« 西夏王陵の保護 | トップページ | (書評)コーカサス 国際関係の十字路 »

2008年9月28日

ヘルシンキ

 前に書いたように、ヘルシンキトランジットは降って湧いた話だった。その上搭乗便の都合で、到着した日の夜から翌日の昼過ぎまでと、帰り際の数時間をヘルシンキの街中で過ごすことが出来た。その結果、行ったことのある最北の地点は、北緯49度から一気に60度まで上がった。北極圏まであと少し、日本の近くならカムチャツカ半島の北の付け根にあたる高緯度なのだから驚く。シベリアほど極寒ではないのだろうが、9月の初めというのに七竃の実が赤く色付き、もう秋の装ういだった。


 バックパッカーとして旅をする時は、基本的には歩く、時間と体力が許す限り気の向くままにとにかく歩く。理由の一つには、知らない街でバスや電車に乗るのが少し億劫ということがある。


 ヘルシンキでもかなり歩いたが、郊外電車にバス、地下鉄、トラムまで乗れるという便利な一日切符があったので、それらも有効に使った。ヘルシンキ市内で6ユーロ、郊外まで乗って12ユーロ。日本の一日券のような始発から最終までではなく、買った時点から24時間有効。夕方の飛行機で降り立ち、翌日の夕方に飛び立つ自分は一枚で済む。写真は、ヘルシンキ中央駅前を走るトラム。市内には路線が縦横に走っていて、一番多く乗った。


 北欧の歴史にはあまり縁がない。ヘルシンキにどんな見どころが有るのか、行くまで全く知らなかった。今でも自分の部屋にはたいした情報がない。ガイドブックを引き写してもしょうがないので、目についたものを少し紹介して、ヘルシンキの話は簡単に終わる。


 この旅の中で、沢山カメラに収まることになった教会の最初の一枚。宵闇にライトアップされて白い外壁が奇麗に浮かび上がったヘルシンキ大聖堂。建物の右側が改修中で、足場が組まれて幕がかかっている。


 ロシア時代のものという、街の東に建つウスペンスキー寺院。街を歩けば何度か日本人ともすれ違った程度に日本からの観光客も多いようだが、この教会の中に日本語を見つけた時は少し驚いた。


 地図を開けば分かるように、ヘルシンキはバルト海の東奥、フィンランド湾に臨む街。バルト海を目に残そうと海辺をだいぶ歩いた。港には、湾を回遊する遊覧船が何艘も停まっていて、パンフレットを配る客引きもいた。魅力的だったが、迷った末に乗らず、その分せっせと海岸を歩いた。


 港には、テントを並べたマーケットが立ち、近くには建物に入ったマーケットもあった。食品は、建物に入ったマーケットの方が豊富で、肉、ハム、チーズからケーキまで並んでいたが、生魚はどちらでも売っていた。写真は、テントの下の大きな鉄板で焼かれた鮭の切り身とジャガイモ。鮭もバルト海産なのだろうか。


 GoogleのMy Map2008年秋 スペインの旅 ヘルシンキへ、この他にもヘルシンキの写真を追加しました。

|

« 西夏王陵の保護 | トップページ | (書評)コーカサス 国際関係の十字路 »

2008年秋 スペインの旅」カテゴリの記事

コメント

長旅から無事にお帰りでよかったですね。
むとうすさんのフットワークの軽さが羨ましいです。

ヘルシンキの教会の日本語って、もしかして落書きですか? あるいは日本人に会ったのですか?

投稿: 桐野 | 2008年9月28日 21時33分

桐野さんご無沙汰しております。

最近の国内を飛び回るご活躍を拝見してます。
今後とも、ネット上でも誌面の上でも、時間があれば居酒屋の中でも面白い話が聞けるのを楽しみにしています。

>もしかして落書きですか?

あ、いえいえ、これはちゃんとした教会側の案内です。
教会を紹介するものだったのか、販売品を案内するものだったのか、寄附の依頼だったのか・・・記憶が定かでなかったので濁してしまいました。

投稿: 武藤 臼 | 2008年9月28日 22時11分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/162739/42618220

この記事へのトラックバック一覧です: ヘルシンキ:

« 西夏王陵の保護 | トップページ | (書評)コーカサス 国際関係の十字路 »