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2007年10月14日

(書評)NHK問題

ちくま新書 635
NHK問題
武田徹 著
ISBN978-4-480-06336-6
筑摩書房 2006.12

 NHK問題とのタイトルだが、本書はどちらかというと放送における公共性、あるいは公共放送とはなにかを問う一冊である。受信料支払い拒否などNHK批判が噴出した後の出版なので、もう少し先鋭的に批判的な言葉が並ぶと思っていた。島、海老沢といった元会長を対象とした批判が見られるなど、そういう部分もあることはあるが、思いのほか普通の内容だった。

 NHKあるいは放送における公共性を問うにあたって、本書では過去の事例にそのヒントを求めている。第1章で戦前ラジオ放送時代のラジオ体操について、2章で敗戦直後にGHQ影響下でつくられ数年で廃止された電波監理委員会について、3章で1950年代に活躍した三木鶏郎を巡る出来事についてという具合。4章は放送技術の変遷についてのもので、テレビ放送が始まるにあたっての規格の問題から最近のハイビジョン、デジタル放送まで言及している。これらはNHKの歴史という意味が断片的にはあるが、それぞれのトピックスを深く掘り下げる中で公共性を考えていくことが中心となっている。

 その上で筆者のNHKについての公共放送論の肝は5章の終わりにあり、大雑把に言えば放送の公共性はNHKが単独で担うものではなく、放送全体によって成り立つとする。その基盤として受信料も否定していないが、経営陣がNHKを私物化し、公共放送であることと国営あるいは公営放送であることの違いが分かっていないことを批判している。


 自分的にはNHKに関心と不満があるとはいえ、NHK論や放送の歴史といった分野は未踏であって、その意味で断片的ではるものの初めて知る話が多く興味深く読めた。なかでもに電波監理委員会を巡る問題や、NHKエンタープライズが1982年の放送法改正によってNHKが営利事業への出資が認められてから設立されたものであったことなどは、とくに面白い部分だった。

 今のNHKをどう見るかについては、技術に走って公共放送になり損ねたとする点には共感できる。自分は、カメラや映像処理などのデジタル技術ばかりが進歩して、番組の取材力、編集力とアナウンサーの質はむしろ落ちていると評価していてその事が強い不満である。中途半端なバラエティー番組の存在など民放にもなり損ねているとも感じている。どう転んでも中途半端である。


 筆者は6章でより一般的な公共放送論を展開し、デジタル放送からインターネットまで言及した上で、ジャーナリズムと真の公共放送の必要性を述べている。現時点ではそれは正しいと思うのだが、民放を含めてもたかだか5、6社がそれを担っていくというのはどうなのだろう。今日時点でMacで動画ニュースが見られるのは、TBS日経ロイターの3つだけか。他にwindows限定がいくつかある。この種のサイトが増えて、さらに大型特集も見られるようになればテレビはもういらなくなるが。

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