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2008年3月29日

信長時代の二条御所

 まだ訪ねた事がない織田信長関係の史跡を訪ねに出かけた。今日の目的地は二条御所。信長が築いた二条御所は2つある。ひとつは、室町幕府最後の将軍足利義昭のために築いたもの。もうひとつは、信長自身のために築かれ、後に正親町天皇の子、誠仁親王に譲られたもので、御新造とも呼ばれている。

 鴨川沿いを北へ向かう。日差しはだいぶ強いのだが、空気はまだ冷たい。それでも土手は春らしくて様々な色に染まっている。桜の開き具合は場所によってまちまちだが、七分くらいの木も結構あった。


 七分咲きほどになった紅枝垂。写真で見ると印象以上に紅く見える。鴨川沿いの枝垂桜は、毎年のことながら開花の早さは場所によって随分と違う。満開に見える木がある一方でまだ一分二分というのもある。


 紅枝垂の近く、山吹色の花が鮮やかな朝鮮連翹(ちょうせんれんぎょう)。紅枝垂の紅も良いが、この山吹色もお気に入り。


 こちらも鴨川の土手。若葉が芽吹き始めたいろは楓。若葉が開いたばかりで、淡い緑色の葉と赤い芽鱗や花の蕾が混じって独特の色合いを見せる。


 さて、ここからが本題。御新造は、資料によれば今の御池通と烏丸通の交差点の北西側とのこと。現地にとくに何か残っているわけではないようで、今はマンガミュージアムなどが建っている。


 御新造跡とされる場所の西側にある二条殿御池跡の石碑。通りを挟んだ西側が、信長もひと頃宿所として使っていたという妙覚寺跡。本能寺の変の際には、信長の跡継ぎ信忠が宿泊していて、明智光秀の侵攻により御新造に移ったとのこと。本能寺に続いてこちらも明智軍に包囲され、攻防戦の末に信忠はここで果てた。

 御新造跡から北へ上る。丸太町通を越えた先、烏丸通を跨ぐ京都御苑南西部分とその西側一帯が義昭の二条御所跡とのこと。


 平安女学院の北東隅に建つ旧二條城跡の石碑と案内板。ここも、何か痕跡が見られるわけではない。


 日が傾き出すと、空気の冷たさが身に染みる。桜や木蓮が咲いた御苑は、それでも散策を続ける人が多く残っていた。


<Google Map>
二条殿御池跡石碑旧二條城跡石碑

<参考>
京都時代MAP 安土桃山編(新創社)

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旅行・地域」カテゴリの記事

コメント

 こんばんは、↑の名前でははじめてですが、ご無沙汰しています。その後お変わりありませんでしょうか?

 ところで、記事にある二条御所ですが、大学の帰りに何度か立ち寄ったことがありますよ。初めて発見したときは、「あれ、なんでこんな所に二条城って書かれた石碑があるんやろう?」と思いましたけど、よくよく調べてみると、色んな変遷を辿って今の二条城が築城されたことに気付きました。そういう意味では、かなり勉強させられましたよ。

 そんな京都での大学院生活ですが、今日をもってピリオドを打ちました。つまり、単位取得による満期退学をしたのです。思えば、京都と播磨とを10年近くも往復してきましたけど、これからは播磨に腰を落ち着けて(?)研究することができそうです。

 ムトさんの方はいかがですか?F歴主催の京都大宴会から10年近く経ちましたけど、また何かしらの機会があればお会いしたいです。

 それでは、また。お体にはお気をつけて

 赤松播磨守 こと たけうち

投稿: たけうち | 2008年3月31日 22時04分

こんばんわ、赤松さん
かなりご無沙汰してます(^^)
もう10年近くなりますねぇ

私は・・・そう、だいぶ変わったような全く変わっていないような?!?
今日撤収だったのですか、それは残念です。
来られる方あれば、去る方もまたありですか。

実は、今週末、京都にて花見をしようと紺青の街氏と計画してます。もし上洛可能でしたら、右上の「メールフォーム」からご一報下さい。

旅立ちの季節に幸多からんことを

投稿: 武藤 臼 | 2008年3月31日 22時54分

確認するのが遅れました。

今週末ですか…。今週末、というより今月上旬は就職活動に明け暮れるため、ちょっと出撃はできないです。折角お誘いいただいたのに申し訳ないのですが。

紺青の街さん…懐かしいお名前ですね。大阪に行かれたと、かなり前にお聞きしましたが、元気にされているのですしょうか。

ところで、現在アドレス欄にあるURLにおいて、明石に関する歴史を紹介したページを立ち上げています。今の所は明石川東岸地域しかできていませんが、将来的には郡部(現神戸市西区・垂水区)も含めたページにしたいと考えてます。

その旨、紺青さんにもお伝えいただけると幸いです…って、ここに書いてたら、目に付きますね(笑)

投稿: たけうち | 2008年4月 4日 20時23分

了解しました。
またなにかの機会に。

今年は播磨へも・・・といっても姫路周辺ですが、山城攻めに行く予定です。

投稿: 武藤 臼 | 2008年4月 5日 01時14分

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