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2008年5月 6日

1995年アジア紀行〈フンザ〉

 今月からは、1995年の初夏から1996年の春にかけて、アジアの5か国を歩いた時のことを月2回のペースで紹介していきます。1990年中国紀行の時は、旅をした順に説き起こしましたが、そうするとさらに中国の話がしばらく続くことになるので、今回はランダムに紹介して行くことにします。

◆◇◆◇


 パキスタン北部、カシミール地域の中でも最北にあるのがフンザ地方。その中心にあるカリマバードに滞在したのは、8月22日から9月7日までのこと。21日に中国のカシュガルをバスで立ち、2日をかけて始めて陸路で国境を越えた後のことだった。この旅の中では3番目という長期間滞在したのは、なによりもフンザがこの旅の目的地のひとつだったからだ。フンザに行ってみたいと思うようになったのは、1990年の旅の途中、中国トルファンのホテルでパキスタンから来た旅人に話を聞いてからだった。


 フンザは、背後にある7000mを越える山並みと、眼下を流れるインダス川の支流フンザ川が造る深い谷の間になだらかな扇状地が広がっている。その扇状地では、谷底から水を汲み上げるにはあまりに深く、背後の山にある氷河から流れ下ってくる小さな支流の水を引いて灌漑している。乾燥地帯のフンザでは、灌漑されていない場所には草もほとんど生えていない。そのため、遠くから眺めると山肌に横に引かれた水路から上が土色で、下が緑色という独特の風景になる。

 カリマバードは、フンザ川沿いにある沢山の扇状地のひとつに広がる村だ。高台には、かつてフンザを治めた王が暮らしたという城が今も残る。その下に学校があり、さらに下には緩やかに弧を描く200mほどのメインストリートがあって、雑貨屋、土産物屋や食堂が並んでいた。昼食にカレーや麺を食べたり、特産の杏子のジャムや干し杏子を買った商店街だ。



 澄んで高い空に乾燥して土色の山並みと山麓に広がる緑。自分の目には、いかにもフンザらしい風景に見える。緑は、杏子の他にも林檎やポプラ、柳などが植えられていた。


 フンザ川の対岸から見たカリマバード。結構傾斜があり、村の少し下にあったホテルからは、どこへ行くのにも上り下りが必要だった。


 ホテルの部屋からフンザ川越しに撮った一枚。標高7788mのラカポシが、雲を被っていないのは意外に珍しかったように思う。


 村の背後に少し隠れて聳えるウルタル。登山家長谷川恒男の終焉の地としても知られた山。


 フンザですることというと、のんびりする以外には周辺の村の散策と車を雇っての氷河見物。そして7000mは無理でも、氷河がある所までくらいなら歩いて登ることもできる。昨今の事情は知らないのだが、当時登山道の状況は必ずしも良くなかった。地元の人達が使っている道をひたすら登るというものだったが、崩落したがれ場があちこちにあり、決して安全な道ではなかった。

 写真は、真ん中をよく見ると羊の群れと番人が映っている。右上の黒い岩に見えるのが氷河末端部で、ここから溶け出る水がカリマバードを支えている。


<Google Map>
 フンザの中心カリマバード付近。南側をフンザ川が流れる。

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