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2008年5月29日

(書評)ロシアとモンゴル

ロシアとモンゴル
中世ロシアへのモンゴルの衝撃
C.J.ハルパリン(Charles J. Halperin)著
中村正己 訳
ISBN978-4-88611-419-8
図書新聞 2008.3

 本書は、1985年に出版された「RUSSIA AND THE GOLDEN HORDE---The Mongol Impact on Medieval Russian History」の邦訳で、訳者によれば著者の希望により若干の訂正と字句の修正が加えられているとのこと。

 邦題には「モンゴル」とあるが、原題は上のよう「ゴールデン・オルド」で、本文中ではゾロターヤ・オルダーあるいは黄金の幕営と書かれている。前者は、原著のロシア語音を片仮名に置き換えたもので、後者はその意訳である。歴史用語としては、金帳汗国のほうが多少馴染みと思えるが、やや難があるとして避けたという。ゾロターヤ・オルダーとは、キプチャク汗国つまりジョチ・ウルスのことだが、著者はキプチャク汗国は不適切で使うべきでないと説いている。書名は、より分かり易くという意図で変えたとのこと。


 本書は、ジョチ・ウルスあるいはモンゴル時代のロシアについて、その後のロシアで歴史を語る上でどのようにモンゴルを過小評価してきたかを解説し、それに反証を加えることでモンゴルを評価し直そうというもの。したがって通史的な概説などではなく、ロシアにおける影響という点に焦点をあてて、再評価すべき部分を解説している。

 モンゴルを過小評価してきたということについて、現代での評価の低さという問題のほかに、年代記作者達がどのようにしてモンゴルの問題を避けてきたのかという点にも触れている。中世ロシアは、イベリアやバルカン地域などのようにキリスト教世界の境界地帯であると定義した上で、中世においてそのような社会では価値観と現実の違いを克服するために沈黙のイデオロギーという方法を利用してきたのだという。

 彼らの周りにある証拠からは結論を引き出さないと事実上決心した。(27頁)
つまり宗教教義などの価値観に矛盾すること、不都合なことについては無視し、黙して語らずに済ませてきたとのこと。

 この沈黙のイデオロギーを中心にして、下記目次のようなテーマによって解説と筆者の主張が書かれている。そのため歴史的な事件については必要に応じて触れられる形になっていて、クリコヴォの戦いなどロシア史の上で評価されてきたものが大きく取り上げられている。筆者の説明の中で重要なものの一つが、

 モンゴル人はルーシを大草原から統治した
という表現。ジョチ・ウルスのロシア支配は、中央アジアや中国など他のモンゴル諸国と異なり、初期に少数の役人を送り込んだ以外には長く間接統治が続いた。そのことがジョチ・ウルスを他のモンゴル諸国よりも長く続かせた一因であると説くとともに、モンゴルの影響を分かり難く、無視し易くしているという。

 もう一点、筆者が説いていたことで印象に残っているのが、商業についてのモンゴルの影響ということ。モンゴル以後のロシアでの東方貿易について、モンゴルの影響が少なくないことを説いている。国内のモンゴルものというと、フビライによる海への展開と商業という点が語られるが、陸と海の違いとはいえジョチ・ウルスでも商業の果たした役割が説かれることは、なかなか興味深い話だった。


 自分の読解力の問題なのか内容の問題なのか、4章あたりまでは話が前後するようで把握し辛かったが、後半はわりと読み易かった。従来の方向性に反証する内容という点では、そのわりにさほど強弁しているようには見えず、内容のバランスがとれているように見えた。それは、国内で書かれたいくつかのモンゴルものを読んだ影響かもしれない。

 細かい部分についてもう少し。本書はこのような内容なので、ジョチ・ウルスについて自分の知らない情報が多く出て来るわけではない。ママイやトクターミシュなどは馴染みがあるものの、エディゲイ、アフマードといったあたりが何度か登場するところは自分には新鮮だった。とくにバトゥの直系が断絶して以降のことは知らないことだらけなので、ロシア史での位置づけということも含めて勉強になった

