« 神戸遠征 | トップページ | (書評)地域主権型道州制 »

2008年2月24日

(書評)モンゴル帝国と長いその後

興亡の世界史09
モンゴル帝国と長いその後
杉山正明 著
ISBN978-4-06-280709-8
講談社 2008.2
目次は、本書タイトルのリンク先を参照

 著者のものとしては、疾駆する草原の征服者(講談社)以来、2年半ぶりの新刊。モンゴル帝国の存在を世界史上における画期と捉え、その意義と後の歴史の流れを解き明かそうとするもの。通史的な要素も部分的にはあるものの、歴史観の解説が中心をなす。

 モンゴル帝国以後を概観しながら歴史の役割を問う序章に始まり、以下のような7の章よりなる。ユーラシアという舞台と歴史における遊牧民を解説した1章。14世紀初めにフレグ・ウルスで編纂された「人類史上最初の世界史」であるという集史と、ベースになる情報がモンゴル帝国時代に深く関わるという2つの世界地図を採り上げた2章。チンギス・カンについての3章。バトゥの西征についての4章。フレグの西征とフレグ・ウルスについての5章。モンゴル帝国時代の東西交流の話として、フランスの聖王ルイとサウマー使節団を紹介した6章。モンゴル帝国以後のいくつかの継承国家を「婿どの」の国として解説した7章。さらに終章として、現代に繋がる流れとして、筆者が「最後の遊牧帝国」とするドゥッラーニー朝から現在に至るアフガニスタンを取り上げている。

 1章は、筆者がこれまでいくつかの著書の中で書いてきた「遊牧民」「モンゴル以後」「世界史を見直す」というような視点について纏め直したもので、2章以下も「モンゴル帝国と世界史」というテーマが一貫しているが、既刊書と異なる視点が提起されていて興味深い内容だった。ただし、個々の話題は必ずしも新しいものではなく、わりと新しい先行書として、2章の世界地図について筆者が関わっているモンゴル帝国が生んだ世界図(日本経済新聞社)、7章の「婿どの」という点では川口琢司氏のティムール帝国支配層の研究(北海道大学出版会)などを挙げることができる。

 5章のサウマー使節団とは、内モンゴルに本拠を持つオングトの一族のラッバン・サウマーが長を務めた使節のことで、フレグ・ウルスから派遣されてローマからパリまで旅しているとのこと。さらに彼の弟子で同族でもあり、バグダードでキリスト教ネストリウス派法主ヤバラーハー3世となったというマルクが紹介されている。これは、自分には全く未知の話題だったが、この二人の存在自体が大変興味深い。修史官ちょくさんのHP修史官ちょくのアストロラーベ読書日記集によれば、著者が監修したチンギス・カンとモンゴル帝国(創元社)で二人について触れているとのこと。また、本書参考文献にサウマー使節団の記録の邦訳「元主忽必烈が欧洲に派遣したる景教僧の旅行誌」(春秋社松柏館)が紹介されている。調べてみると古本に出物があったので早速取り寄せてみたが、戦前のもので自分の手に負えるかどうか。


 従来から著者が書いてきた西洋中心、あるいは中国史という枠組みから脱し、モンゴル帝国の存在を肯定して世界史観を見直そうという姿勢は、本書でも変わることがない。大筋においては、興味深い話であり反論があるわけではない。より新しい世界史観を積み上げていく上で、このような姿勢を強調することも必要だったと思うが、いくつもある世界史観の中の一つと位置付け直して、より広汎な理解が得られる方向へ切り直してもよいのではないか。遊牧民から見た世界史(日本経済新聞社、文庫版として同社より再刊)が世に出てから10年、そろそろ違う展開を期待したいと一面的には思う。

 本書の具体的な部分という点では、モンゴル帝国の影響をどう評価するかについて。帝国解体にともなう14世紀末以降の「衰退」という問題(あるいは本当に衰退したのか)、また、ロシア、ムガール、清などが実際の政治史の面でモンゴルとの繋がりにどれくらいの意義があるのかなど、本書の中で筆者が肯定的に書いていた点は、まだまだこれから検証されていくことではないかと自分には思える。

 より細かい内容について。検証という点では、扱う世界があまりに広く、資料という点でも集史をはじめ一般には活用し難いものも多く、手に追いかねるというのが正直なところ。ただあまり根拠無く肯定されているところも見受けられる点、一歩下がって見ざるを得ない。例えば、バトゥの西征とフレグの西征について、途中で中断された事について後者の方が影響が大きい旨書かれている。自分には面白いと思える内容なのだが、断定できるほどなのかという疑問は残る。


 従来の常識に挑戦するという方向性があるため、読む立場によりかなり面白く読める内容であると思う。また自分のように遊牧民やモンゴルの歴史に興味がある者に新しい材料や視座を提供し続けており、本書もその期待に応えてくれた一冊である。細部については上に書いたように微妙なところがあるものの、ほかの本で触れられていない内容を含んでいて興味深いことは確かである。

 西洋中心史観に挑むあまりに、各所に他の歴史観を批判する文言が散見されるのもこれまでと同じ。ただいくつかの面でそれが邪魔に見えるので、それを抜きにした解説書があっても良いのでないか。そういう期待もしてしまうが、本書で大きく取り上げられた集史に邦訳が無いという、モンゴルの時代を理解する上での大きなマイナス解消にむけて、予てからの取り組みが前進することを切に期待したい。


