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2008年8月16日

1995年アジア紀行〈シリンホト〉

 中国内モンゴル自治区シリンゴル(錫林郭勒)盟の中心地シリンホト(錫林浩特)市。内モンゴルの中東部に広がる大草原のただ中にあるこの街に滞在したのは、95年の6月26日から7月1日のこと。赤峰駅前のバスターミナルを朝一に出たバスで、大興安嶺を越えて丸一日かけて辿り着いた。

 シリンホトは、この旅の最初の目的地だった。青草が広がる大草原をこの目で見て走り回りたかったからで、そのために初夏という時期を選んで旅立ちの日取りも決めた。北京のほぼ真北450km、モンゴル国との国境までなら近いところで200kmという位置にある。

 もともと遊牧民の大地であるから、街としての歴史はそれほど古くはない。チャハル部の領域として、シリンゴル盟の一部となったのが清朝の時代、17世紀のこととされる。チベット仏教の寺院が建てられ、街としての歴史が始まったのは18世紀に入ってから。アバハノール(阿巴哈納爾)旗の中心となり、寺院に因んで貝子廟と呼ばれていたものが、シリンホトに改められたのが1953年。街が大きくなり、アバハノール旗がシリンホト市に昇格したのが1983年のことだった。

 どこまでも広がる草原と広い空という風景は、期待どおりのものだったが、食べ物についての印象も強く残っている。中国では、肉といえばだいたい豚肉のこと。あえて選ばなければ、肉うどんに乗っている肉は豚で、餃子に入っている肉も多分豚。しかし草原の街のこと、シリンホトでは黙っていれば全て羊の肉が出て来る。普通の羊肉くらいの匂いであれば、自分はさして気にならないが、数日間、三食羊肉を食べ続けて、自分の身体が羊臭くなっているのに気がついたときは少し驚いた。


 大興安嶺をバスで越えて行く時の写真。長大な山脈とはいえ、西の端はなだらかな丘陵地帯。内モンゴルとはいえ、山脈の南側は入植者が開いた畑が続いている。風景は、山並みを北へ越えたとたんに緑一色の草原へと一変した。


 シリンホトの南、丘の上から街を見下ろしたところ。見下ろすといっても、広くてなだらかな草原の上では、写真で解るようには写らない。地平線まで続く大地に忽然と街があるように見えるが、街の側をそこそこ大きな川が流れていて、この水源こそが街の命だろうと想像できる。


 丘かの辺りから東を見る、丘の大きさが少しわかる。真ん中あたりに米粒のように羊が写っている。


 街の北には、村が点在している。村の回りには畑が広がり、その外側で放し飼いの様に羊が放牧されていた。


 街の歴史そのものでもある寺院は、建てた人の爵位に因んで貝子廟と呼ばれているという。内モンゴルの4大寺院のひとつと謂い、かつては巨大な伽藍を擁したというが、今は文革期を生き残った小さな建物が残るだけ。


<Google Map>
 シリンホト周辺

<参考>
 中国歴代行政区画(中国華僑出版社 1996年)
 シリンホト市のHP
 貝子廟(北京写真集)

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