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2008年4月27日

海域アジア史研究入門(感想)

海域アジア史研究入門
桃木至朗 編
ISBN978-4-00-022484-0
岩波書店 2008.3
目次はこちらを参照

 まず、「海域アジア史」とは何か。本書総説によれば、アジアを取り囲む海域の歴史としての「アジア海域史」に留まらず、海域を通しての陸地相互、海と陸の関係も対象として、従来のアジア理解からの「刷新」を謳うという意欲的な意味を持たせているという。また、単に新しい視点というだけでなく、地域相互の繋がりを前提としたより広い視野も求められている。

 本書では、広域での交流が活発化したという9世紀からを対象としている。第1篇は3つの時代に分けて17のテーマを扱い、第2篇では必ずしも時代に捕われない8つのよりコアなテーマを扱っている。計25章で、若手を中心とした32人の著者により、研究動向や先行研究などが紹介されている。似たタイトルの本として、一昨年出版された中国歴史研究入門(名古屋大学出版会)があるが、中国歴史研究が研究の蓄積という点もあって研究動向や先行研究の手引きとしての比重がより大きいのに対して、本書はその機能を持たせながらより新しい研究にも焦点をあてているという。また、中国歴史研究は専門性の高い濃密な資料であるのに対し、本書は一般読者が入門書として読めることも配慮したという。先行研究の紹介をどのくらいするかという点は章により比重が異なり、それは各テーマの濃淡や筆者による部分と思われが、トータルでみれば十分に面白く読むことができたと思う。


 総論としての目新しさに加えて、自分の関心が基本的には内陸にあるために今まであまり読んでいない分野が多々含まれることもあり、全体を通して興味深く読み終わることができた。25章で235頁、1章あたり10頁程度で中国歴史研究よりも文字が大きいとはいえ、読みでは結構あり思ったよりも時間がかかった。入門書として十分に意義のある一冊だったが、興味が向けばさらに深く掘り下げて行ける場所が分かるのも当然ながら本書の魅力である。

 印象に残った章について、もう少し感想を書き足す。まず、橋本雄氏、米谷均氏の9章「倭寇論のゆくえ」。一回読んだだけで必ずしも消化できていないのだが、倭冦の動向について従来言われている以上に複雑な実態が明らかになってきたという理解でいいのだろうか。少なくとも、自分がいくつかの通史的な概説書で覚えている話よりはかなり多様な内容となっている。その複雑さに惹かれるものがある。

 蓮田隆志氏の15章「東南アジアの『プロト国民国家』形成」。氏の纏まった文章を読むのは初めてのように思うが、短い文章ながら近代大陸東南アジア成立に関わる複雑な状況が纏められている。なかなか興味を惹かれる内容だが、最後に書かれている一文

 今後の研究の進展が期待されている。
のとおり、氏の今後の研究の成果を楽しみに待ちたい。

 2篇では、出口晶子氏の22章「造船技術---列島の木造船,終焉期のけしき」がやや意表をつかれた。木造船の造船技術についての話で、それ自体も面白い話だったが、日本の長い木造船の歴史はまもなく絶えるという話でもあった。造船技術を担ってきた船大工が大幅に減少してきているとのこと。

 もう一つ章立てとは別なのだが、自分は12章と17章で紹介されている「勤勉革命」という言葉を初めて聞いたように思う。本書によれば、1976年に速水融氏によって提唱されたというものとのこと。必ずしも新しい概念ではなく、あるいはどこかで読み流して既に忘却しているのかもしれない。ヨーロッパの産業革命とも対置させていて、なかなか興味深いのでこれを機会に覚えることにする。


 最後にもう一点。以前に江戸時代は本当に鎖国かという問題を話題にした。鎖国よりも海禁とすべきという点について、本書でも説明されていてその点には自分も異論がない。しかし、「孤立」が言い過ぎであったにしても海禁はしていたわけで、閉ざされていたことには変わりがないとも考えている。ただ、コメントで頂いた

 16世紀とは良くも悪くも異なりますから、
という点は、本書を読み終わった時点で、なるほどなと思うところが少なからずあった。海域アジアという視点でもう少し見続けると違うものが見えて来るだろうか。

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コメント

>「海域アジア史」

古代史には章が割かれているでしょうか?
「海域アジア史」は主に近世の範囲で盛んに説かれてきたという印象があります。
古代においてもローマやら越族の南進やら色々ある訳ですが、やっぱり置いてけぼりというか、海のアジアだと興奮してる人が『山海経』や『史記』の東南中国についての記述にさっぱり想像力をもってなかったりするので、そういう反応をされた経験からか、私は海域アジアという標語には冷めたものを感じます。

私は夏殷時代であるとか何でもいいんですが凄く衝撃を受けた経験が一杯ある訳です。
そうであるのだけど、その衝撃を受けたものばかり研究するんじゃなくて、近いもの、遠いもの、色んな歴史や民俗を見て又驚く。
それはイスラームだって入ってますし、前回はああ言いましたけど、ウズベキスタンの社会や生活の本も読みました。ウズベク・ハーンでしたっけ?割と近い時代に凄い人がいたんだなとか。ウズベクと名前は付いてるけど勿論ウズベク人は集合体だからちょくせつハーンと関係ないとかあるとか。

けども皮肉な経験も一杯しました。私が関心をもっても向こうから阻害されることもしばしば。
専攻の縦割りや細分化から来るのか、幾ら私が例えば明清時代の東南中国にインスピレーションを受けたとしても、人によって反応はさまざまではありますが、相手の方の反応はすごく冷淡だったりするときもありますし、とくに海域アジアだとか大きなものを志向しているところからそういう経験を受けると、印象は凄く悪いですね。

なんか巨大な原核生物が寄ってきて、これが俺の海だとか言ってる感じ。私はふらふらと漂う遺伝子のカケラという感じ。

投稿: 巫俊(ふしゅん) | 2008年4月28日 00時11分

殷周はおろか三国南北朝も対象外ではありますが、まあ新しい分野ということで。自分的には、三国志の動乱とか始皇帝による統一とかが海を越えてどう影響しているのか・・・なんてテーマもいいなぁなんておもいます。まだそういう論文とかを漁ったことはありませんが。

あまり小さく考える必要はなく、曲がりなりにもたかだか10年前にはなかった道具が色々とあります。特に自分のようなものには面白い限りです。唱えていれば共感してくれる人も増えていくでしょ。

投稿: 武藤 臼 | 2008年4月29日 01時51分

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