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2008年2月13日

(書評)多民族混住地域における民族意識の再創造

多民族混住地域における民族意識の再創造
---モンゴル族と漢族の族際婚姻に関する社会学的研究---
温都日娜 著
ISBN978-4-87440-989-3
渓水社 2007.10
(目次は上記リンクを参照)

 本書は、前書きによれば

 島根県立大学の北東アジア研究科の第1号博士論文
とのこと。内モンゴル出身である筆者が、故郷周辺に設定した調査地での資料収集、アンケート、インタビューをもとにした論文で、モンゴル族と漢族の間の結婚、本書が言うところの族際婚姻について分析、検討したもの。

 内モンゴル自治区東南部の赤峰市は、本書によれば人口447万人(モンゴル族82万人、漢族349万人)で、1983年にジョーオド盟から市へと変更になっている。筆者が設定した調査地は、その中の本来の赤峰の中心地である紅山区(人口31万人)、巴林右旗の中心地大板鎮(6万人)、敖漢旗西部の薩力巴郷(2万人)、阿魯科爾沁旗の北部で大興安嶺の丘陵にかかる巴音温(彦)都爾ソム(9千人)の4か所。赤峰市は、民族の人口割合や生業形態の分布などに内モンゴル全体に似た傾向があるとのこと。この4か所は、その中でも中心的な大型都市、半農半牧地の小都市、農耕中心の村、牧畜中心の村で、

 赤峰市並びに内モンゴル自治区の特徴を代表している(27頁)
とのこと。

 筆者は、この4地域で有効回答884人分のアンケート、83人へのインタビューに加えて、1995年から2004年にかけての3万組(内族際婚姻約7千組)におよぶ婚姻登録書の集計を行った。この結果に基づいて本書2章から7章で、族際婚姻の地域・民族差と推移、文化的背景、政策的背景、意識的背景、家族文化と親族関係の変化、民族構成の多様化と民族意識の変化というテーマを設定している。

 分析によれば、4つの地域には族際婚姻と各民族内婚姻の割合や推移に顕著な違いがあり、言葉、祭祀などのほか国の政策の結果などの背景が説明されている。その上で、最終章で民族意識の再創造という問題を検討している。その中では、新たな民族意識の基本的要素として、血縁関係による血統的民族、国の法律に基づく法的民族、言葉などの文化的な特徴による文化的民族、社会の中でイメージ化された社会的民族の4種を想定し、その意味や相互関係を検討して本論を終えている。


 本書は、以上のように概説書の類では無く、文化人類学的な現地調査に基づくかなり生に近い論文である。1995年から2004年という中国が大きく変化した時代の中で、少子化や少数民族優遇といった政策がどのように影響したのかを、具体的な事例として紹介している。それは漢族からモンゴル族への民族変更、族際婚姻後の子供のモンゴル族選択、民族構成比の変化といった形で明瞭に現れている。

 特に民族変更という点では、親族にモンゴル族と結婚した人がいるだけでモンゴル的な要素がなくてもモンゴル族に変更した人、モンゴル族との付き合いが長く血統的に漢族でありながら文化的にほとんどモンゴル的な人、あるいはその逆など興味深い事例が紹介されている。少数民族優遇策が、かつて何らかの理由で漢族を名乗った人のモンゴル族復帰以外に、最初の事例のような法的にだけのモンゴル族をも増やしたとすれば、相対的にモンゴル的な文化を薄めたという皮肉を見ることも可能かもしれない。


 本書は、アンケート部分を除いても300頁近い厚みがあるものの、検討事項が多岐にわたることもあり各論の深さという点では物足りなさが残る。また、アンケートを用いた分析で分母がそれなりに大きいものの、地域別、民族別のほかに年代別や性別とかなり細分化がなされ、それによる傾向判断が妥当なのかという疑問が残るなど、数値的な分析には再考の余地も見られる。しかしながら、地道なフィールドワークによって大きな情報を収集しているので、さらに深い分析が可能ではないかと思う。なによりも、民族混住という状況での具体的な実態を映す話はとても興味深く、より深く掘り下げた続報を期待したい。


<Google Map>
紅山区(赤峰駅周辺)、巴林右旗大板鎮、敖漢旗薩力巴郷、阿魯科爾沁旗巴音温都爾ソム

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