かったので、古戦場を再度回ることを含めて、工事が始まるまでに最訪を考えねばなるまい。


長篠城跡

拡大地図を表示

医王寺武田勝頼陣城跡天神山陣地跡馬場信房殿戦忠死之碑(Google Map)


<収集資料>

ガイド
長篠の戦い
戦いの概要と見学案内
 長篠城址史跡保存館

 

東三河の史跡めぐり
---戦国時代・長篠 設楽原の戦い---
 鈴木健 著

 

設楽原歴史資料館 研究紀要 第7号
  陣城はあったか---設楽原からの報告---
    設楽原陣城研究会
  設楽原レポート
   長篠・設楽原の戦い 松山越の踏査
    熊谷昇吾
  設楽原報告
   設楽原の検証---七つの疑問と七つの謎
    小林芳春
  ルックイン設楽原歴史資料館
 新城市設楽原歴史資料館

長篠の戦い史跡案内図
 鳳来町立長篠城址史跡保存館

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長篠城本丸跡に行った。 日本百名城に選ばれている長篠城。 だが建物は何一つ残っていない…。 本丸跡の芝生が広がっているだけだ。 本丸跡からは英雄鳥居強右衛門の磔があった場所が見える。 ここで多くの城兵が涙を流したのだろう。{/namida/} ... [続きを読む]

受信: 2007年10月14日 08時47分

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