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2008年5月17日

(書評)ぼっちゃん

ぼっちゃん
魏将・カク昭の戦い
河原谷創次郎 著
ISBN978-40-5403642-0
学習研究社 2008.5

 本書は、中国の三国時代、228年の冬に諸葛亮率いる蜀軍が攻めた魏の陳倉城攻防戦を描いた小説。本書タイトルがいうところの主役ぼっちゃんとは、魏の将軍で陳倉城守備軍を指揮したカク昭(郝昭)の息子カク凱(郝凱)のこと。そのカク凱が一人称で父のカク昭を語る。

 数ヶ月の籠城準備と20日間ほどの籠城戦をめぐる物語で、陳倉城(現在の陝西省宝鶏市の東郊)が舞台。それにプロローグとしての軍議とエピローグでの皇帝への謁見などが添えられている。登場人物は、カク昭親子とその取り巻、陳倉城と周辺の有力者、援軍の将軍王双、蜀側の軍使でカク昭の同郷人キン詳(靳詳)と名前があるのはそれくらい。プロローグの軍議に曹真、費曜など、エピローグに明帝曹叡が登場する。諸葛亮は、名前が再三出てくるが姿を見せるのは攻防戦の最中に少しだけ。魏延、張コウ(張郃)なども名前だけ。

 タイトルにぼっちゃんとあるのは、カク凱の叔父の彼に対する愛称「侯子」を著者がぼっちゃんと意訳したことと繋がっている。前線勤務が長くて出世に縁遠く、それでいて忠実な武将であろうとする父に不満を持つ若者が、初陣で父の下で働いて自分の未熟さを自覚し、やがて父の大きさを知る。ぼんぼんというほどではないものの、若輩な主人公の成長という物語を流れとして、陳倉城攻防戦を描いたというシンプルなストーリーである。


 小説としての三国志演義の後半部分、諸葛亮が5度に渡って魏を攻めるあたりがクライマックスと言えるだろうか。本書の陳倉城攻防戦は、その2回目にあたる。その戦いの一方の主役なので、カク昭は魏ではそれなりの重要人物というイメージが自分にはあった。しかし正史の三国志にカク昭の伝はなく、本紀の中の諸葛亮北伐記事に魏略からの引用として注釈が加えられているだけ。その注釈には、最小限の経歴と攻防戦をめぐるエピソードが紹介されている。カク凱は息子として名前のみ見える。勇将カク昭としては、随分扱いが小さいものとあらためて少し驚いた。

 本書の特徴として、上に揚げたシンプルなストーリーと少ない登場人物というのもあるが、一番の特徴は人名の書き方にある。台詞として人を呼ぶ時は、基本的に名字に愛称や敬称を添えるというもので、名前(諱)は敵将を指す時など特別な場合だけ。字名も出ては来るが、その場にいる人に対しては官職名からくる敬称が基本的に使われている。したがって、諸葛亮孔明というようなおかしな表現はない。この点を徹底している小説を一度読んでみたいと思っていたが、日本と中国の歴史ものの中でここまで徹底しているものを自分は初めて読んだ。馴染んだ名前よりもイメージし難いというのは確かにあるが、本書では登場人物の少なさもあって読み進めるとあまり苦にならなかった。気にさえならなければ、敵と味方の違いなど人間関係で呼び分けるのが明瞭に表現されるので、読んでいてかなり面白い。

 話のテンポはかなり良くて読み易く、ストーリーがシンプルな分それなりに深く描けているように思う。蜀が好きな人が読むと全く物足りないかも知れないが、魏側としてみても曹真をデブ将軍と書くなど、わりと低い目線で書かれていて正にカク凱の立場そのものである。名前だけ登場する張コウが英雄扱いなのは、三国志の中でも曹操や張コウが好きな自分の好みにはあっている。

 本書は、三国志関連小説の中でもかなりマイナーな小ストーリーを扱った異色な一冊と言えるだろう。読む人によって評価が別れるとも思うが、自分はとても楽しませて頂いた。250頁と決して薄くはないが、面白くて一気に読み切った。従来のものとは違った一冊としてお薦めしたい。

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