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2008年5月16日

1995年アジア紀行〈ダウラタバード〉

 インド西岸の大都市、ムンバイ(ボンベイ)から列車で半日東へ向かうと、デカン高原北西部の要衝アウランガバードに着く。ムガル朝6代皇帝アウラングゼーブの名前が残る街。ヒンドゥ教や仏教の石窟で知られるエローラ遺跡観光の拠点ともなる。そのエローラへ向かう途中にあるのがダウラタバードの古城遺跡。のべ5か月滞在したインドの中で、自分的に特に気に入った場所のひとつ。

 アウランガバードに滞在したのは、東インドで新年を迎え、時計回りにインド大陸を回っていた時、1996年の2月18日から23日にかけてのこと。エローラへ出かけた翌20日に訪れた。中国やインドで城というと、多くは城壁で囲まれた街のことになる。この古城も街の跡を囲む巨大な城壁が今も残っているが、街の西側にある巨大な岩山があり、穿たれて塞になっている。この難攻な岩の塞がこの古城のシンボルである。砦の頂上から見渡すデカン高原の風景が素晴らしく、気がつけば日がな一日砦で過ごしていた。それだけでは飽き足らずに22日に再度出かけている。それほどに自分を魅了した城塞だった。

 古城は、北インドと南インドを結ぶ要地であったようで、かなり古くから街ができていたという。13世紀に北インドに興亡したデリースルタン朝の時代には、一時ここが首都になったという。また、17世紀にデカン高原征服を目指したムガル朝によって攻められている。長い時代城塞として機能してきたこの古城には、巨大な大砲が今も据えられたまま残っている。


 城の入り口、東側から岩山を見上げる。右側に見えるミナレットが古城のもうひとつのシンボル。


 麓から見上げた岩山。岩山に岩を積み上げて築かれている砦には、岩山の中に開けられたトンネルを登っていく。


 砦の上からの眺め。乾期で乾いた大地に緑が点在している。左下に砲台が残っている。


 石垣の上に白い毛並みに黒い顔を見せる猿がいる。ほぼ廃墟となった古城の今の住人は、彼らとリス。


 大きな古城には、岩の砦だけでなく建物もあちこちに残っていて、見て回って飽きることがない。地元の小学校の遠足コースでもあるらしい。


<Google Map>

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 左側に堀で囲まれた岩山が見える。馬面や大きな門を連ねて広い堀が残る城壁が三重に残っているのが見て取れる。

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コメント

ハヌマンラングール?>サル

もしそうなら、いかにもハヌマーンの国らしくていいっすね。

投稿: 雪豹 | 2008年5月18日 00時36分

>ハヌマンラングール?

種類まで考えてなかった
どうもそのようですね
アカゲザルは北インドで見た記憶が多少残ってますが
ハヌマンラングールは他で見たかなぁ。。。

http://www.j-monkey.jp/facilities/asia/asia.html

投稿: 武藤 臼 | 2008年5月18日 04時36分

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