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2008年1月 2日

1990年中国紀行 <三峡下り>

 ミャンマー国境の街瑞麗を離れた後、大理、昆明と回って、当時はまだ四川省第二の街だった重慶へと移動した。先日のブログでも触れた三峡を下るのが目的だった。重慶には3日滞在したて街を少し歩いた。今まで食べたものの中で一番辛かった火鍋と安くて美味しいみかんが妙に記憶に残っている。

 三峡は、長江の中流、重慶市奉節から湖北省宜昌の間にある渓谷、瞿塘峡、巫峡、西陵峡のこと。その雄大な景観が長江下りのハイライトとなる。実際に下ってみて広くて高い峡谷の眺めは大陸的で期待を裏切らないものだった。私が長江を下ったのは1990年12月2日から5日のこと。改めて日付を書いたのは、既に三峡ダムが完成してダム湖が重慶市にまで広がり、Google Mapを見ただけでも大きく変わってしまったのが解るから。現地で見る三峡の風景はどのくらい変わっただろう。

 重慶から長江を下る時には、専用の観光船を利用するのが普通と思うのだが、途中の奉節に滞在して三国志関係の名所のひとつ、白帝廟をゆっくりと見て回るため一般の旅客船を利用した。重慶を早朝に出る船には、前夜から乗り込むことができた。奉節まで丸一日、24時間ほどかかり朝まだ暗い内に到着した。奉節から宜昌までは12時間ほどだったが、奉節を出たのが昼過ぎだったために宜昌への到着が深夜となり、今度は船内泊の後に下船した。宜昌入港直前に葛洲ダムの閘門を下がるところも見所だった。


 奉節の街から5kmほど下流、長江河崖の上に立つ白帝廟の門。劉備がここで亡くなったということだが、どのような城があったのだろう。


 白帝廟内に展示されているのが、床に伏せて死期が迫った劉備と取り巻きの人々を再現した塑像。中央奥に劉備、その左に諸葛亮、右に立つのが趙雲、さらに右に李厳。手前の二人は劉備の子供。


 船上からの瞿塘峡の眺め。正確な場所は不明。


 暮れなずむ三峡。時間的に巫峡と思われる。

 <Google Map>
 奉節白帝廟瞿塘峡巫峡西陵峡三峡ダム宜昌と葛洲ダム

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