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2008年3月29日

桜と民族

 これは、先日の今年も春が来たへ頂いた巫俊さんのコメントへの返事です。今の自分の考え方として少し纏まった文章になったので、別途アップしました。


自分の所属

 自分自身のアイデンティティーという点では、ややステレオ的な「やっぱ日本人だな」と思うことは意外と?あります。ただ、基本的には無所属、あるいは多所属だと考えています。理由はいろいろとありますが、ひとつには気侭な一人暮らしで地域との関わりが希薄だからです。自分にも故郷はあるし「ふるさと」だなぁとも思います。それでも自分は、「地球・アジア・日本・京都に住んでいる者」あるいは、いくつかの土地にかつて暮らしてきた者で構わないと思っています。まあ特殊なんでしょうね。

 民族なんて無い・・・といい切る気はないし、できもしません。ただあまりに曖昧。それでいて「民族」を根拠にすると、何でも説明できたように見えてしまって胡散臭い。だから、自分は極力それで判断、評価したくないし、使いたくもない。先のチベット暴動の中の蒸しぱんさんのコメントにありましたが、民族は相対関係で作られ得るものです。この事件について、この点はかなり実感しています。

 自分の帰属をどう考えるかというと、◯◯である者・・・というのが、自分の答えです。◯◯で暮す者、◯◯で働く者。「で」が入るのは、帰属性は適当でいいじゃないか、という自分の感覚です。


桜と民族

 桜と日本人という文脈は自分にも理解できます。でも私の場合、花は文化である前に植物、花は花以上でも以下でもない。趣味としては、染井吉野の淡い桃色よりも枝垂桜の濃いピンクの方が好きです。それにこれからの季節は、毎年のこととして花以上に若葉の芽吹きの色合いを楽しみます。地理的な意味で、日本ていろんな色が楽しめて楽しいなぁと思います。文化といわれれば、自分のこれまでの中で影響も受けて考えて作ってきた自分の文化です。ただその影響は、日本文化と言われるものの中には限定されませんが。

 だから、「中国の文人の画は本当に素晴らしい」という言葉には、「徽宗の絵は素晴らしい」でいいじゃないかという言い方にもなります。文化という言葉で評価をすれば、中国という大陸(漢族という民族・・・とは言わない)で営々として築かれてきたモノの影響は、もちろん小さくないわけです。でも、文化系統的な影響を考えるのは、三の次か四の次、それよりも風土を想像します。

 坊主が憎ければ袈裟まで憎くなる・・・という感覚は自分も持っているし、よくぶつかります。でもそれって、不毛で不幸な要素が多いから、だからこそ脱っすべきものと考えます。


漢族

 中国を何度か歩いて感じたことですが、漢族といわれる人々は実に多様です。内モンゴルや山西の人達は、服を着替えれば隣に住んでいても驚かないなと思うし、自分には広東の人達をベトナム人と見分ける自信はないです。上海料理と四川料理は相当に味付けが違いますし、普通話が普及するまで、上海人と広東人と北京人に通訳が必要と言われたのもよく知られた話。これほど多様な人々をひとくくりにしていることの方に違和感を感じます。
 


 民族という言葉は、「近代国家」と同じ程度に現代の言葉です。民族という言葉が広がる前には、人々の帰属意識は地域、血縁、伝説、姿形、宗教や様々な集団など多様だったし、今も結構多様です。なので、歴史を語る上では「民族」を使う例はよく見られますが、それを使うだけで説明できたように思ってはいけないのです。まして、チンギス・ハンの時代には、モンゴル民族は本当に存在しなかったのですから。

 自分の感覚は特殊なんだろうなと思います。それは、自分がそうなりたいと思ったからで、世界史を学ぶ理由のひとつで、旅に出る理由のひとつでもあります。

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