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2008年6月17日

1995年アジア紀行〈阿勒泰〉

 阿勒泰(アルタイ)市は、中国の西北、新疆ウイグル自治区イリカザフ自治州阿勒泰地区にある。普通中国では、阿勒泰のような「県クラスの」市や県の上には、自治州、「地区クラスの」市あるいは地区があって、その上が省や自治区になる。新疆の天山以北の半分を占めるイリカザフ自治州は、おそらくその広さのために州の中にさらに塔城、阿勒泰という2つの地区がある。阿勒泰市は、その阿勒泰地区の中心となる街。

 アルタイ山脈は、今は中国、モンゴル、ロシア、カザフ4か国の国境地帯だが、もともと遊牧の民が駆け回った地域で、中央ユーラシアの歴史には欠かせない地名だ。そのアルタイ山脈に因む阿勒泰だが、その歴史はあまり古くはない。名前が残るような街として登場するのは19世紀後半、清朝時代も末期のこと。

 ジュンガル部が勢力を広げていた新疆北部が、清朝の勢力下に入ったのは18世紀半ばの乾隆帝の時代。ジュンガル盆地北部は、今のモンゴル国最西部を勢力圏としたホブドの領域の一部となった。つまり外モンゴルの一部だった。新疆へ所属が変更になったのは、1907年(あるいは1906年)のホブド・アルタイ分治の時のこと。モンゴル国が独立するのはもう少し先になるが、現在のアルタイ山脈を境とする中国新疆北部とモンゴルの国境は、この時に初めて形作られたことになる。

 阿勒泰の歴史は、チベット仏教寺院が19世紀後半に建てられたことに始まるという。以来寺院の名前によって承化寺と呼ばれていた。1921年に初めて県が置かれたときの名前も承化県だった。1954年に阿勒泰県と名前を変え、1984年に市へ昇格している。


 街として100年余りの歴史しか持たない阿勒泰には、ガイドブックに載るようなものは何も案内されていない。観光ということでは、何年か前にTVで紹介されたハナス湖への拠点とされることの方が一般的かもしれない。自分が阿勒泰へ立ち寄ったのは、ジュンガル盆地一周とアルタイの山並みを自分の目て見るという目的のためで、1995年8月1日から5日まで滞在した。


 阿勒泰の街は、北極海へ流れるオビ川の支流クラン川が流れる谷間に細長く広がる。西岸は、その川によって造られた急な崖が川岸近くまで迫っていて、20分ほど登ると写真のような風景が広がる。ほぼ北を眺めたもので、発展途上のまだ小さな市街の向こうにアルタイ山脈に連なる山々が続いている。


 南を眺めると、山並みの先にジュンガル盆地が霞んで見える。


 街の北側、クラン川沿いに樺林公園という名の森林公園がある。名前のとおり、立派な白樺や柳が森をなしていた。アルタイ山脈から流れる水が清く、炎天下に足を浸すと冷たくて気持ち良かった。


<参考>
 アルタイ・オリアンハイの宴の歌(上村明)
 行政区劃簡册 2007(中国地図出版社 2007年)
 中国歴代行政区劃(中国華僑出版社 1996年)
 新疆維吾尓自治区地図冊(成都地図出版社 1994年)

<Google Map>
 イリカザフ自治州アルタイ地区

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コメント

私も2005年にハナス湖とアルタイに行きました。
いいところでしたよ~。

http://honin.spaces.live.com/blog/cns!9DAA889CEE2D0AB0!1335.entry
(写真)
http://honin.spaces.live.com/photos/cns!9DAA889CEE2D0AB0!1316/

投稿: 電羊齋 | 2008年6月20日 23時35分

あーーーやっぱり、いい風景ですねえ
行った人が楽しそうに語ってたの思い出しますが、
北海道の牧歌的な風景に、摩周湖か上高地って感じですね。

2005年にしては、案外俗っぽく見えないのはたまたま?

投稿: 武藤 臼 | 2008年6月21日 07時19分

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