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2008年2月16日

(書評)カナート イランの地下水路

カナート イランの地下水路
岡崎 正孝 著
ISBN978-4-8460-0171-1
論創社 1988.11

 私のように中央アジアの歴史に中国側から入った者には、カナートというよりカレーズと言った方が通りが良い。本書によれば、カーリーズ(カレーズ)は、一説にペルシャ語の掘るが語源であるという。TVなどでも何度も紹介されているので、カレーズがどんなものかはだいたい知っている。自分はまだ見ていないが、中国のトルファンに行けば現役のカレーズを見ることもできる。ではカレーズ、本書に合わせてればカナートは、どうやって造るのか、どの位の費用がかかり、いつ頃からあってどこにあるのか、本書はその事を教えてくれる。

 本書は、タイトルにあるとおりイランのカナートを紹介するものであるが、それに留まらずにカナートの起源や広がり、イランの水利についての社会、歴史までを扱っている。カレーズというと、山麓にある地下水を地下水路によって利用する灌漑用水路と覚えているが、本書によれば河川水を導水する暗渠のこともカナートというとのこと。カナートの語源には、アッカド語、ヘブライ語、アラビア語などの諸説があるという。また、起源の点では少なくとも古代アッシリアの時代まで遡るという。広がりとしては、可能性ということも含めて東は日本から西はメキシコまで類似のものが有る、あるいはかつて有ったとのこと。日本の事例は全く知らなかった。これは是非現地へ見に行かなければならない。

 カナートの技術論では、11世紀に遡るというキャラジーの書いた実用書水書と筆者の現地調査に基づいて、水源の探し方から、測量のやり方、穴の掘り方など具体的な解説が並び、必要な人員から経費、期間も紹介されている。長さが数キロメートルから場所によっては数十キロメートルに及ぶカナートの建設費は莫大で、数年がかりの大事業だった。また、巣掘りのトンネルは崩れ易く、維持にも大きな費用が必要になるとのこと。

 このようなカナートは、イランの東半のように灌漑なくして農業が成り立たない土地では、社会的にも重要な存在だった。一つの村の興廃はカナートと共にある時があり、ボネという独特の制度を生んだとのこと。また、農民はカナートの興廃に合わせて移動する遊民だったともいう。


 本書には、ペルシャ語などの文献と多くの研究を引きながら、筆者による現地調査の成果が盛り込まれている。上に書いたようにカナートそのものの話に留まらず、イランにおける灌漑農業にかかわる歴史、政治、経済、社会までを解説するもので、見た目の厚さよりも豊富な内容を含む。具体的な事例が多く紹介されているが、読後感としてはそれほど詰め込みという感じもなく、興味深く読む事ができた。カレーズ、カナートについてこれほど纏まっていて読み易い解説書は、他にまだ見た事が無い。私の疑問に答えてくれる以上に面白いお薦めの一冊である。


<目次>
序章 イランの水文化
 第1節 水の民俗学
 第2節 イラン人と水

第1章 沙漠とカナート---沙漠開発の主役・カナート
 第1節 水に支えられた文明
 第2節 沙漠とカナート
 第3節 カナートの語源と起源
 第4節 カナート技術の伝播

第2章 カナート技術と文化---キャラジーの水書『地中に潜在する水の開発』を中心に
 第1節 11世紀の水書---『地中に潜在する水の開発』について
 第2節 地下水の探査
 第3節 測量法
 第4節 カナートの作業工程
 第5節 カナート掘り職人---カナート掘りの労働組織
 第6節 カナート浚い---ラールービー
 第7節 カナートの工期と工費
 第8節 カナートの法制

第3章 水の論理と土地制度
 第1節 伝統的用水配分
 第2節 ターレババードとボネ制
 第3節 地主的論理とボネ制

第4章 カナートとイラン社会の構造
 第1節 カナートの脆弱性
 第2節 農民の「遊牧」的性格
 第3節 カナートと小権力
 第4節 水と政治

第5章 水利開発の思想と歴史
 第1節 王権思想と水利
 第2節 水利開発の担い手


<参考>
 鈴鹿山脈東麓のマンボについて(三重県立図書館)、愛知県の事例紹介

<Google Map>
各地で見つけたカナート列
イラン テヘラン郊外ケルマーン郊外バムマシュハド郊外
アフガニスタン カンダハル郊外
パキスタン クエッタ
アルジェリア アドラル
モロッコ マラケシ

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コメント

始めまして、ヘムレンと申します。

9月中旬より10日間ほどの予定でイラン行きを準備しております。その中で、ずっと関心をもっているカナートをテヘランで見たいと思っております。岡崎さんの本は私も読み、非常に興味を覚えました。その書評を追いかけているうちに、こちらのサイトにたどり着きました。

私自身はアルジェリアでいくつかのカナートを実際に見学した経験がありますが、カナート発祥の地であるイランのカナートをぜひ見てみたいと思っています。岡崎さんの本にあるテヘラン郊外のターレババードに興味があり、ぜひ行って見たいと思っています。

岡崎さんの書評のページの下のほうで、<Google Map>各地で見つけたカナート列というコーナーがあり、Google Earthへのリンクを張られており、そのいくつかを拝見しました。綺麗なカナートがフィーチャーされており、興味深く拝見いたしましたが、この出典はどちらでしょうか。また「テヘラン郊外」というのがありますが、これは「ターレババード」と同一のものでしょうか、あるいは別のものでしょうか。

投稿: ヘムレン | 2010年8月20日 17時01分

ヘムレンさん
コメントありがとうございます

世界を歩いておられるようですね。
素敵な写真を見ているとテヘランのスークあたりを散歩していた時の記憶が蘇り、旅の虫が疼きます^^;

「各地で見つけたカナート列」は、ネット上で探した情報を手がかりにに、GoogleMapを目視して私が探し当てたものです。
特になにか特定の出典はありません。

「テヘラン郊外」は「ターレババード」と当たりをつけて載せたものではなくて、テヘランの回りを探していたら見つけたという場所です。

改めてGoogleMapで「ターレババード」を探してみましたが、残念ながらここ・・・という場所にまでは行き当たりませんでした。


私がテヘランへ行ったのはもう15年も昔のことです。
もう随分変わっているでしょうねぇ。
良い旅になることを祈っています。

投稿: 武藤 臼 | 2010年8月20日 21時57分

武藤臼さま

ご丁寧にコメントをいただきまして、ありがとうございます。参考になりました。

現在、ターレババードの場所を解明すべく、岡崎さんがオリエント学会に書かれた論文を入手しつつあります。方向的にはテヘランの南東、こちらの「テヘラン郊外」とカナートと近い場所のようでもあります(まだ詳しくみていませんが)。なんとたどり着けるとよいのですが。

ありがとうございました。

投稿: ヘムレン | 2010年8月22日 17時40分

ヘムレンさん
こんばんわ

GoogleMapを見てみると、テヘラン南郊外に他にもカナートが幾筋か見つかります。
距離的にもそれなりの場所ですが、残念ながらネット上の情報から一点に確定するのは困難でした。

無事みつかると良いですね^^

投稿: 武藤 臼 | 2010年8月22日 23時12分

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