 モンゴルを見直すという切り口は、今となってはさほど珍しくないとはいえ、20年前ではどうだったのだろう。それがチンギスやフビライではなく、ロシア史の流れの中で説かれるというのは新鮮で面白かった。ジョチ・ウルス史の概説という期待からは外れるものの、読み終わってみれば十分に面白い一冊だった。


<目次>
第1章 中世の民族・宗教的境界地帯
第2章 キーエフ・ルーシと大草原
第3章 モンゴル帝国とゾロターヤ・オルダー
第4章 モンゴル人のルーシ統治
第5章 ルーシの政治におけるモンゴル人の役割
第6章 モンゴル人支配についてのルーシ人の「理論」
第7章 経済的ならびに人口誌的諸結果
第8章 モンゴル人とモスクワ大公国の専制政治
第9章 モンゴル人とルーシ社会
第10章 文化的活動
第11章 結論

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コメント

 周回遅れどころか数年遅れで読みました。
 正直な感想は、「なんかあったり前なことをさも自分だけが気づいたことのように言ってるな」です。
 ありふれた日常生活については記録に残りにくい、と言うことは松田寿男さんが再三言ってた事ですし、歴史が自己正当化の道具に使われるのは何もロシアやソ連に限りませんし、役人などが自分に都合の悪いことについては書き残さないのは昨今の日本の外務省の例を挙げなくてもいつものことで、「沈黙のイデオロギー」とことさらにカッコ書きでいうほどのこともないと思いました。
 むしろ、ロシアの人やロシアの研究者(この本の著者ハルパリンを含め)は、ロシアは特異だと言いがちだけれども、ハルパリンがそう証明しようとすればするほど、例えばイランや中国と根本的な違いはないんじゃないか、という印象を受けました。まぁ、イランや中国がモンゴルの政治や社会に大きな影響を与えたのに対し、ロシアからモンゴルには何の影響もなかったという違いはありますが。
 でも、モンゴルに征服された諸々の小国(例えば大理国とか)はそんなもんでしょ? 要するに、今は統一されて大きな国だけれど当時のルーシ諸国はとるにたらない小国家群だったってだけの話で。
 それに、当時の史料を真に受けずに注意深く扱わなければいけないと言いつつ、史料に引きずられている感じがします。キリスト教と異教徒モンゴルのイデオロギーの対立のように書かれている点に違和感ありまくりです。当時のルーシ諸国にキリスト教の行動規範がそれほど深く根を張っていたとは到底思えません。現に諸侯の動きはそんなイデオロギーにとらわれずに現実的であるように見受けられます。そりゃあ当時の文字を書く人たちはキリスト教に関係ない人はいないでしょうから、その書いたものを額面通りに受け取ればキリスト教国のように見えるでしょうが。
 それから、これらの史料は書写された時代の価値観によって削られたり書きたされているはずなのに、それをみんないっしょくたにしているから、矛盾に満ちて一貫した理解ができにくいのではないでしょうか。この点は栗生沢氏の『タタールのくびき ロシア史におけるモンゴル支配の研究』のほうが資料を丹念に検討している感じがします。

 以上のような感想から、いまさら買うほどの価値はない、と判断しました。むしろ私の中では『タタールのくびき ロシア史におけるモンゴル支配の研究』の株が急上昇中です。
 モンゴルの用語の使い方(例えば、タマーとかタムガとか←地域によってとらえ方が違うのかもしれないし)が今一つわかってないので、『タタールのくびき ロシア史におけるモンゴル支配の研究』をもう一度読んでみようかと思いました。

投稿: 雪豹 | 2010年7月15日 01時06分

雪豹さん
コメントありがとうございます

同じ本でも随分と感想が違うもので
勉強になります

特にモンゴルが受けた影響・・・という話は興味深いですね
どこぞで読んだことがあるような気もしますが
纏めて考えたことは無いです^^;

ヨーロッパ諸国での中世の自己過大評価に対する眉唾
・・・最近読んでる他の本でも語られてましたが
中学・高校の世界史の影響が大きいのか
自分の中でもまだまだ引きずってるんだな
という感覚があります
暑さで頭がボケてるわけではないと思いますが

最近なかなか深い本を読む時間がとれません^^;
タタールのくびきは読み直してはみたいですが・・・

投稿: 武藤 臼 | 2010年7月19日 12時26分

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