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2008年11月23日

(書評)オスマン帝国500年の平和

興亡の世界史10
オスマン帝国500年の平和
林佳世子 著
ISBN978-4-06-280710-4
講談社 2008.10
目次は、本書タイトルのリンク先を参照

 これまでに読んだ興亡の世界史シリーズは、特定のテーマに拠った歴史論を展開するものが多く、通史的な構成の本は少数派のように思う。本書は、政治史のトピックや解説を並べるだけでなく、文化史や社会史、制度史などについての章や段があって、構成だけ見ると王道的な通史に見える。

 形としてはそう見えるのだが、中身は筆者の意気込みが伝わるなかなか興味深いものだった。オスマン帝国ものを読むのが久しぶりだからかもしれないが、筆者が前書きで書いた「近年の研究成果の一端を紹介する」という方向が随所に感じられた。以下、著者のこだわりとして面白かった点をいくつか紹介する。


 まずタイトルの500年。初代のオスマンから数えて第一次大戦までなら600年。本書は、19世紀初頭まで、バルカン半島における分離独立が進んだ頃までを多民族国家オスマン帝国の範囲とし、15世紀初頭までを前史として合わせて500年ほどとしている。


 多民族国家オスマン帝国という点は特に繰り返し述べられていて、例えば前書きには次の一文が載る。

 オスマン帝国は、「オスマン人」というアイデンティティを後天的に獲得した人々が支配した国としかいいようがない。
このような、国民国家成立以前の帝国に対する評価という点はかなり納得できる事で、今の時点として一般書ではこのくらい強調していて良いと自分には思える。

 このことは、その対称にあるオスマン帝国が遊牧民の国、あるいはトルコ人の国ということを否定することを含んでいて、それは本書の構成に端的に現れている。例えば『オスマン VS ヨーロッパ(講談社 2002年)』では、最初の一章で古代のモンゴル高原から建国までのトルコ人の西遷を説いている。それに対して、本書の一章はルーム=セルジューク朝の成立から始まっていて、中央アジアという言葉は辛うじて出て来るがモンゴル高原はでてこないという具合。


 また、構成という点でもうひとつ、通史として政治史の部分では細かい内容がかなり省略されていた。それは、例えば戦争の経過にはほとんど触れずに原因や結果の説明に費やすといったように。具体的な事例紹介を少し省き過ぎという感想を持ったが、読み終わった後はこれはこれで面白いとも思った。「近年の研究成果の紹介」ということの結果なのかもしれない。

 もう一点、社会史部分を中心として女性の登場する話題が相対的に多いという印象を受けた。このバランスもまた、自分には新鮮で面白かった。


 自分にとってオスマン帝国の歴史は、関心はかなりあるものの手が回らないという位置づけで、細かい部分にあまり踏み込めないのでザックリとした感想で終わる。本書は、そういう自分にとって新鮮な内容を含んだ意欲を感じさせるもので、具体的な内容にやや不足を感じるものの、通史の形をとったオスマン帝国論としてかなり面白い一冊だった。展開されている論について奇異な珍説というような印象を受ける部分は見かけなかったのだが、より詳しい方から見るとどうなのだろう。


 本誌挟み込みの冊子連載の「歴史を記録した人びと」の15は、森安孝夫氏執筆の「ペリオ 世界最高の東洋学者」。また、シリーズ次回配本は、13巻「近代ヨーロッパの覇権」、12月中旬予定とのこと。

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