« 2008年秋 スペインの旅 | トップページ | ヘルシンキ »

2008年9月27日

西夏王陵の保護

中國投巨資對“西夏王陵”進行搶救性保護
(新華社 9月21日)

 “東方のピラミッド”との誉れの西夏王陵が破壊に遭うことから免れるため、中国政府は策定を進めている文化財保護計画のプランを基にして、この10年で累計7000万元余りを投入して西夏王陵の緊急的な保護に用いている。

 西夏(王)陵は、寧夏回族自治区銀川市観光の目玉で、中国の観光旅行記的なブログで数日に一本は紹介されている。新しいところでは、宁夏行之五----游西夏王陵(心怡的博客)など。ピラミッドとは根本的に造りや企画が違うので、“東方のピラミッド(東方金字塔)”という言い回しはどうかと思うが、ネットを見ていても普通にあちこちで見かける。


 写真は上記ニュースで触れている3号陵の中心となる土山(陵台という)。この陵台は、版築によって土を突き固めて造られているもので、モンゴル軍による破壊以来800年の風雨に耐えてきたほどに堅いものだが、徐々に破壊が進んで来ている。ニュースの中では、その原因として風雨、羊の放牧、車両による蹂躙が挙げられているが、軍による射撃の標的とされた過去もあり、それらしき跡は現地で確認できる。

 雨という点では、西夏陵が点在する賀蘭山麓は乾燥地帯で年間降水量200mm程度という。それでも、その賀蘭山によって集水された雨水が流れ下ることが時折あるのだろう、山麓には西から東へと幾筋も枯れ川が走る。航空写真を見れば、実際に流水によって破壊された跡が確認できるし、南側には陵を守るためと考えられる堤防も存在している。


 ニュースには、7000万元とある。これは、1999年以来の3号陵整備に伴う1000万元と、2006年から10年にかけて4号陵、6号陵の補強などを行う5882万元の合計ということだろう。日本円にして11億円弱というとあまり大きな額ではないようにも見える。3号陵は、現在もっとも整備が進んでいる陵墓で、西夏王陵観光といえば3号陵の見学になる。


 これは、2006年からの整備対象になっているという4号陵。2005年に現地を見た限りでは、周囲にバラ線が張られ、一部に補強や復元が行われているように見えた。


 こちらが6号陵の陵台。2005年当時、バラ線などの囲いはなく、直接観察することができた。風化が原因なのか、陵台の崩壊が進んでいた。6号陵に適切な保護が加えられて現状が維持されればと思うが、6号陵の近くにあってより破壊が大きい5号陵に触れられていないのは何故だろう。


 西夏史研究の大家李範文氏は、ニュースの中で次のようにコメントしている。

 兵馬俑が秦漢の文化の代表であるように、西夏王陵は少数民族文化の代表で、全世界でここにしかない。もし保護を強化しなければ、今後西夏の歴史文化研究の全体に致命的な打撃になるだろう。
やや大仰な物言いとも思うが、適切な保護が必要なのは確と思う。昨今の中国の情勢では、歴史テーマパーク化するのではとの懸念をしてしまう。ただ、3号陵の整備が陵そのものは部分的な復元や参道の整備に留まり、大袈裟なのは陵園の入り口や博物館周辺の方なので、テーマパーク化は辛うじて避けられている。また、歴史テーマパークという点では、銀川市郊外の別の場所に西夏影視城(上記ブログの続編宁夏行之六-----参观西夏影视城参照)があり、さらに別の場所に西夏陵の復元が進められているというニュース(この話は現在追跡中で、新しい話が出てきたら紹介する予定)もあり、遺跡そのものをテーマパークする意義はあまりないだろうと期待しておきたい。


<参考>
 西夏史への招待 西夏陵

|

« 2008年秋 スペインの旅 | トップページ | ヘルシンキ »

ニュース(海外)」カテゴリの記事

西夏史」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/162739/42611145

この記事へのトラックバック一覧です: 西夏王陵の保護:

« 2008年秋 スペインの旅 | トップページ | ヘルシンキ »