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2008年5月21日

末森城

 日本国内に三国(みくに)とつく地名はどのくらいあるものか。ある日本地図帳の索引を開いてみると、三国町、三国ヶ岳、三国川、三国山脈、三国岳、三国峠、三国トンネル、三国山、併せて25件載っていた。一つひとつ調べたわけではないが、この内の多くは江戸時代までの国が、3つ接する場所に因むものと思われる。上の25件の中には、自分が知っているものがいくつか載っていないので、全国にもっとあるはずである。

 ゴールデンウィークの北陸巡りも中盤、白山山麓から金沢を飛ばして一気に能登の入り口へと北上した。加賀、越中、能登の三国が接する場所にも三国山という標高323mの山がある。自分にとって能登最初の城末森城は、三国山から北へ10kmほどの場所にある。

 織田信長が本能寺に散ってから2年後の1584年、かつて同じ信長傘下の武将だった越中領主の佐々成政と、能登と加賀北半分を領していた時の前田利家が戦端を開いた時、争奪の対象になったのが末森城だった。利家の家臣奥村永福が守る城を成政が攻めた理由が、三国の境に近い要地だからだったという。


 城跡のある末森山は、南北に続く海岸から2kmほど東にある標高138mのこんもりとした山。山頂から西へ伸びる尾根が登り道で、尾根の先端は今は国道によって断ち切られていて、そこに橋が架っている。


 案内に従って細い道を登って行くと、橋の手前に数台の車が停められる駐車場がある。


 橋から城跡へと続く道は新しく付けられた林道で、どこまでが本来の登城道跡なのかわからない。場所によって元々ある土塁なのか、林道の法面なのかの区別もつけ難い。写真は、右上が若宮丸、左上が三ノ丸とのこと。間の切り通しが大手門だったという。


 二ノ丸まで林道が続いているので、歩く分にはいたって快適。橋から標高差100m、1km弱の道程だが、寄り道しなければ15分から20分で本丸まで辿り着ける。写真が本丸で、南北に細長く広がっている。写真真ん中に見えているのは、城の詳細な図面と解説、年表が書かれた案内板。


 杉の木立の間からは、海岸林の向こうに日本海が霞んで見えている。



「この地図は、国土地理院発行の2万5千分の1地形図(宝達山)を基に作成しています。」


<国土地理院 地図閲覧サービス>
 末森城周辺三国山

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