« 京都の秋を見に | トップページ | 西夏と年号 その7 »

2008年11月16日

1995年アジア紀行〈ラホール〉

 この旅の途中、ラホールへは二度訪れている。一度目の10月2日は、バスから乗り合いワゴンに乗り換えるために立ち寄ったもの。早朝にパキスタンの首都イスラマバードの隣街ラワルピディをバスで立つと、昼にはラホールの城塞を見上げるところに着いた。1時間後にはインドへと国境を越え、夕方にシーク教徒の聖地アムリットサルへ辿り着いている。

 二度目は、年が明けてからの3月11日のこと。この時は、インドからパキスタンを抜けて、陸路でイランへと向かう途中で、ラホールに二泊した後にパキスタン西部国境の街クエッタ行きの列車に乗っている。

 滞在は、実質僅かに一日で慌ただしい観光となった。写真を残したのは、下に紹介しているラホール=フォートバードシャヒー=モスクだけだが、この他にブッダの断食像が有名な博物館を周り、フォートの南に広がる旧市街地を散策して昼飯を食べている。

 当時は、二度とも慌ただしく通り抜けることしか考えていなかった。もし今再訪したら、もう少し滞在してもっと色々なものを見て、沢山写真を撮るのだがとラホールの情報をいろいろと見ながらちょっと思う。



 この写真を含めて3点がラホール=フォートのもの。アーグラ、デリーと同じく、ムガル帝国時代に度々増改築が行なわれた城塞。自分は、デリーの城塞は見ていないが、アーグラと比べてこぢんまりしていた印象が残っている。


 北側の城壁の外側を見たもの。この垂直に建つ城塞の壁と広い堀は、なんとなくアーグラの城塞に似ているような気もする。


 ムガル帝国のものらしく?大理石を贅沢に使った宮殿。


 こちらは、城塞の西に建つバードシャヒー=モスク。時間が足りなかったからどうか、この時はモスクまでは行っておらず、写真は城塞から遠望したもの。


 これは、10月にインドへ抜けた時の国境の写真。数百メートルの間、荷物を背負って延々と歩く必要があった。ゲートは何故かスポンサー広告入り。それなりに荷物チェックなどもあり、国境の厳しい雰囲気があるものの、地図を見て分かるように田園の中にある国境で、道の両側に広がる風景は農村らしい長閑なものだった。


<参考>
 ラホール市公式HP
 ラホールばかりでなく、世界各地の遺跡が詳しく紹介されているサイト遺跡大好き! そのパキスタン編の中のラホール

<Google May Map>
 1995年アジア紀行参考地図同インド・パキスタン国境付近

|

« 京都の秋を見に | トップページ | 西夏と年号 その7 »

1995年アジア紀行」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/162739/43128774

この記事へのトラックバック一覧です: 1995年アジア紀行〈ラホール〉:

« 京都の秋を見に | トップページ | 西夏と年号 その7 »