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2008年5月11日

吉崎御坊

 戦国時代、北陸を語る上で欠くことが出来ないのが一向一揆と本願寺。中でも加賀国は、守護富樫氏が1488年に滅ぼされてから、織田信長によって1580年に征服されるまで、百年近く本願寺門徒によって支配されたこことはそれなりに知られていることだろうか。

 本願寺と北陸地方との結びつきは、第8代宗主蓮如が布教に力を入れたことの影響が特に大きい。彼が越前吉崎に拠点を置いて活動したのは1471年から75年にかけてのこと。宗教史としてよりは、北陸戦国史の重要な場所のひとつとして、吉崎は機会があれば訪ねてみたい場所のひとつだった。


 吉崎は、福井県の最北部にある。南西から北西へ北潟湖が広がり、門前町を東へ抜けるとすぐ石川県になる。蓮如が吉崎御坊を開いた場所は、標高40mほどの丘の上で、当時は三方を潟湖に囲まれた半島だったという。


 吉崎御坊跡へは、二つの本願寺別院の間にある石段を登って行く。石段の上にそれを示す石碑が立っている。


 かつて坊舎が建っていたという丘の上は、今は公園として整備されていて遅咲きの桜が紅い花を咲かせていた。


 公園に立つ蓮如上人の銅像。


 吉崎御坊跡の北の湖畔には蓮如の事績を解説する記念館がある。写真は、その中にある蓮如の伝説を紹介した民話館のもの。建物は豪農民家を移築したものだそうで、梁の太さばかりでなくなかなか見物な建物だった。


 吉崎御坊跡の麓には、二つの本願寺別院が建ち並び熱心な信者で賑わっていた。蓮如が居たころも信者で賑わっていたというが、16世紀の初めに越前朝倉氏の攻撃によって一度歴史の幕を閉じている。

<国土地理院 地図閲覧サービス>
 吉崎御坊跡周辺

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