 シリーズ次回配本は、12巻「インカとスペイン 帝国の交錯」、5月下旬予定とのこと。

|

« 神戸遠征 | トップページ | (書評)地域主権型道州制 »

中央ユーラシア史」カテゴリの記事

書評」カテゴリの記事

コメント

 わーい、オングトだぁ~。沙陀雁門の後裔(自称)だぁ~い。(←つられ)
 その「元主忽必烈が欧洲に派遣したる景教僧の旅行誌」っていうのは一度みたいと思ってて見たことなかったんですが、最近読んだ、佐口透著『モンゴル帝国と西洋』(昭和45年平凡社)に、西欧旅行のことが結構詳しく載ってて、あーもうこんな昔に懇切丁寧に解説されてるじゃん、これでいいや、と思ったものです。
 オロンスムがらみで、江上波夫氏にもモンテ・コルヴィノと関連づけてサウマらの解説はあったんですが、それより詳しくて良かったです。
 そんで、それに付け足すような新情報があるんなら見たいです(そこだけでいいや)。

 てか、わしら平民に『集史』が読める状態にしようともしないで、あんたたちのものの見方は間違ってる、とか言われてもねぇ。いやいや、誰のせいよ? って話じゃないっすか。
 良い『集史』の翻訳のあるロシア産「モンゴル」と、ない日本産「蒼き狼 地果て海尽きるまで」の差って、角川春樹の罪ばかりじゃないんじゃないの。

投稿: 雪豹 | 2008年2月25日 01時50分

やっぱし、佐口先生の本に出てくるのか。持ってないんですよ。最近もどこかの参考文献で目にして(この本にもあるけど)、今でも使えそうだなあと思わされたんですが、・・・ということで注文注文。
オロンスム関係でも情報あるんじゃないかと思ったんですが、その江上先生のはどの本?
チンギス・カンとモンゴル帝国も読むべきかどうか思案中。

>そんで、それに付け足すような新情報があるんなら見たいです。
あ、というわけで、自分で確認してください(笑

その反町ハンと浅野ハンの差・・・という例えいいなあ。しばらく使えそう。Google Newsでモンゴル検索すると毎日出て来るんだけど、巷ではそんなに話題なの?

投稿: 武藤 臼 | 2008年2月25日 06時34分

>やっぱし、佐口先生の本に出てくるのか。

ドーソンの『モンゴル帝国史』の解説か後書きで、
「ドーソンを書き直すことになってしまう」からあんまりあれもこれも訂正しなかった、というようなことが書かれていたような気がするんですが、その辺のもどかしさはこれだったのかー、なるほど~、という感じですね。で、〆が「この続きは『ロシアとアジア草原』で!」みたいな(笑)。

>オロンスム関係でも情報あるんじゃないかと思ったんですが、その江上先生のはどの本?

私の読んだのは、江上波夫著『モンゴル帝国とキリスト教』(2000年5月サンパウロ)の中の「イタリア人モンテ・コルヴィノによるローマ・キリスト教会の東方宣教とその動機」っていうのですが、全集にも入ってる過去の論文の中からオロンスム関係を抜き出して写真をたくさん載せて1冊に編集し直した本みたいです。
他のにも入ってるかもしれません。

>浅野ハン

話題なんですかねぇ? 自分の中では話題になってますが(笑)。他に明るい話題がないからかも?
でもまー受賞はできなかったけど、アカデミー賞の外国語映画賞にノミネートされたってだけでもすごいという話ですよ~。

投稿: 雪豹 | 2008年2月26日 00時27分

>〆が「この続きは『ロシアとアジア草原』で!」みたいな(笑)。

あ、そうなんだ。順番は逆になるけど、近々届くはずなので楽しみにしときます。

江上先生の本までは、手でないなあ。。。面白そうなんだけど(^^;

>話題なんですかねぇ? 

話題なんじゃないですか?
Google Newsの「モンゴル」の項目に毎日新しいニュースが入るのは珍しいし、今なんて3つとも映画ネタだし。
あ、落ちたんだ、今知った(笑

投稿: 武藤 臼 | 2008年2月26日 01時29分

立ち読みでしたが、見ました。
一言で言うなら「長いその後」だけで一冊にして欲しかったなぁというところでしょうか。
タイトルからはモンゴル帝国後の草原世界がたっぷりと出てくる印象があったので、余計そう感じたのかも知れません・・・

投稿: 蒸しぱん | 2008年2月28日 01時14分

確かに、その後がもっと重いんじゃないかとは思いましたね。
開いてみたら、あるいみ普通のモンゴルものでしたね。
20世紀初頭までというのが、前書きのノリでしたから、
「つい最近までモンゴルの残光が!」
・・・という意味だったわけですね(^^;

投稿: 武藤 臼 | 2008年2月28日 22時41分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/162739/40250965

この記事へのトラックバック一覧です: (書評)モンゴル帝国と長いその後:

» モンゴル帝国と長いその後 [宣和堂遺事]
 昨日は幇会で深酒しました。今日は結局、入れていた予定をキャンセルして静岡に帰って寝込んでました…。いつもの如く、参加された方は無... [続きを読む]

受信: 2008年3月 3日 02時00分

« 神戸遠征 | トップページ | (書評)地域主権型道州制 »