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2008年7月 2日

(書評)高句麗と渤海

高句麗と渤海
三上次男 著
ISBN978-4-642-08133-7
吉川弘文館 1992.12

 本書は、1987年に亡くなられた著者が生前に企画されたものとのこと。遺稿の整理を行われた田村晃一氏が書かれた後記によれば、未発表2編(2の2と付篇1)の他、1938年から1974年にかけて発表された15編を再録している。戦中に行われた現地踏査の紀行文的な記録、瓦や建物跡などの考古学的なもの、渤海国の滅亡や安定国についてなど文献を中心としたもの、および付篇として集録された概説的なものと多岐に亘る。

 特に印象に残ったのが紀行文的に書かれた2章「高句麗の遺跡」と3章「高句麗の山城紀行」で、1940年前後に筆者が実際に体験されたもの。この中では高句麗中期の都があった集安(本書内では旧称の輯安を使用)周辺や、中国東北部に残る高句麗が隋や唐と対峙した時代の山城が紹介されている。山城という遺跡に興味が湧くというのもあるが、中国東北部に残る高句麗関係の遺跡で集安よりも西のものの情報が自分には目新しい。

 付篇1として掲載されている「高句麗史概観」は、前史から唐による滅亡までの高句麗の通史的なもの。高句麗の周辺や関係史ということで粛慎や夫余などにも頁が割かれ、中国諸王朝との関係も丁寧に書かれている。50頁余りとほどよい量で、高句麗史概説として分かり易く纏まった一文である。


 高句麗の歴史的な枠組みを考えた場合、世間的には朝鮮史の中で捉えて百済や新羅、倭との関係で解説される方にやや中心があるような印象を自分は持っているが、本書は渤海との関係ということや恐らくは筆者の関心の方向性もあってより中国東北方面に視点が置かれている。昨今の高句麗は朝鮮か中国かという無意味な論争とは関係なく、高句麗を考える上で北方や西方の情報も重要であり、かつ自分がそういうものを読みたかったこともあってとても有意義な内容だった。

 細かいところでいうと、名称表記の違いや高句麗についての諸説の捉え方にやや古さが見えるものの、本書の企画からは仕方がないことで、その点は田村氏が加えられた補註によってある程度は補うことができる。また、全体として一貫したシナリオのある高句麗渤海論というものではなく、上記したように筆者の残したものを纏めたというもので、ややオムニバス的な印象が残る。

 高句麗について、日本にとって関係の深い国のひとつでありながら、関係史以外の部分でいまだ情報が少ないというイメージが自分にはある。このイメージが正しいければ、本書は内容的にやや古くて割り引いて読む必要がある部分を含むものの、なお有用な情報が多い一冊となる。全360頁と重量のある本だったが、自分的には重さに見合った興味深いものだった。


<目次>
1 高句麗の墳墓とその変遷
2 高句麗の遺跡
 1. 輯安行
  ---高句麗時代の遺跡調査---
 2. 輯安および付近の遺跡
 3. 東満風土雑記
  ---高句麗の遺跡をたずねて---
3 高句麗の山城
 1. 撫順北関山城
 2. 塔山の山城
  ---陳相屯塔山の高句麗山城---
 3. 燕州城調査行記
4 高句麗と渤海
 ---その社会・文化の近親性---
5 半拉城出土の二仏并座像とその歴史的意義
 ---高句麗と渤海を結ぶもの
6 渤海国の都城と律令制
7 渤海の瓦
8 渤海の押字瓦とその歴史的性格
9 渤海国の滅亡事情に関する一考察
 ---渤海国と高麗との政治的関係を通じて見たる---
10 新羅東北境外における黒水・鉄勒・達姑等の諸族について
11 高句麗と安定国
付篇1 高句麗史概観
付篇2 東北アジア史上より見たる沿日本海地域の大外的特質

<Google Map>
 「高句麗と渤海」関連地図

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